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神様とその子供たち
歓迎


「ようこそ! 時間通りですね、カナタさん」

笑顔で僕を出迎えてくれたの、面接の時にも一度会った髪の長い男の人狼、センリだった。とても礼儀正しく物腰の柔らかそうな男だったが、二面性がありそうでほぼ初対面ながら少し苦手に思っていた。

「今日からよろしくお願いします」

「こちらこそ。ところで荷物はそれだけですか?」

「…ほとんど捨ててきたので」

恵まれたスーパーアスリート体型のセンリは紺のスーツを着用しており、まるで来日した海外のオリンピック選手のようだった。ナナもイチもこれくらいの体格があったので人狼の平均的な体つきなのだろうが、これで威圧的な態度でもとられようものなら怯えて仕事にならなかったかもしれない。例え表面上だけでも優しく声をかけてもらえて良かった。

「なるほど、そうですね。すべて捨てて心機一転、気分を変えるのが良いかもしれません。では、こちらにどうぞ」

「……え?」

家がないなぁと思ったら目の前に座席以外が透明な楕円形の乗り物があった。カプセルのようなそれは太陽に反射してキラキラ輝いている。四人が座れる座席は見るからに座り心地が良さそうだが、一体何なのだろう。

「これはなんですか」

「一応キャビーなんですよ。この敷地内専用の。昔は屋根がオープンでもっと開放的だったんですけど、雨の日や寒い日がつらいって苦情がきたもので改良に改良を重ねました。さ、どうぞ」

天井が大きく開き、中に入れるようになっている。恐る恐る乗り込むと、センリと僕が席についた時点で扉が閉まりゆっくりと動き出した。

「わあ、動いた! す、すごい!」

「良かったですね」

はしゃぐ僕を微笑ましそうに見つめるセンリに、さすがに恥ずかしくなって騒ぐのをやめる。キャビーと同じように物音もなく浮いたまま移動しているが、全体が見渡せるので乗っているだけでワクワクさせられる。

「これはここにしかないものですから、はしゃぐのも仕方ありませんよ。僕もこれに乗るのは好きです。この庭の景色が堪能できるので」

席は対面するように設置されていて、シートベルトはない。スピードは思ったよりは早いが、景色を楽しむ余裕があるくらいはゆっくりと進んでいた。

「これに乗らないと屋敷にはたどり着けません。だからここから出るには外出届けが必要なんですよ」

「そんなに広い庭なんですか」

「それもありますが、湖の上を通らないといけないので。あ、あれのことです」

静かな湖畔が見えたと思ったら、その中心に佇む大きな屋敷があるのが見えた。家というよりはまるで西洋のお城だ。利便性よりデザイン性を重視しているような、観光地にでもなりそうな素敵な城だった。

「ほ、本当にあそこに住んでるんですか…!」

「見たことありませんか? 湖に浮かぶ城として有名なんですが……あー、そういえば部分的記憶喪失でしたっけ」

そういえばそんな設定だったと僕もこの時点で思い出し頷く。この広大な庭といい湖に浮かぶ城といい、とても個人の邸宅とは思えない。こんな素晴らしい場所で働けるなんて、現代の話なら夢のようだと喜んでいただろう。

「屋敷へのルートはいくつかありまして、これはノーマルルート。最短時間で屋敷に向かいます。他にも景色を楽しむ湖畔ルートや、荷物を運ぶだけのスピードモードなどが選べますよ」

「す、すごいですね。こんなに凄いお家は見たことがありません」

「ああ、もう、それはもちろん。ここは一群一等地の十分の一の敷地面積がありますから。一貴の家がその他と似たようなものであっていいはずがありません。ここで働く事を、カナタさんも誇りに思ってくださいね」

頷く僕を見て笑顔を貼り付けたままのセンリ。彼はこの表情以外できないのではないだろうかとすら思えてくる。しかしこんな素敵な庭を見ると緊張でガチガチだった僕の方も自然と笑顔になった。どういう原理かはわからないが、僕らを乗せた透明な小さいキャビーは湖の上を滑るように進んでいく。これ一回乗るのにお金を取ってもいいだろうと思うほど素晴らしい体験だった。  

「はい着きました、気をつけておりてください」

玄関の扉が物凄く大きな観音開きであることに最早驚くことはなかったが、センリがおりる時手をかしてくれたことには驚いた。人の上に立つはずの人狼なのに、彼はどこまで紳士的なのか。握った手は岩のようにゴツゴツして、僕が体重をかけてもビクともしない、たくましいものだった。

「ええっと、荷物を先に置いてから、と思ってましたがそのまま屋敷を案内しますね。どうぞ」

センリが近づくと重たそうな扉が重厚感溢れる音をたてながら自動で開いていく。玄関にはカーペットがひかれていて靴を脱ぐ場所がなく、土足で入っていいらしい。ここまでは予想の範囲内だったが、目の前に飛び込んできた光景に僕は驚きのあまり固まってしまった。


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