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神様とその子供たち
ゼロ


ゼロという名の子オオカミは、まるで雪のように白くぬいぐるみのようにふわふわで愛らしかった。見ているだけで骨抜きになること間違いないが、イチ様がいなくなった途端そんな幸せな時間は終わった。

さすがに噛みつかれることはなかったが、暴れる吠えるの繰り返し。特に呼び鳴きは耳を塞ぎたくなるほどの声量で、確かにこれがずっと続けば逃げ出したくなるのも無理はないだろうと思った。
人狼のハレも我慢ならなかったのか、手短に説明を終えるとさっさとどこかへ行ってしまう。二人きりになった空間でゼロは暴れていたが、ドアを閉めていればどこにも行けないしここなら近所迷惑にもならない。しかし面倒を見るというのはただ見ているだけでは駄目なのだ。仕事でお預かりしている以上、甘やかすのではなく躾をする必要がある。

「…よし、やるか」

いまだドアにとびついてキャンキャン鳴いているゼロ。その後ろ姿を見て可愛すぎると思いつつ腕捲りをしながら近づいていった。





「お疲れ様でしたー! どうでしたか?」

「お、お疲れ様です……」

言われていたよりは早く、二時間半ほどでイチ様とセンリは戻ってきた。僕は色々とやりつくした後ですっかり疲弊していたが、ゼロは元気そのものでイチ様に飛び付いている。顔をペロペロと舐められているが彼はまったく意に介していない。

「今のところ…あまりうまくはいってません」

「ですよね〜。まあ初日にどうにかできるなんてこっちも思ってませんので、気長にやっていきましょうね!」

センリに明るく励まされたものの、僕は内心かなり気落ちしていた。犬を飼った経験があるので得意な分野だと思っていたのだが、ゼロにはそれがまったく通じなかったのだ。会ったばかりでうまくいかないのは当然かもしれないが、ここまで手応えがないとは思わなかった。

「…イチ様達に安心してお仕事に行っていただけるよう、頑張ります」

ぶんぶん小さな尻尾を振り回しながら、自分の親にじゃれつくゼロ。二人きりの時は僕には見向きもしてくれないのに、と思うとゼロにあんなに好かれている彼が羨ましい。けれどされるがままに顔をなめられているイチ様の慈しむような優しい横顔からなかなか目が離せず、この時ばかりはゼロよりも彼ばかり見てしまっていた。

他人に興味のない僕でも、イチ様が特別な存在なのはわかる。美しさでいえばセンリだって負けてはいないのにイチ様ばかり見てしまうのは、彼の方が偉くて有名人だからなのだろうか。まさか自分がこんなにミーハーだったとは思わなかった。テレビに出ているような顔の綺麗な芸能人に興味を持ったことなど一度もなかったのに。



ゼロ専用に与えられたこの広い部屋は、僕が寝泊まりする部屋でもあり奥にベッドルームがあった。ゼロとイチ様は毎晩一緒に眠るらしく、その時だけ僕は一人になる。
僕の仕事は朝、イチ様からゼロを預かるところから始まり、仕事が終わるまでお世話をする。部屋の掃除、食事、散歩が主だが、ゼロは基本的にイチ様を求めて吠えているのでとても大変だ。片時も目が離せず、その声にノイローゼになるかとも思ったが逃げ場はどこにもない。
たまに、ゼロをサークルにでも入れて自分はベッドルームで布団をかぶり耳を塞ぎたい衝動にかられるが、雇用主の子供相手にそんなことはできない。それになにより、イチ様を求める姿があまりに可哀想すぎて目を離すことなどできなかった。
ゼロは僕を必要としているわけではなく、イチ様を求めている。だから余計に、僕の言うことをきかせるのは容易ではなかった。

一貴邸の使用人として高そうなスーツを支給してもらったが、汚してしまうのが恐ろしくエプロンが欲しいと頼むと白い割烹着をくれた。部屋の中ではワイシャツの上に割烹着という奇妙な出で立ちだったので、それをわたしてくれた本人であるセンリは僕の姿を見て笑っていた。

散歩の時間は1日3回。本来ならばもっと回数を増やしたいがこれが一番大変なのだ。リードがないとイチ様のところへ走っていってしまうのでゼロには普通の犬のように首輪をつけている。それでも思った方向には進んでくれず、ずっと吠えているのだ。今は小さいので最終的に抱っこして連れ帰っているが、これ以上大きくなればきっと僕の方が引きずられてしまうだろう。

この可愛いゼロは男の子で、見た目は本当に子犬だが最近一歳になったばかりらしい。一緒に過ごすと驚かされることも多々ある。
まず、ゼロはまったく疲れない。子犬といえば遊びもするが大半はすぐ眠ってしまうものだと思っていたが、この子はまったく眠らないし疲れもせずイチ様を呼んでいる。こちらとしては疲れて眠ってくれた方が助かるのだが、これは中身が大人だからなのか人狼だからなのか。通常の犬ならば一歳になればもう成犬だが、ゼロはどうなのだろう。

けれど賢いことに、トイレトレーニングは完璧だった。外では用を足すこともなく、トイレシートの上で行儀よくしてくれる。きっと頭が良いのだろう。だからすぐにいうことをきいてくれるようになる、と思っていたのだが。


「うまくいかないなぁ…」

ここに来てから3日、ペロペロと食事を行儀よく食べるゼロを見ながら一人ぼやいてしまう。唯一ご飯を食べるときは吠えるのをやめてくれるので、僕もその時を狙って食べるようにしていた。犬の躾的には主人が先に食べた方がいいかもしれないが、立場を考えるとそうもいかない。
綺麗なお皿に並んだゼロの食事は豪勢で、人間のものと変わらないように見えた。ここから離れられない僕のために食事は若い人狼のハレが運んでくれるのだが、相変わらず冷たい態度をとられている。他の使用人とはあまり関わる機会がないので、ゼロにはあまり相手にしてもらえないと親しい人もいないので少し寂しかった。以前は友人なんかいなくても平気だと思っていたが、それはすぐ側に家族がいたからだったからだ。

「……真崎さん、どうしてるかな」

僕をここに送り出し、善意で世話をしてくれていたのに最後にはもう会えないと言った彼の事を思い出す。友人とは違うが、一時でも保護者になってくれたあの人ともう一度会って話がしたい。このまま会話がないと話し方も忘れてしまいそうだ。

ゼロに一方的に話しかけたり、一人でしゃべるのことが日常化し始めていた時、事件は起きた。



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あきゅろす。
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