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神様とその子供たち
花嫁衣装


来客の人狼の名前を無線で聞いた時、センリは思わず舌打ちした。どこかに隠れてやり過ごそうかという考えが一瞬頭をよぎったが、そんなことをしても相手はこちらを見つけるまで帰らないだろう。センリは観念して彼を出迎えに正面玄関へと向かった。


「トガミ様」

「センリ」

トガミはこちらに気がつくと爽やかな笑顔を見せて近づいてくる。大きなスーツケースを持った彼は私服姿で、わざわざ出迎える必要はなかったともう一度舌打ちした。

「何の用ですか。イチ様は忙しいんです。仕事でないならお引き取りください」

「今日はセンリに会いに来た。ちょっと時間くれ」

「嫌ですけど」

「大事な話なんだ。すぐに済むから聞いてくれねぇか、な?」

いつになく真剣なトガミの表情にセンリが渋々足を止める。立場も年齢もセンリよりずっと上の人狼からここまで丁寧にお願いされては、例え嫌いな相手でも断ることはできなかった。

10分だけという約束で仕方なくトガミを客室へと通したが、何度も口説かれている相手と密室で二人きりになるほど馬鹿ではなかったので、暇だとわかっているラセツを呼び寄せた。一分もしないうちにラセツは飛んできたが、トガミを見るなり背筋が伸びた。

「トガミ様…!」

「お、噂のセンリのストーカーキッズだな」

その一言で、ラセツがセンリに求愛しているとトガミが知っていることがわかり心配になった。これまで、センリに好意を寄せる男はたくさんいたが、最近は表立って迫られることはなかった。他の男をトガミが脅して牽制してしまうからだ。ロウの孫と警察官という立場を利用してトガミが他の男を蹴散らしているのは知っていたが、そもそも男と付き合う気などさらさらなかったセンリはそれを黙認していた。しかしまだ子供で父を亡くしたばかりのラセツを脅すのは大人として見過ごせなかった。

「大変だったなぁ、ラセツ。ちゃんと飯食ってんのか? 何か困ったことあったら俺に言えよ。ヒラキ様には俺もトツカも世話になってたんだから」

「ありがとうございます、トガミ様」

ラセツの頭を優しく撫でるトガミを見て安心する。さすがのトガミも子供を脅すつもりはなかったらしい。トガミはセンリさえ絡まなければ普段はトツカと同じくらい温厚で人望もある男だった。

「一群に住むならいいとこ紹介するから、何でも相談しろよ」

「トガミ様、あと7分ですよ。一応僕は仕事中なので、これ以上あなたに時間は割けません」

「おっといけねぇ。大事な話なんだ。センリ、イチ様とカナタの写真見たか? あの婚約発表した時の」

「ああ…それはもちろん。撮影の時僕もいましたから」

少し前に婚約を世間に発表するにあたって、メディアに送るための写真を撮った。イチもカナタも結婚衣装を着てプロのカメラマンに撮影してもらった。人狼の男同士のカップルが結婚式をやること自体珍しいが、その場合の衣装は人狼の間では二人とも白いタキシードか白の袴と決まっている。カナタとイチの場合は二人とも白い袴だった。

「あの写真は本当に良かった。二人ともとても似合ってたしな。でも、俺はこう思った。これはセンリの方が100倍似合うだろうな、って」

「は?」

「だから、花嫁衣装だよ」

話が突然反れてしまい頭を抱える。イチとカナタの話をしていたはずなのに、なぜか自分の話になっている。

「で! センリに似合いそうな衣装があったから用意したんだ。これを着て俺と写真を撮って欲しい」

「は?」

カタログを切り取った写真を渡され、そこには綺麗な白い着物を着た女性の人狼が写っていた。

「これ女物では?」

「男女兼用なんだって。着方がわからないなら俺が着せるから。もちろん仕事が終わった後でいいよ」

「必死すぎてキモい」

そういってスーツケースを開けると2人分の婚礼衣装が入っていた。それでこんな大荷物だったのか。

「何も結婚してくれっていうんじゃないんだから、これくらい良いだろ?」

「いいわけないです」

こんな写真を撮られたら周りに嘘八百を吹聴されて本当に婚約させられそうだ。そもそも、こんなきらびやかな花嫁衣装を自分が着ることには抵抗しかない。

「センリ、俺にも見せて」

ラセツに言われて顔をしかめながら写真をわたす。綺麗な花嫁衣装なんて、今のセンリにもっとも必要のないものだった。

「綺麗な着物だなぁ。俺もセンリと写真撮りたい」

横にいたラセツが写真をまじまじと見てそう呟く。センリはラセツから写真をひったくるとそれを握りぶつした。

「相手が誰であろうとこんなもの着ません。馬鹿馬鹿しい」

話は終わりだとセンリはトガミとラセツを残して部屋から出たが、予想に反してなぜか二人そろって追いかけてはこなかった。ラセツは何も言わなくても付いてくると思っていた。

トガミに言い寄られるのはもう日常茶飯事だが、ナナが言った予知のことが気になっていた。近い将来誰かと結婚するというあの忌まわしい話だ。自分が女性から好かれるタイプではないことと、未婚の女性との出会いがまったくないことを考慮して、相手が男である可能性の高さにセンリは恐れおののいていた。

「あ、センリさん!」

歩きながら絶望していると前方から見慣れた人間が歩いてきた。カナタだ。ロウからもらったメガネをして、笑顔でこちらに向かってくる。

「ちょうど良かった。トガミ様が来られたって聞いたんですが、どこにいらっしゃるか知りませんか?」

「あの男に何の用があるというんです」

またトガミの名前を聞かされてつい刺々しい言い方をしてしまう。カナタが首をかしげながら「どうかしたんですか」と訊ねてきた。

「いえ、なんでも。あの男に会いたがる理由がわからなくて」

「先日、結婚祝いの品を頂いたのでお礼を言いたかったんです」

「そんなもの、イチ様の名前でお返しを送ってるからいいんですよ」

「センリさん、何持ってるんですか?」

握りつぶした写真のことを言われて思わず手を開く。その拍子に落ちたぐしゃぐしゃの写真をカナタが拾った。

「これって…」

「トガミ様が持ってきたんですよ。これを僕に着てほしいっていうので、馬鹿馬鹿しくて」

カナタは広げた写真を見ながら「ああ…」と声を漏らす。お疲れ様です、という彼の心の声が聞こえた。彼はいいのにわざわざ写真のシワを綺麗にのばしてからセンリに返してくれた。

「僕は全部イチ様にお任せしてしまったんですが、こんな綺麗な衣装もあるんですね。センリさんなら格好よく着こなせそうですけど……ってごめんなさい」

怒られると思ったのかカナタは慌てて謝ったが、特に怒りは感じなかった。出会った時からカナタからは“格好良い”とう眼差しを受け続けている。男からは“可愛い”、女性からは“弱そう”という目しか向けられたことのなかったセンリにとって彼は、唯一外見を誉めてくれる存在だった。

「いえ、気にしないで下さい」

そう言いながらカナタをぎゅっと抱き締める。信頼する上司のイチと愛すべきロウさえいなければ、彼を口説いて自分のものにしていたかもしれないなと少しだけ残念に思った。
カナタを写真と履歴書だけで雇いたいと始めに思ったのはセンリだった。理由は健康で若くてちょうど良い可愛さだったからだ。彼は思い描いていた条件とぴったり合っていた。
自分が尊敬し心の拠り所にしていたイチがようやく見つけた相手に手を出そうなどとは微塵も思わないし、ロウが大切にしている相手でもある。そして何より、理由もなく抱き締められてるのに、警戒心もなくされるがままになっているカナタの信頼を裏切ることはできない。

「センリさん…? 大丈夫ですか?」

カナタは腰に手を回してぎゅっと抱き締め返してくる。警戒心がないどころの話ではない。完全に懐かれている。

「なんでもありません。でもカナタさんは僕のこと、あんまりわかってないみたいですね」

「えっ、それはどういう……」

「トガミ様と残されたラセツ様が心配なので、やっぱり戻ります。案内するので、一緒に行きましょう」



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