神様とその子供たち
004
センリが相変わらずの笑顔で逃げちゃ駄目と圧をかけてくるので、だんだん精神的サディストに思えてきた。例えもっと過酷な仕事でも、ここしか居場所がないのだから脅されずともやめるわけがないのだが。
「とはいえ初めての試みですから、業務形態もまだ定まっていません。何か要望があればいつでも僕に仰ってください。足りなければもう一人雇います」
「あ、ありがとうございます」
「従業員は通常別館に住むのですが、あなたはここ、チビの部屋で寝泊まりしてもらいます。カナタさんの生活用品はここに置きますが、よろしいですね」
「はい」
この可愛い毛玉みたいなオオカミと一日中一緒!? と真面目な顔を作りながらも心中はハイテンションになる。にやつかないように唇をきつく結んでいた。
「おチビさんを抱くのがうまいですね。今にも眠ってしまいそうです」
僕の腕の中でうとうとし始める子オオカミ。可愛すぎてまたしてもびっくりした。
「この子の名前は何というんですか」
まさかチビという名前ではないだろうと思って訊ねるとセンリが少し驚いたような顔をした。
「ゼロです。イチ様が名付けました。ですがいつまでも小さいままなので、皆にはチビと」
確かにゼロよりはチビと呼びたくなるくらい小さくて可愛い。しかし雇われてる身としてはチビと気軽に呼ぶべきではないだろう。
「また詳しい事はここの使用人から説明してもらいます。生活用品は揃えてありますが、足りないものがあれば言ってください。あなたにやめられると、またいちから代わりを探さなければならなくて、大変なので」
「が、頑張ります」
きっと僕が想像しているよりは大変な仕事なのだろうが、この子と一緒に暮らせるなら最早何でもいい気がしてくる。僕の胸ですやすやと眠り始めてしまったゼロを撫でながらやる気をみなぎらせていると、外から扉をノックする音が聞こえた。
「来ましたね。どうぞ」
センリが返事をすると扉が開き、一人の人狼が入ってきた。イチ様達と比べるとわりと小柄で、幼さの残る顔立ちの青年だった。
「彼はここの使用人の一人、ハレ・ミレナです。あなたも彼らの一員ですから、僕がいないときは彼に」
センリから紹介されたハレという名の人狼に会釈され、僕も頭を下げる。
「よろしくお願いします。阿東彼方といいます」
「彼はここで一番若手なんです。若者同士の方がカナタさんもやりやすいでしょう。ハレ、あなた今年でいくつでしたっけ」
「19になります」
「ああ、えっと、ではカナタさんと4つ違いですね」
本当は一つ違いだが、僕よりはずっと大人びて見える。聞いていた話では、人狼は男の場合見た目では年齢が予測できないらしいが彼は見た目通りなのか。彼の狼の耳はセンリよりは小さいが、ちゃんと頭からはえている。顔はややつり目で冷たそうな印象だが、筋肉質な美形であることは間違いない。
「では後は彼に引き継ぎます。これから一郡での会合がありますので、その間おチビの事をお願いいたしますね」
そう言ってイチ様とセンリが部屋を出ようとした時、うとうとしていたはずのゼロが突然暴れ出して吠え出した。
「キャウ!」
「えっ、ど、どうしたの? 大丈夫?」
「イチ様が行ってしまうのがわかって暴れているんです。そのまま抱っこしておいてくださいね」
腕から抜け出そうとするゼロを咄嗟に保定する。昔シロがいたときにたまにしていたので、どうにか捕まえておくことができたが暴れるのはやめてくれない。
「あ、あの、僕これどうすれば…!」
「3時間後ぐらいには戻ります。それまでチビをお願いしますね〜」
ばたんと容赦なく扉を閉められ、イチ様とセンリの姿が見えなくなる。一瞬気をゆるめた僕の腕の中からとんでもない力で逃げ出し、扉まで飛んでいった。いなくなってしまったイチ様を呼んでいるのか泣き叫ぶように鳴いていた。
「キャンキャン!!」
「ゼロ、イチ様ならすぐに戻ってくるから……」
「キャン!」
鳴きやまないゼロにどうすればいいか困りはてる。この子にとってはイチ様が親なのだ。子供が親を求めて泣くのは当然の事で、その止め方などわかるわけがない。
「別にほっとけばいい。そのうち疲れて寝るだろ」
ハレという名の人狼に冷たくそう言われて、体がビクッと震える。この男は、ここの他の人狼とは違って人間の僕にわかりやすいくらい冷めた態度だ。
「でもお仕事ですから、そういうわけにも…」
「お前に説明するよう頼まれた俺の時間を無駄にするのはいいのかよ。いいから構うのをやめて話を聞け」
「……」
感じ悪いを通り越して怖くなってきた。元々他人と接するのが得意な方ではないので、種族の違うガタイのいい美青年相手にはしゅんと沈んでいるしかない。
「俺は人間を差別すんのは嫌いだけど、特別扱いするのも嫌いだからな。間違っても俺に優しくされるだなんて思うなよ」
「……はい、心得ました」
1つ年上なだけな男の威圧感に逃げたくなる。彼は腕組みしたまま、ゼロを確保しようと焦る僕を冷たく見下ろしていた。
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