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神様とその子供たち
十一番目の男


親子で決闘をする、と聞いた時は正直頭がおかしいのかと思った。
ロウがそれを申し出て、イチがそれを受け入れた。決闘ともあれば怪我は免れない。一番ロウを守る立場にいるはずの息子がそんなことを受け入れるなんて前代未聞だ。
二貴のクロウ・ニイは、当然一言イチに言わなければと朝方部屋へと向かった。その途中、まるで自分がそこに来るのがわかっていたかのように待ち構えていたロウと会った。

「クロっぴ、おはよう」

「ロウ様」

ロウはクロウのことを時々、クロプーとかクロりんだとか、へんてこなあだ名をつけて呼ぶ。他の誰かに呼ばれたら顔をしかめてしまうような愛称だが、ロウになら何と呼ばれてもかまわなかった。

「いっちゃんに何の用なんだろうなぁ……とか、訊くまでもないな。俺らの決闘を止めにきたんだろ」

「もちろんです」

「ならいっちゃんじゃなくて、俺に言った方がいいかも。いっちゃんも嫌々だから」

「私が止めたらやめてくれますか?」

「お前でも無理かな。これは俺がカナタを諦めるためには必要な儀式なんだよ」

そう言いながらロウはすたすたと歩いていってしまう。まだ話を続けたかったクロウはとりあえずイチを諦めて彼を慌てて追いかけた。

「諦める? それはあの人間をイチ様に譲るということですか」

「だって俺と一緒になってもカナタは幸せになれないし」

「そんなことありません。ロウ様に好かれて、幸せにならない者などいません」

間髪入れずにそう言うと、ロウは立ち止まって笑顔を見せた。ありがとう、そう言っている気がした。

「カナタもそう思ってくれるといいな」

カナタという小さな人間は、元々ロウと人狼達の命の恩人だったということは理解している。ロウが心を許す唯一の特別な人間だということも。そんな彼をロウが諦めるというからにはそれなりの理由があるのだろうと思った。

「ならばなぜ決闘なんか……イチ様との交際を認めるつもりであれば、そんなことをする必要はないはずです」

「イチの本気が見たい。俺に怪我をさせるのを躊躇うくらいの気持ちなら、アイツに任せてられないだろ。だから決闘にわざと負ける気はない。全力でいく」

「いくらイチ様でも、ロウ様には勝てないのでは」

「だろうな。だからどんな手を使ってくるか楽しみだ」

「……」

何とか決闘を思い止まってもらうつもりだったが、それは無理そうだと判断して口をつぐむ。そもそもイチが言って無理なのであれば、クロウがどんな説得をしても無駄だ。

「私なら、とてもロウ様を攻撃するなんて出来ません。例えロウ様自身がそれを望んでいたとしても。イチ様に対して、少し厳しい要求なのではないでしょうか」

「クロっちは優しいな。でもアイツはお前とは違う。確かに俺の事をいつも一番に考えてくれているが、アイツはもう俺以外に大事なものができたんだから」

ロウはそっとクロウの手を握った。ゴーグルに越しに目をまっすぐ見つめてくる。

“お前もできればそうしろ。抵抗があるなら無理にとは言わないが……。一人でいるから、俺の事ばっかり考えるようになる”

ロウは声を出さなかったが、クロウには彼の考えが伝わってきた。クロウの特技は耳がいい事だったが、その特技を極めた結果、口元と目を見る、もしくは身体に直接触れると相手が強く思っている事を聞き取ることができた。そして、それはロウも同じことができたので、ロウとクロウは互いにテレパシーを使って会話することが可能だった。

“あなたの事を一番に考えている私に、誰かを愛する資格はありますか”

“カガヤと同じことを言うな”

カガヤはクロウの本当の母親の名前だ。ニイの養子になる前にはクロウ・カガヤだった。もっとも、当時母親の名前を名乗る習慣はなかったが。

「母と私は違います」

思わず声を出して強く否定した。クロウの母親はその他多くの女性同様、ロウを本気で愛していた。他の女性と違うのは夫を持たなかったことだ。本妻の立夏がいたロウに迫るような事は一度もなかったが、ロウは夫のいないカガヤとクロウを何かと気にかけていた。そして、父親がいないことでクロウは他の人狼よりもロウのことを自分の父だと強く認識していた。

“クロウには養子になってまで二貴になってもらって本当に助かった。だから何か困ったことがあれば、いつでも言ってくれ。俺に出来ることなら何でもする”

「……」

自分の本当の願い。クロウにはそれが何かちゃんとわかっていた。自分はロウの孫ではなく息子だと、正式に認めてほしい。たくさんの人の前でロウを父さんと、そう呼びたい。でもそれは叶わぬ夢だとわかっているからこそ、クロウは何も言えなかった。

クロウは最初、ロウの子供として生まれて育った。付きっきりで面倒を見てもらえたわけではないが、父親代わりの男性がいなかったこともあり、立夏の子供達にも負けないくらい優先してくれた。お父さんと呼んで甘えていたし、それを咎める者はいなかった。
しかし戦争が終わり、新しい政府を人狼が指揮すると決まった時、ロウの子供を名乗れるのは上から十人までと決まった。十人、その数字に区切りがいいからという以外の理由はなかった。クロウは十一番目の子供で、二度とロウを父と呼べなくなることに母親は泣いて抗議してくれたが、クロウは自分でそれを受け入れた。それを許してしまうときりがなくなるとわかっていたからだ。

それからロウには気軽に近づくことはできなくなり、クロウは身体を鍛えロウの護衛に志願した。近衛兵に選ばれれば家族でなくても四六時中一緒にいられる。クロウにはそれに選ばれるための人望も実力もあった。耳がいいという特技も余すことなく使って、近衛兵に選ばれるのはほぼ確実となっていた時、ロウの方からニイの養子になって二貴になってくれと頼まれた。
当時まだ生きていた母のカガヤと相談して、それを受け入れることにした。ずっと側にいることはできなくても、ロウの孫を名乗れるのはいいことだ。何より、ロウがそれを望んでいる。

“……父さん”

「どうした?」

言葉につまると、ロウは心配そうに顔をしかめた。こうなってしまうからロウとはあまり長く話していたくなかった。我慢しきれず我が儘を言ってしまう。あと少しで気持ちをぶつけてしまうという時に、ロウが抱き締めてくれた。

“クロウ、愛してる。お前の幸せをいつも願ってる”

“父さん……”

ロウにはたくさんの子供がいて全員を愛してる。自分だけが特別になれるわけじゃない。むしろ自分は恵まれている、気にかけてもらえている方だと思ってはいる。
でも本当はそれだけじゃ足りない。ずっと側にいて自分だけを見てほしい。いい大人が父親にここまで執着するなんておかしいとわかっているのに、どうしても止められなかった。

“何でも言えっていっただろ。お前の父さんにできないことはない。クロウのためなら何でもしてやる。負い目があるからじゃない。お前を愛してるからだ”

結局のところ、自分だけの父親になってほしいなどと馬鹿げたことを口にしたことはない。ロウがいくらクロウを愛していようとも、それだけは叶えられない願いだ。

「………愛しています。私の心はいつでも、あなたに」

クロウはロウの頬に優しくキスをする。すると彼はクロウの手を握って歩き出した。

「もう部屋に戻ろう。送っていってやるよ」

「ロウ様、手が……」

「いいんだよ、たまにはおじいちゃんに甘えても。お前は色々聞き分けが良すぎるんだから」

クロウを引っ張ってぐいぐい歩くロウに、それ以上なにも言えずについていく。結局、いつも何も言えない。でもロウの事を嫌いになることも興味をなくすことも出来ない。たまに会話して、笑いかけてくれるだけで幸せな気持ちになる。クロウは笑みがこぼれそうになるのを必死にこらえながら、父と手を繋いで歩いていた。


おしまい
2021/8/12

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あきゅろす。
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