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神様とその子供たち
003


話を聞くと、イズナ・ゴウには驚異的な記憶力があるらしい。彼の特技でもあり、彼を苦しめる元凶でもあるとのことだ。

「何にも忘れられないから、極力外に出ずに人にも会わないようにしてる。だから今日だってここになんか来たくなんかなかった。じいちゃんが無理に連れてきたんだ。あの人いっつもそう」

「事情も知らずごめんなさい。僕は、イチ様との結婚を認めてもらうために、どうしてもお会いしたかったんです」

「はあ? そんなの、そもそも反対なんかしてないし。結婚とか勝手にすればいい。俺には関係ないもん」

「そうなんですか…?」

ならばどうしてそう返事がなかったのだろう。引きこもって生活しているとのことだから、単に返事が億劫だったか遅れていただけなのだろうか。

「本当は五貴もやめたい。でも周りが許してくれないし、いるだけでいいっていうから。母さんの息子はもう俺しかいないし……うっ……うう…」

「イズナ様?」

突然泣き出した彼に狼狽える僕。何か余計なことを言ってしまっただろうか。

「ごめん。母さん達が死んだ時のこと思いだしたら、悲しくなって。ちょっと待って、すぐ落ち着くから……」

「はい……」

彼はしばらくめそめそとしていたが、しばらくすると今度は勢いよく笑いだした。

「ふふふっはははっ」

「イズナ様!?」

「はは、あはははっ、ごめん、ちょっと待って、すぐ落ち着くから! はははっ」

それはさっきも聞いた。彼の精神状態が心配になって人を呼ぶべきかと思っていた時、ようやく彼が元の状態になった。

「嫌なこと思い出したときは、楽しかった時の事思い出すようにしてて。そうすると笑いが止まらなくなることが。普段は安定してるんだけど、誰かと会話するの久しぶりだったから」

元に戻ったイズナは相変わらずシーツにくるまってイスに座ったままだったが僕の事を観察するようにじっと見ていた。もしかして人間自体が珍しいのだろうか。

「俺は長く生きすぎてる。家族はみんな死んだし、友達だった奴ももういない。みんなが死んだときの事、全部嫌になるほど覚えてる。だから悪いけど、お前みたいな俺より確実に寿命の短い奴と仲良くなるつもりはないから。今日で会うのは最初で最後だ。いいな?」

「は、はい」

家族や友人が死んでしまった時の事をいつでも鮮明に思い出せるなんて、彼の苦しみは多分僕の想像を絶するだろう。引きこもりになって誰にも会いたくないと思っても無理はない。

「こんなのが死ぬまで続くなら、いっそ死にたいって思うこともある。でも、」

「……でも?」

「俺が死んだらじいちゃんが悲しむし…それだけは嫌だ」

イズナは消えそうな声ではあったが、確かにそう言った。彼にとってもロウが一番大切な存在なんだろう。

「イズナ様は、僕のことずっと覚えてたっておっしゃっていましたよね。過去が変わったこと、おかしいとは思われなかったんですか」

ロウがそうだったように、僕のいた記憶と僕の存在しなかった記憶が彼にはあるはずだ。その異常事態にロウよりも早く気づいていたことになる。

「思ったよ。突然記憶が二重になってびっくりした」

「ということは……今まで同じようなことはなかったんですね」

「あるわけないだろ」

つまりそれは、僕の存在を消した以前に人間達は過去にメッセージを遅れる装置を使用していないということだ。今回のことで結局どうあっても過去を大きく変えるのは無理だと証明された。それが向こうの手にまだあっても使用される可能性は低く、使われたところでほぼ影響がないと思っていいはずだ。

「でも、だったらなぜ、ずっと何もおっしゃらなかったんですか? 過去が変わったこと、ロウ様になら言えば信じてもらえたんじゃ……」

普通ではありえないことが起こったらパニックになってもおかしくない。だが他の誰にも言えなかったとしても信頼してるロウになら話すべきだったのではないか。

「原因がわからなくて、とにかく考えてたんだよ。でもそのうち周りにたいした影響もないことがわかって、俺はいいことだと思った」

「いいこと?」

「ハルトの代わりになったユーキの存在には、じいちゃんは苦しめられてなかったから。お前がいなくなって、じいちゃんはやっと解放されると思ったんだよ。それで不眠症もきっと治るって」

「僕がロウ様を苦しめてたんですか?」

「そうだよ。じいちゃんはずっと、昔自分のせいでハルトが死んだことを気に病んでた。それを忘れることをしないで、自責の念と一緒に生きてた」

「忘れること……?」

「じいちゃんは俺と違って自分の記憶操作ができる。起こった事実だけは記憶して、嫌な感情だけ消すことができるんだよ。だからじいちゃんは誰か人狼が死ぬたび、そいつが死んで悲しいって感情だけを自分の記憶から消してる。じゃないと、精神がもたないから」

以前、ロウが自分の覚えたい記憶だけ残していられると言っていた。それは僕ら普通の人間と同じような感覚で記憶をなくしていけるのだと思っていたが…まさか0か100という話だったのか。

「でも、ハルトが死んだ時の感情だけは今でもしっかり残してる。俺が消せっていってもきかなくて、それで苦しんでるんだからバカだよ」

「僕がどうして死んだのか、イズナ様は詳しく知ってますか」

「知らない。じいちゃんは自分のせいだとしか言わなかったし」

僕の死んだ経緯の詳細は知らないが、その時の悲しいという感情をイズナのように完全に記憶しているとは思わなかった。そんなつらい思い出、早く消してくれと今すぐにでも言いたいくらいだ。

「でも結局、過去が変わってもじいちゃんはハルトのことを完全には忘れられなかったみたいだ。ユーキと混同して、不眠症も治ってなかったから。そういう大事なことはもっと早くおしえろよって、じいちゃんに怒られるし、無理矢理連れてこられて人間に会うように言われるし。踏んだり蹴ったりだよ」

「僕らの結婚を反対されてないなら、どうしてロウ様はイズナ様をわざわざ連れてこられたんでしょう」

「ああ、それは俺にお前を覚えててほしいからでしょ」

「覚える?」

「俺なら、お前の顔も声も仕草も全部完璧に覚えていられる。お前が死んだ後も、いつでも正確に再現できる」

「し、死んだ後…?」

もう僕が死んだ後のことを考えているのかと驚いたが、長寿のロウにとって僕の寿命は短く感じるのかもしれない。

「じいちゃんは最近医療の勉強を始めたらしい。人狼じゃなくて人間の」

「えっ、なぜ?」

「あんたの目を治してやりたいって言ってた。それに、できるだけ元気で長生きさせたいって」

「……」

自分でも驚くほど唐突に、ぼろっと涙がこぼれた。ロウの僕に対する気持ちが優しすぎて胸が苦しい。僕は彼に何もできていないのに、彼はどこまで僕に与えてくれるのか。

「こんなこと他の人狼達に知られたら何て言われるか……」

「ロウ様……」

「えっ……お前、泣いてる? ……もしかしてこれ内緒だった? お願いだから俺から聞いたって言わないでくれよ。な? な?」


その後、僕を触ったりなぜか走らせたり歌を歌わせたりした後イズナは「覚えた」と言ってロウを呼んだ。

「じいちゃん! 知らない奴と俺を二人きりにするなんて酷いだろ」

「あー、ごめんごめん、でも一度カナタに会ってほしくて」

「ごめんって思うなら今すぐ俺を家に戻せよカバ」

「わかった。すぐスイに送らせるよ」

「じいちゃんと一緒じゃないと嫌に決まってんだろ!!」

「はいはい、わかったから。来てくれてありがとな」

ロウはイズナを抱き締めながら改めてお礼を言う。それから今度は目を赤くしている僕の方を見て微笑んだ。

「カナタ、今から時間を貰いたい。連れていきたい場所があるんだ」


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