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神様とその子供たち
003


「親は二人とも、僕によくしてくれました。ぶたれたことも、理不尽に怒られたこともありません」

阿東彼方と僕の両親は違うので、具体的な事を言うことはできない。阿東は一人っ子だったが、僕には兄が二人いた。年が離れていたこともあり二人はとても僕に優しかった。勉強で忙しくても、できるだけ時間をつくって遊び相手になってくれた。兄弟というよりは保護者のようだったが、僕は二人がとても好きだった。

「だからいつか、僕は両親に恩返しがしたいと思ってました。いい会社に入ってたくさん稼いで、二人が自慢に思えるような息子になることが親孝行だって…それで、ずっと……」

それでずっと、僕は勉強を頑張っていた。医者になる、それこそ二人が一番喜んでくれる道だとわかっていた。なのに動物と拘わる仕事がしたいなんて思い始めて、勝手に申し訳なくなって言い出せなかったのだ。あの二人が頭ごなしに反対などするはずがないとわかっていたのに、一瞬でもがっかりさせてしまうかもしれないと思うと、動物が好きだからなんて子供の理想でしかない夢を二人に話すこと自体、恥ずかしかった。

「でも、もうそれはできなくなりました。だから、これから僕ができることは両親の分までしっかり生きて、前を向いて生活していくことだと思って…います。だからこそ僕は、ここで…」

僕の親も兄も本当は死んでなんかいない。でももう会えないかもしれない。そう思ったら言葉が詰まった。突然行方不明になった僕の事を家族はどう思うだろう。いくら捜しても僕は絶対に見つからない。それはもしかすると、死ぬよりも彼らにつらい思いをさせるのではないか。そう考えたら、申し訳なくて悲しくて泣きそうになってしまった。
面接の場で泣くなんてありえない、そう思って必死に涙をこらえる。けれどこれ以上何か訊かれたら、声が震えるのを止められそうになかった。


「もういい」

気がつくと、隣に面接官の一人が立っていた。うつ向いて歯をくいしばっていたので気がつくのが遅れたが、それはあの子犬を抱いていた人狼だった。
止めてくれたのは良かったが、僕が泣き出しそうだったのがバレたのだろうか。恥ずかしくて顔を見れないでいると、彼は抱いていた子犬をこちらに向かって差し出してきた。

「…?」

訳がわからないまま彼からついその子犬を受け取ってしまう。予想以上に重くてふわふわだった子犬はとても大人しく、僕の腕の中におさまっていた。その様子を見ていた人狼の彼の顔つきが少しやわらかくなった気がした。センリとは違い面接官らしくずっと表情に乏しかったので、その顔に一瞬惹き付けられる。

もしかすると、彼は僕がこの子犬を抱っこしたがっているのがわかって、慰めるためにこんなことをしてくれたのだろうか。どれだけ察しが良くて気が利くんだと思ったが、好意に甘えようと僕は優しくその子を抱き締めた。

「か、かわいい…」

ついそう言って調子にのって頬擦りしていると、面接官全員の視線が向けられていることに気づき我に返った。僕はこんな大事な場面でいったい何をしているのか。

「センリ」

「はい。……えっ、もう決めちゃうんですか?」

「……」

その耳がない人狼が名前を呼ぶと、センリが大きな耳をピクッとさせて驚く。しかし彼はそれ以上何も言わず、黙ってセンリを見るばかりだった。

「いや、イチ様がいいならそれで構いませんけど…」

「えっ!」

センリが僕の目の前の男をイチと読んだので僕は思わず声をあげた。まさかこの目の前の人狼が、イチだったなんて。気づかなかった。だって、前に彼を写真で見たときは…。

「よろしく頼む」

僕は訳がわからずぽかんとイチを見上げていると、男が子犬を撫でながらそう言った。センリや他の面接官の慌てぶりを見てようやく、どうやら自分が彼に採用されたらしいことに気がついた。



その後、僕はセンリから仕事の説明を受けた。業務はイチの家での手伝い。比較的簡単な仕事で自由な時間も多いが、基本休みはなく毎日出勤。衣食住を提供するかわりに給料は相場の半分以下しか出さないというものだった。
一貴邸から出るには外出許可証を提出しなければならないというのが気になったが、休みがないのならどのみち真崎には簡単には会えなくなるだろう。僕はそれをすべて承諾し、出勤日までに内容をよく読んでサインをして提出するようにと雇用契約書をわたされた。
あの後イチは自分の子犬を連れてさっさと撤収してしまい、それから彼に礼を言うことも会うこともできなかった。無表情で言葉も少なく、人狼らしいアスリート体型だったが、彼は何故か他の人狼とは違い怖い存在ではなかった。頭に狼の耳がなく、姿が人間に近いからだろうか。それとも、イチは善人だという話を聞いていたからだろうか。



ビルを出た僕は、真崎から言われていた通り近くにあった公衆電話から彼に電話をかけた。この時代に公衆電話がある事には驚いたが、この電話は一群のいたるところにあり、上級市民ならばお金を払わずとも2分間誰とでも通話できるらしい。

僕から電話をもらった真崎は近くまで迎えに来てくれた。キャビーに乗り込むと僕はテンション高くすぐさま彼に報告した。

「さ、採用されました!」

「えっ」

「イチ様が、僕によろしくって…」

結果は折り入って連絡、というのが普通だろうから真崎が驚くのは突然だ。僕が採用される確率は低かったし、自分自身まだ信じられないでいるくらいだ。

「面接にイチ様がいたのか? あんなに忙しい方なのに…。いったい何をやって、彼にそんなに気に入られたんだ」

「それが僕もよくわからなくて……」

もしかすると、イチ様は本当にただ同情してくれただけかもしれない。面接での僕がよほど哀れに見えたのだろう。だってそれくらいしか理由が見つからない。

「…いや、まずはとにかくおめでとう。よくやった。今日はお祝いだな」

そう言いながら僕の肩を叩き行き先を告げる。ゆっくりと動き足したキャビーに揺られながら、就職先が決まったことに不安と安堵を感じていた。


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あきゅろす。
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