神様とその子供たち 忠告 ロウはその日、朝から妙な胸騒ぎがしていた。 ハルトを取り戻して、そう簡単に一件落着とはいかなかった。ハルトは目に怪我をしていたし、真崎理一郎は意識不明。人狼の秘密がいつ全国に広まるかわからない。あくまで今、最悪の事態を避けられただけだ。 真崎のことはシンラのおかげで何とかなりそうだ。しかしハルトの目は今のところどうにもならないし、人間側には弱味を握られている状態だ。真崎あすか達テロリストを撲滅したくとも、海外に逃げられていては手が出せない。無論それは向こうも同じだろうが、この膠着状態がいつ崩れるか危うい状況だ。 色々とやることが山積みだったロウはやや忙しい足取りで廊下を歩いていた。関係者への連絡はスイに任せきりにしてしまったが、カナタの意識が戻ったのでようやく自分の仕事ができそうだ。そう意気込んでいた矢先、ナナと鉢合わせた。 「親父!」 「ナナ、お前もカナタの見舞いに来てくれたのか」 ナナは自分の知る限り、誰よりも行動力のある男だった。遠くにいても何かあればすぐにすっ飛んでくるのはもちろん、何もなくても気がつくと隣にいる。顔は自分と瓜二つだが、性格はまったく違う。わざわざ二群までカナタと、そしてもちろんロウのことを心配して駆けつけてくれたのだ。 「ちょっと話があるんだけどーー」 「今?」 「大事な話なんだよ〜〜。二人だけで話したい。いま!」 「わかった」 護衛の二人に離れるように言って、ナナと共に噴水のある庭の石畳に腰かけた。 「さっきカナタに会ってきた。とりあえず元気そうで良かったよ」 「ああ」 ナナにはハルトを捜索するのに助けてもらった。予知でハルトの場所を探り当てようとしたのはうまくいかなかったが、捜索には七貴として全面的にサポートしてくれた。 「ん」 「?」 「手、出して」 また未来視をしてくれるのかと思い素直に手を出す。その手を握ってそのままナナは身体をひっつけながら横に座ってきた。 「親父はさぁ、カナタどうすんの。兄貴は諦める気ないみたいだけど」 「俺だって譲る気はない。……お前、そんな話がしたいのか?」 「さっき、カナタの未来も見てきた」 ナナが手を強く握ってくる。しかし目線は遠くを見据えていた。 「カナタは親父の運命の人だよ」 「……本当に?」 「うん。いつでもカナタの未来には親父がいるから」 ナナの言葉にぱあっと明るい世界が広がるように感じた。けれどナナの表情があまり優れないことに気づいて、喜ぶ気持ちはすぐに消えた。 「でも今日はもうちょっと詳しく見えた。仮に親父と結婚すれば、カナタは早々に死ぬことになる」 「…!?」 ナナの言葉に衝撃を受けて言葉を失う。カナタが死ぬと聞いただけで何も考えられなくなった。 「何を言ってる。何故そんなことに」 「殺されちゃうからだよ」 「……殺す? 誰が?」 反射的にそう訊ねていた。ハルトに危険が迫ってるのなら、それを今すぐに排除しなければならない。 「誰でもだよ。カナタを守ろうとする人狼の方が多分少ないから」 「それは……」 「カナタを殺そうとする人狼から、守備良くカナタを守れたとしても別の誰かがカナタを狙う。キリがない。そういうことだ」 「……」 あまりのことに絶句していると、ナナは強ばった笑顔を向けてきた。 「俺たちはみんな親父が好きだ。多分親父が思ってる以上に。親父に愛されたいのをみんな我慢してる。だから人間なんかが親父の特別になるなんて耐えられないんだ。カナタは常に命を狙われるようになって、1ヶ月後か1年後か……いつ死ぬか、それはわからない。でも早死にするのは確かだ」 「お前は、何が言いたい……」 「カナタは兄貴と結婚させるべきだ。あの子はそれで幸せになれる」 「……」 目の前が真っ暗になった。仲間が自分の大切なものを傷つけるようなことをするとは考えたこともなかった。でもそれは、他でもない自分のせいだ。人間を徹底的に貶めていたから、人間のハルトは危険に晒されている。 「お前、それが俺にとってどういうことか、わかって言ってんのか」 「もちろん。いや、どうだろう。でもこの場合親父の気持ちは問題じゃない」 「………本当に、それしかないのか」 「じゃなきゃこんなこと言わないよ」 「……」 項垂れて心が潰れそうになっている身体をナナが抱き締めてくれた。かなり長い間そうしていたように思う。途中遠くに控えさせていたトキノとカエンに「大丈夫だから来るな」とナナが叫ぶほどだった。 決断するのは、簡単なことではなかった。一度は死んだと思っていた愛している人が別の人を好きだということだけで胸が苦しいのに、それを認めて何も出来ずに二人が結ばれるのを祝福するしかないのか。そんなの耐えられないと思う反面、ハルトが死ぬくらいなら何でも我慢できるとも思った。 「ありがとうナナ。もう大丈夫だ。カナタのことは、ちゃんと諦める。大丈夫だ……」 「親父、愛してる。俺がいるし、みんなもいるよ。カナタとだって一緒にいられる。だから悲しまないで」 「わかってる。お前らみんな俺が好きだからな。正直、何でそんな好きなのかよくわかんねぇくらいだけど」 「親父が、俺達のこと好きだからだろ。態度に出すぎなんだよ。俺だって親父に恋人ができるのは嫌だし」 「えっ」 「いや、俺はカナタに何もしねぇから! そんな目で見んなよ」 「ふふっ」 笑うロウを見て、離れた場所でハラハラしながら見守っていたトキノとカエンは肩の力が抜けた。 しばらくの間、ロウはナナと手を繋いだまま一緒に並んで景色を眺めていた。 おしまい 2021/9/16 [*前へ][次へ#] |