[携帯モード] [URL送信]

神様とその子供たち
002


それから二日後の面接当日、ここでのルール上スーツを着るわけにもいかずいつもの入院患者のような格好で面接会場までやって来た。途中まで真崎にキャビーで送ってもらったが、すでに緊張でどうにかなりそうだった。バイト経験もない僕にとって面接など入試の時以来だ。しかも単なるバイトではなく、未知の世界で何もわからないまま人狼という人間じゃないもの相手に面接する。これで緊張するなという方が無理がある。



会場である公営ビルは頂上が見えないほど高く、立派な建物だった。入り口に立つ警備員(ちなみに人間だった)にドキドキしながら大きな入り口からビル内に入り、受付の女性(これも人間)に面接の事を話すと最上階に行くように丁寧に案内された。こんな服装でも顔色一つ変えなかったのはこの服がここでは常識的な格好だからなのか、それとも彼女達が優秀だからなのか。

言われた通り進んでいくと、こんなにたくさん必要なのかという数のエレベーターがあり、ボタンを押すとすぐに近くの扉がすぐに開いた。面接希望の人間が殺到しているかと思ったが僕以外の人の気配はない。中はガラス張りで外の様子がわかるようになっている。
最上階のボタンを押すと凄まじいスピードで上昇していくが、振動はまったくない。思っていたよりも早く扉が開き、僕は緊張したまま足を踏み出した。

目の前に目立つように貼り紙があり、そこに案内図が書いてある。指示の通り進んでいくと薄暗い通路に椅子が並べてあり、こちらでお待ちくださいと書いた立て札があった。
最上階に来てから人の気配もないので、だんだん心配になってくる。書いてある通り椅子に腰を下ろしながらも、本当にここで待っていて大丈夫なものかと不安だった。

時計がないのでどれくらい時間がたったのかわからないが、指定された時間は過ぎただろうという頃、目の前の壁だと思っていたものが突然動きだし扉の形になった。その扉が自動で開き、中から人間が出てきたので死ぬほど驚いた。彼は僕と同じくらいの年で、僕とは違い制服のようなしっかりとした服を着ている。彼は一礼してこちらを一瞥して去っていき、突然のことに放心していた僕の耳に、中から「次の方どうぞ!」という明るい声が聞こえ慌てて立ち上がった。

「し、失礼します」

震える声でそう言って入室し一礼する。僕が入ると後ろで扉が閉まる音がして気にはなったが振り向けない。薄暗い廊下とは違って日当たりのいい会議室のような場所に大きなテーブル。そしてそこに4人の人狼が座っていた。4人のうち1人は耳がなかったが銀髪の美形だったので人狼だとわかる。全員がそろって目をひく容姿をしていて、同じ系統の美形だ。

「ええーっと、阿東…彼方さんですね。どうぞお掛けください」

右から二番目に座っていた人狼が愛想のいい笑顔で目の前の椅子を指し示す。彼は長髪を後ろの上の方で束ねて女性のような髪型をしていたが、見た目と声は完全に男だった。

「どうも初めまして! 僕は一貴補佐官兼、イチ様専属アシスタントで秘書のセンリ・マナです。カナタさん、今日はお忙しい中わざわざご足労いただきありがとうございます」

丁寧な物腰すぎるのと突然の名前呼びに驚いたのも束の間、僕は別のものに目を奪われた。センリと名乗った人狼の左隣にいた、一番年上らしい耳のない人狼が膝にのせていた生き物、子犬だ。

「カナタさんは一郡出身でいらっしゃるんですね。えーっと、学校を卒業されてからは……何かお仕事を?」

「……」

「カナタさん?」

「あ、も、申し訳ありません。働いた経験はまだありません」

子犬は吠えることも暴れることもなく膝の上にちょこんと座っている。最初はぬいぐるみかと思ったが確実にまばたきしている。僕の位置からでは鼻から上しか見えないが、この世のものとは思えないほど愛らしい顔をしていた。この大事な面接ですべてが吹っ飛ぶ程に。

「このデータを見ると色々とあったようですね。ああ……それでその服を。怪我はもう平気ですか」

「えっ」

「あの、不幸な事故の時の」

「あ、はい。大丈夫です」

センリという人狼はめいいっぱい悲しそうな顔をしてくれたが、僕はどこも見ていないふりをしながら子犬を見ていた。
なんとなく、昔飼っていたシロに似ている気がする。あの子がこの子のように小さかった時の姿なんて知らないし、顔はあまり似ていないかもしれない。でも毛色がそっくりだ。真っ白で、ふわふわで、シロが子犬だった頃はきっとこんな姿だったのだろう。

頭の中は「かわいい」で埋め尽くされた僕はセンリに何を聞かれてもどこか上の空だった。なぜあの耳のない人狼はあんなに可愛い生き物を面接に連れてきてしまったのか。ずっと撫でているので彼の飼い犬なのだろうが、あまりの可愛さに周りに自慢したくなったのかもしれない。しかし残念なことに完全に僕の面接の邪魔になっている。もしあのふわふわの毛を撫でさせてもらえるなら、面接に落ちても悔いはないなんて突拍子もない思考になりかけているからだ。

「ここだけの話、カナタさんは有力候補なんですよ」

「へぇ……ってえ!?」

センリの言葉に一瞬何の有力候補だ? と思ったがこの採用試験のに決まっている。だが僕のどこに有力要素があるのだろうか。

「な、なぜなんですか」

「えーっとですね、まずあなたの出身が一群だということ。面倒な手続きをかなり省けます。それから年齢。これはなるべく若い人が良かったので」

本当は18歳だけど、15だと偽っていて良かった。いや、これは喜ぶところではないかもしれないが。

「あと身寄りがいないことと、事故の後遺症で記憶の一部を失っていること」

「あの、それのどこが……」

「面接に来た人間の中で、あなたはかなり不幸な方です。だから有利なんですよ。イチ様は優しい方ですから、可哀想であればあるほど同情して採用してくれると思いますよ」

「……」

確かに僕は今すごく不幸だ。こんなところに理由もなく飛ばされて帰る方法もわからない。真崎が助けてくれなかったら、僕は捕まっていたかもしれないのだ。しかしそんな理由で採用されるのはなんとなく嬉しくない気もする。

「そうだ、亡くなった両親の事について話してくださいませんか」

「は?」

「言ったでしょう? 不幸アピールをした方が採用されるって。両親を失った悲しみを僕たちに話してください」

「……」

悪気の欠片もなさそうな口調から飛び出る言葉に開いた口が塞がらない。なんて配慮に駆ける質問なのか。もし僕が本当に両親を亡くしていたらとても耐えられなかっただろう。しかし一貴本人がいるわけでもないのに、不幸アピールなんかして伝わるものなのだろうか。人良さそうな顔をしていても、人間を対等には思っていないということなのか。若いセンリという名の人狼の笑顔が、なんだか怖くなった。

「……両親は、立派な人でした。もちろん、二人が亡くなって悲しいです」

ここでキレて怒ってしまってはすべてが終わりだ。面接に落ちるだけならいい方で、下手するともっとひどい目にあう可能性もある。僕の両親は本当に死んでいるわけではないのだ。精一杯の演技をして、人狼達にはぜひ同情をしてもらおう。


[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!