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神様とその子供たち
002


カナタを連れて戻ると、トガミとラセツが腰を据えてなにやら熱心に話し込んでいた。聞いてみると、トガミは警察学校にラセツを勧誘していたらしい。学校には寮もあるので住居にも困らないし、身体を鍛えることもできる。トガミに才能を感じると言われラセツはすっかりその気になっていた。

連れてきたカナタがトガミに礼を言うと、彼は笑顔で対応していた。彼は二人の結婚を真っ先に祝福した人狼の一人だ。カナタの出自を知らないわりには寛容だと思ったが、トガミの考えはよくわからない。どうでもいいというのが一番近い気がする。トガミはまともなふりをしているが思考がまともでないのはセンリが一番よく知っていた。そういう相手の考えはわかりづらい。

カナタが部屋を出るのと同時にセンリもその場から撤収することにした。ラセツとトガミはまだ話すことがあるらしく、その場に残った。このまま衣装のことは忘れてくれないかと思ったがそううまくはいかないだろう。カナタと別れたセンリは仕事そっちのけで隠れる場所を探していた。しかし今までの経験上、どこにいても見つかってしまうのでいい場所が思い浮かばずただ歩き回るだけになってしまう。いつもならイチの側から離れずにいれば安心だが今日彼は定期検診の日でここにはいない。花嫁衣装などと馬鹿げたことを言い出すから気づかなかったが、もしかして最初からイチのいない日に来ることが目的だったのではないかと邪推してしまう。野外にいればさすがのトガミも下手なことはできないだろうと外へ通じる扉に向かった。

「……っ!」

突然、背後から抱き締められ息が止まる。振り返るとタレ目とえくぼが特徴的な男が笑ってセンリを捕まえていた。

「トガミ様、なぜここに……」

「センリの匂いを辿ってきた」

「……」

鼻が利く人狼ではありえないことではないが、発信器を仕掛けられたことはもう何十回もある。後で全身をチェックしておかなければ。

「ラセツ様はどこに……?」

「アイツのことは置いてきたに決まってるだろ」

「何かしてないでしょうね」

「おいおい、傷つくこと言うなよ。俺があんな子供に何するってんだ」

トツカと瓜二つの顔で困り果てた表情を作るトガミ。センリは自分にだけしか、この男の中身には気づけないだろうと思った。

「でも、あの子にムカついていたでしょう」

「当たり前だろ。センリにベタベタしやがって。子供じゃなかったらとっくにここから叩き出してる。ま、思ったより単純な奴だったから、すぐに追い出せそうだけどな」

「どういう意味ですか」

話を聞いてみると、強くならなければセンリを守れないとトガミが吹聴したおかげで、ラセツはこの一貴邸から出て軍警察に入隊することを決めたらしい。一生ここに居着きそうだった彼を心変わりさせたことに驚いたが、それ自体は非常に助かったので何も文句はなかった。

「お前だって、ラセツには困ってただろ。その気もないのに言い寄られてさ」

「それをあなたが言いますか……」

「俺はお前のためを思ってるだけだ」

トガミの言葉に思わず鼻で笑ってしまう。確かにトガミの言葉に嘘偽りはない。本気でセンリが好きで、手に入れるためにありとあらゆる手を尽くしている。初めて会った日に求婚された時から、それは変わらない。だが、

「あなたのことが嫌いです」

トガミ・トウはセンリがこの世で一番嫌いな相手だった。あの父親のことすらもうここ最近は考えない時間が増えてきたというのに、トガミは定期的に現れてはこちらの心を乱してくる。

「アサのこと、まだ怒ってるのか」

トガミが出した名前に頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走る。アサというのはセンリの幼馴染みで、唯一側にいて心安らげる女性だった。周りから負の感情が向けられるたびに泣いていた幼い頃、いつも優しく接してくれた。彼女はイチと同じくらい優しい心の持ち主で、側にいると心が凪いで、アサのすべてを愛しく思っていた。
しかしアサは成人を迎える前に、トガミとの婚約が決まった。

「よく僕の前で、その名前が出せますね」

「センリは勘違いしてるかもしれないが、彼女のことは好きだった。センリが好きだった女性なんだから、好きになるに決まって……おっと」

おもいっきり殴ろうとした拳は簡単に止められてしまう。殴りたいと思ったことはあっても、それを実行したのはこれが初めてだった。

「そういうところが、大嫌いなんです…っ!」

目上の人狼に対してここまで思いのまま怒鳴ったことなど一度もなかった。しかし言われた本人のトガミは怒ることもなく、センリの拳を握った手を少しも動かさずただセンリを見つめていた。彼はそのままセンリの腕を壁に押し付けキスしてこようとしたが、センリは彼の腹に足裏をめり込ませて止めた。

「やめてください…! 何考えてるんですか…!」

「ナナ様の予知を聞いたんだよ。誰か結婚を考えてる男がいるのか?」

「はあ?」

「お前を誰にも渡したくない。トツカにもカエンにも」

「何故その二人の名前が出るんです」

「センリ、愛してる」

「っ……やめろっつてんだろぉぉ……」

「お前、意外と、力あるな……っ」

「こんなんでも毎日鍛えてんだよ…!」

必死の抵抗で片手が離れたのですぐにトガミの顔を鷲掴みにして抵抗して、彼の整った顔を潰す勢いで顔を掴んでいた。センリは自分の目が黒く染まるのがわかったが手加減すればこちらが負ける。センリに力があればトガミは重症だったかもしれないが、トガミの力が遥かに上回っている。もう少しで力負けしそうになった時、トガミの身体が後方に吹っ飛ばされた。

「トガミ、そういう必死すぎるのはダサいし好感度下がるぞ」

救いの神は誰かと思ったらロウだった。以前はイチがいない日にここに来るなんてあり得なかったが、最近はカナタに会うために好きあらば通いつめている。

「大丈夫か?」

前方から歩いてきたロウが足元に転がるトガミに声をかけていた。目の前にロウの護衛のカエンとキリヤがいて、二人がトガミを倒してくれたのだとわかった。トガミは倒れたまま、ロウを見上げていた。

「ロウ様……何故……」

「センリが珍しく叫んでるから走って来ちゃった。まあ俺より先にこいつらがやってくれたんだけど」

「いたっ」

ロウはトガミのおでこをビタッと叩いてから彼の脇を持ち上げて子供みたいに立たせてやっていた。全員からの白い目を気にも止めず、トガミは不満げに口を尖らせてカエンとキリヤを睨み付けていた。

「クソ……お前ら邪魔しやがって」

「トガミ、犯罪はよくないって俺言わなかった?」

「犯罪じゃありませんロウ様。センリと出会って百年以上、ずっとおあずけくらってる俺へのご褒美です」

「そういうアホなこと言ってるからフラれるんだよ。センリ、お前は大丈夫か?」

「大丈夫じゃないんで殴っていいですか」

「ビンタ一発ならいいぞ」

「待ってくださいロウ様! 違うんです」

ロウに差し出されたトガミが焦って弁明する。さすがの彼もロウの前ではただの無力な男だった。

「こんな廊下の真ん中で本気で襲ったりするわけないじゃないですか。そもそも俺は、この衣装をセンリに着てもらって写真が撮りたかっただけなんです」

廊下の端に置かれていたスーツケースを開けて中身を見せるトガミ。ロウはそれを見てすぐにピンときたようだった。

「婚礼用の着物だな。高価ないい代物だ」

「でもセンリが絶対着たくないって言うから……着てくれるだけでいいのに……」

着るわけないだろまだ言ってんのか、と思い切り睨み付けてやる。ロウは着物をまじまじと見た後、センリの方を見て言った。

「じゃあ、俺と一緒に着る?」

「「えっ」」

センリとトガミが同時に声をあげる。すぐにはロウの言葉の意味が理解できなかった。

「俺も着るから、一緒に撮ろうぜセンリ。嫌?」

「いやいや、何言ってるんですかロウ様!?」

トガミが叫びながらロウにすがりつくが、その声はセンリには届いていなかった。

「……ロ、ロウ様が」

「?」

顔が赤くなるのを隠すために俯きながら、服をぎゅっと掴んで消え入りそうな声で答える。

「ロウ様が、僕とどうしてもって言うなら、一緒に写真、撮らなくもないです」

「よっしゃ、じゃあ早速これ着ようぜ」

「ロウ様!? 嘘だろ酷い」

「何だよ、見たいって言ったのはトガミなんだから、俺に
感謝するところだろ」

「そういう事じゃないです、ロウ様の馬鹿!」

トガミに詰め寄られてもロウは「いいから着物貸して」と取り合わなかった。その後センリはあっさりと純白の着物を着て、笑顔でロウと一緒に何枚も写真を撮った。

センリは出来上がった写真にいたく感激して、何枚も印刷して持ち歩き、希望者全員に配り歩いた。もちろんトガミにもプレゼントした。その写真はセンリの宝物になり、毎晩枕元に置いて眠り肌身離さす持ち歩くようになった。



おしまい
2021/9/9

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