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神様とその子供たち
ハツキとイズモ


「うう……」

三貴邸の自室のベッドの上でハツキは苦しんでいた。現在、熱は40度。やや人間より体温が高めの人狼としても、かなりの高熱だった。
三貴ともあれば世話をしてくれる使用人はたくさんいたが、ハツキは自室に誰も入るなと命令し親友のイズモだけを迎えてベッドの上に横たわっていた。

「ヤバい、幻覚が見えてきた。ロウ様って俺の横にいる?」

「いない」

「ほんとに?」

「解熱剤を飲み過ぎたんだろ」

イズモはバカにしたようにそう言い捨てると、テーブルに置いてあったリンゴをつまんでハツキに渡した。

「このままじゃ食えない」

「俺に剥けってか?」

「かじる気力がない」

「なら使用人を呼んで剥いてもらえ」

「この姿を、見られるわけには……」

ハツキは長年ずっと自分の特技と弱点を隠し続けていた。ハツキの弱点とは体が弱いことだ。月に一度は体調を崩し、酷い時は高熱が出る。ただ大抵は薬でなんとかなるので周囲に感づかれたことはなかった。しかし稀にベッドの上から起き上がれないほどの高熱に見舞われる。

「くそぉ……何でこんな日に限ってぇ……」

今日はロウが視察に来てくれる予定だった。何よりも楽しみにしていたのに、こんな熱では出迎えることは叶わず、補佐官のシオに代わりを任せた。彼にも体調不良のことは伏せていたが、自分が代わりにロウと話せるとあってはシオに理由を深く問い詰められることはなかった。

「ロウ様〜〜会いたかったよぉ〜〜」

「会いに来てくれるんじゃないか? ここにいるのは知ってんだろ」

「来てくれるわけないだろ〜〜」

頭が痛くてまともに思考がまわらない。いつもの体調不良なら問題ないが、万が一別の病気ならロウに会うわけにはいかない。ハツキがロウに会えるチャンスを泣く泣く諦めたのもそのせいだ。

「おい、泣いてんのか?」

「泣くわけないだろ」

「泣いてんじゃねぇか。やめろ、辛気臭いのは嫌いだ。お前らしくねぇ」

「うるさい。頭が痛いんだよ」

重みを感じる、と思ったらイズモが身体の上に乗っていた。首をかしげてこちらの顔をじっと覗き込んでくる。

「バカな奴、ロウなんかのどこがそんなにいいんだ。アイツに執着する理由がわからねぇな」

「……重い。どけってば」

イズモと出会ってからもう五十年になる。彼はいつでも自分の側にいて、自分のすべてを知っていた。イズモには何でも話していた。今ではロウよりもハツキのことを理解してくれている存在かもしれない。

「ロウ様の悪口言うなら、イズモとはもう話さない」

「悪口じゃねぇよ。俺だって別にあいつは嫌いじゃない。上手いもんお土産に持ってきてくれるし。でも、ただそれだけじゃん?」

「それだけじゃないし。あと重いからどけよ。病人だぞ」

ハツキの上からしぶしぶ降りるイズモ。恨みがましい目をこちらに向けてくる。その時、ドアをノックする音が聞こえて、苛立ちをそのままぶつけて叫んだ。

「なんだ! 今日は誰も来るなって言っただろ!」

「ハツキ? 俺だけど…」

「ロウ様!?」

声を聞いてすぐさまベッドから飛び起きる。いつもならこの距離ならば絶対にロウがいることに気づくのに、風邪のせいで鼻がおかしくなっていてわからなかった。ハツキは一瞬体調不良を忘れて元気に扉を開けにいった。

「ロウ様!」

「おいおい、寝てろよ。熱あるんだろ」

「何でそれを……」

「お前が俺に会えないなんて、それくらいしか理由ないかと思って」

ロウはハツキの手を引いてベッドに無理やり戻す。一時期一緒に生活していたので、ハツキの弱点についてロウはちゃんと理解していた。

「お、イズモいたのか。元気してたかぁ?」

「まあまあだ」

「ハツキの看病よろしくな」

ロウがイズモを撫でようとして避けられる。不躾なイズモの態度を怒ろうと思ったが、目眩がして立つのもやっとなハツキには無理だった。

「ハツキ、大丈夫か?」

「ロウ様、うつっちゃうのであんまり近寄らないで……」

「いっつも看病してたの誰だと思ってんだ。あ、リンゴあるじゃん。食うか? 剥いてやるよ」

「い、いります」

いつもリンゴは丸かじりしているが、ロウが剥いてくれるならと楽しみに待つ。ロウはリンゴをミカンの皮を剥くように剥いている。イズモがその器用さに目を剥いて驚いていた。

「ほら、食え」

「食べさせて……」

「……」

渋々といった顔をしてロウがハツキの口元にリンゴを押し込む。幸せのあまり自分の発熱に感謝した。

「美味しい……」

「良かったな。あ、イズモも食うか?」

「食う」

ロウがリンゴを差し出すと、イズモが嘴で奪い取るようにくわえてロウに背を向けながらシャリシャリ食べ始めた。ロウが触れようと手を伸ばすと思いっきり威嚇した。

「イズモって全然俺に懐かないよな。そもそも俺が買ってきたヨウムなのに」

「俺以外にはこんな感じなんです。すみません……」

ハツキがロウと別れて里親の家に行くことが決まった時、号泣していたハツキにロウが寂しくないようにとプレゼントしてくれたのがイズモだ。友達がいなかったハツキは野鳥と話していることが多かったため、ロウが鳥好きだと思って買い与えたのだ。実際のところ、鳥が好きだったわけではなく外で気軽に話しかけられる相手が鳥しかいなかっただけなのだが。

「イズモ、お前がめちゃくちゃ賢いの俺知ってるんだからな。俺が何したって言うんだよ」

「バーカ、バーカ」

「イズモ!」

「?」

ロウへのあまりの態度にハツキは怒ったが、ロウにはイズモの言葉がわからないので何故ハツキが怒ったかわからないようだった。

「まあお前に懐いてるんだったらそれでいいんだけど」

「イズモがいてくれて、俺は救われました。ロウ様と別れてすぐは本当に寂しくて……あ、今はもうちゃんと一人立ちできてますけど」

ハツキは昔から、動物との意志疎通が得意だった。最初は何となく感情がわかる程度だったが、賢い動物相手なら日常会話ができるほどになった。この特技はとても便利で、人探しなどを野鳥に頼むこともあった。四群にいた時はたくさんの動物を集めて動物園を作ったりもした。動物と話せる力があるのは人狼でもハツキだけだったので、この特技が他人に知られることはなかった。

「えらいな、ハツキは。お前が寝るまでいてやるから、ゆっくりおやすみ」

ロウがベッドの端に腰を下ろし手を握ってくれる。優しくしてくれるのは嬉しいが、いまだにロウにとって自分は子供なのだと思うと悔しかった。このままベッドの中に引きずり込んで押し倒してやろうかと一瞬思ったが、自分にそんな体力はないことに気づいて諦めた。

その後いつの間にか眠っていたハツキは、二時間後目が覚めてロウがいなくなっていることに気づいて呻いた。なぜ起こしてくれないのかとイズモを問い詰めたが、彼は鳥の鳴き真似をするばかりで答えてはくれなかった。


おしまい
2021/8/26


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