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神様とその子供たち
スナとナナ


私の名前はスナ・ノドカ。七貴であるナナ様の副官である。
妻は数十年前に亡くなり、三人の子供がいる。取り立てて特徴のない私ではあるが、そこそこの強さと真面目で几帳面な性格を買われて、ナナ様の副官として仕事の大部分を任されているのが唯一の自慢だ。そしてナナ様の事を誰よりも知っている自信がある。

ナナ様は敬愛するロウ様の七番目の息子で、予知能力のある人狼だ。元々一つところにいるのが苦手な方で、よく私に仕事を丸投げして七群を出ていってしまう。情報収集のため、なんて言っているがロウ様に会いたいだけだということを私は知っている。
自他共に認める不真面目な貴長様だが、七群での彼は支持率も高く磐石の地位にいる。理由は簡単、ナナ様は正式に認められたロウ様の子供だからだ。ロウ様の10人の子供は存在しているだけで周りに敬われる存在だった。それに彼の未来予知は七群にはなくてはならないものだ。

そんなナナ様は人間が大好きだ。
人狼を恋愛対象として見られない彼は、人間の男を集めて自分だけのハーレムを作っていた。ストライクゾーンが幅広いので、ありとあらゆるタイプの人間を囲い可愛がっている。七貴邸にいる人間は全員ナナ様のお手付きだ。

一方で、ナナ様は人間に恋をしたことをはない。誰か一人を好きになったり、特定の人間に入れあげたりしたことはただの一度もない。屋敷の人間も全員を平等に扱っている。平等に愛を囁き、優しく接して、何不自由ない生活を与えているが、ナナ様にとって人間は性的対象ではあっても恋愛対象ではなかった。


そんなナナ様が、一人の人間に執着するようになってしまった。名前は戸ノ上マサキ。一群に雇われた二人目の人間だ。
ロウ様がいなくても足繁く一群に通っている姿に、私は何かおかしいと思い部下を使って調べさせた。するとその一群にいる人間を口説き落とそうとしているらしいという報告が上がってきたのだ。

ナナ様は気に入った人間はだいたい自分のものにしてしまうが、時に諦めるしかない相手もいる。どんなに頑張っても手に入らないのがわかっている人間、例えばイチ様のお相手である阿東カナタがそうだ。彼の事をナナ様は気に入っていたが、二人の結婚が決まると心から祝福していた。
どんなに気に入った人間でも、本気で嫌がっている相手を無理矢理抱いたりはしない。それは優しさからというよりは、執着心を持っていないからだ。他にたくさん人間がいるのに、一人に固執する理由がない。

戸ノ上マサキは、ゼロという子犬のような人狼の世話役として最近雇われた人間で、記憶がまったくないらしい。すべてを忘れてしまったせいで日常生活もおぼつかないと聞く。そのせいか周りのガードが固く、ナナ様でも思うように近づけないでいるようだ。
何の変哲もない他人の家の使用人にここまで入れ込むなんてこれまでになかったことなので、私はこっそりナナ様を追って一貴邸にまで足を運ぶことにした。



一貴邸の使用人達にはナナ様を連れ戻しに来たといえば、こっそり中に入れてくれた。なかなか帰ってこない時、他の人狼に迎えに行かせることはあるが、私が直々に出向くことはあまりないので、ここの使用人達は少し驚いていた。ナナ様と私の両方が七群からいなくなるのはあまりよろしくない。手短に済ませる必要があった。

嗅ぎ慣れたナナ様の匂いは遠くからでもわかるので、匂いを辿って歩いていると庭の片隅に人間とナナ様が立っているのが見えた。写真でしか見たことがなかったが、間違いなく彼が戸ノ上マサキだ。顔は整ってはいるものの、特別美しいというわけでもない。彼の不自然な懐の膨らみは、おそらく子狼のゼロだろう。

「なあ、マサキ。いいだろ、一回くらい俺の家に遊びに来たって」

ずいぶんと優しい口調で相手を口説くナナ様。しかしマサキはずっと首を横に振っていた。

「なんで? なんで?」

「カナタがだめって」

「カナタのいうことなんか、きかなくていいよ! 俺、マサキと仲良くなりたいんだ」

「だめ。カナタのいうことは、きかないとだめだから」

「ちょっとだけじゃん。ここじゃすぐ邪魔が入るから、ゆっくり話したいだけだよ。お菓子もあるよ」

そうこうしているうちに二人に向かって駆け出す人間の姿あり。阿東カナタだ。彼は鬼の形相でナナ様を振り払い、マサキに近づくナナ様に怒っていた。
大人相手にしては過保護すぎる扱いだが、記憶をなくして中身が子供になってしまったせいだろう。ナナ様はヘラヘラ笑ってカナタを宥めると、諦めてその場から離れた。
私は隠れるのをやめて彼の後を追い、声をかけた。

「ナナ様」

「うっわ、いきなり現れんなよ。なんでスナがいんの?」

自分の予知はできないのか、ナナ様自身はサプライズに弱い。ナナ様のことで知らない事があるのが嫌な私は、気になっていた件をすぐに訊ねた。

「なぜ今の人間に、あれ程入れ込むのですか?」

「え〜見てたんだ恥ずかし〜。今更何言ってんだよ、俺が人間好きなの知ってるじゃん」

「そういう意味ではなく」

私が何を言いたいのか悟り、合点がいったという風に笑うナナ様。私の耳元に顔を近づけ、内緒だぞという前置きの後こう言った。

「アイツが誰なのか、特別におしえてやるよ」

「?」

「あいつは元々、親父を殺そうとしたテロリストの一味の一人なんだ。それも幹部クラスのな。でも今は記憶をなくして幼児退行してる。面白いだろ?」

「そんな人間が、処罰もされずにイチ様のお側にいていいのですか?」

「へーきへーき、記憶戻る可能性ないから」

何の根拠があってそんなことを言うのか疑問だったが、ナナ様がそう言うならそうなのだろう。ロウ様がイチ様の側に置くことを許しているなら尚更だ。

「テロリストだった人間を口説くなんて、悪趣味では?」

「ばっか野郎、だからいいんだろうが」

その言葉に、ナナ様がこれまでと何も変わらない思考を持ち続けていることを理解した。


ナナ様は人間が嫌いだ。
否、彼自身は特に人間を嫌う理由は持ち合わせていないが、ナナ様が最も深く愛している父のロウ様が人間を嫌っているので、嫌いなのだ。

「テロリストの一味だった男だぜ。人狼が大嫌いだったろうに、知らないうちに人狼に抱かれてたらすっげぇ面白くない?」

ナナ様は人間を性的対象として可愛がり抱く一方で、父が憎む人間を好き勝手に犯すことで満たされている。相反するはずの二つの感情が奇跡的に重なって、今の彼を作り上げているのだ。

「心配しなくても、無理やりヤったりしねぇって。そんなことしたらカナタに嫌われるだろ。カナタに嫌われたら親父に嫌われる。だからあいつを口説いて、合意で犯す。想像するだけで最高だろ?」

本当に楽しそうにそう話すナナ様に私が返す言葉は特にない。元テロリストの人間がどうなろうと何とも思わない。
彼がこんな風に仕事を私に丸投げして、好き勝手に生きているからこそ私は七群で確固たる地位につけているのだ。彼が仕事を疎かにすればするほど、ロウ様が申し訳ないと私を労ってくれる。おかげでロウ様に気にかけてもらえて、ナナ様には感謝の気持ちしかなかった。

「親父を殺そうとしてた奴が、望んで俺に犯されるようになったら嬉しいな。なあスナ、お前もそう思うだろ?」

「私には、よくわかりませんが」

私の答えなどどうでもいいのか、同意を得られずともナナ様は上機嫌だった。彼はその父親そっくりの顔で楽しそうに笑い、「早く俺を好きになってくれねぇかな」とあの人間に思いを馳せていた。



おしまい
2022/10/30

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あきゅろす。
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