神様とその子供たち
思い出
僕が一群へと戻る前に、目の手術が行われた。主治医はヒトだ。視力はまだ戻せていないが、見た目の傷はほぼ完全に治してくれた。
そして術後、約束通りロウは真崎に会わせてくれた。彼が以前よりかなり若く見えたのでその事を訊ねると、プチ整形したとさらっと言われてびっくりした。元の真崎の顔は指名手配されていて都合が悪かったので、やむなく女性の人狼やお金持ちの人間の間で流行っているという若返る注射を打ったとのこと。とても自然に10歳は若返ってしまったので、この時代の整形技術の凄さにかなり驚いた。
そして自分が何者かわかっていない彼は、見た目が若くなったと同時の精神も小さい子供に戻ってしまった。単語しかしゃべれないし、ぼーっとしている事が多い。始めは彼の変わりようにショックを受けたが、医者からこれから時間をかけて訓練すれば普通の生活を送れるようになると言われてほっとした。
イチ様に彼の介助をしたいと申し出ると、真崎を一貴邸で雇ってくれることになった。人狼と敵対していた彼をいつ記憶が戻るかわからないのに家に入れてもいいのかとも思ったが、記憶が戻ったところで真崎が人狼達に危害を加えることはないとイチ様は判断してくれた。むしろ、その場で死のうとしないように見張る必要があるくらいだ。願わくば、一生記憶は戻らないでほしい。
真崎はイチ様の計らいで、戸ノ上昌樹という新しい身分をもらい別人として生きていくことになった。整形はしたものの別の顔に変えたわけではない。事情を知らない人狼に騒がれるのを防ぐため、真崎の髪を伸ばし印象を変えさせることにした。僕はそれから毎日通い、彼が言語や一般常識を学ぶ手伝いをした。
そしてそのうちに片目が見えないことの不便さを痛感した。歩くのにも不安が付きまとうし、距離感が掴めず物を取ることにも苦労する。以前のようには暮らせないと思い知って悩んだりもした。しかし、今の僕が行動していることはすべて自分から率先してやっていることだ。それがやりにくいからと嘆くのはおかしいと、無駄に悩むのはやめた。
お世話になった二貴のクロウにお礼をいい、ロウやイチ様達と共に二群を出て一群へと帰還した。僕の帰りを一群の従業員皆が喜んでくれた。ハレは目の怪我のことを聞いていたのか、泣いて出迎えてくれた。
「ゼロ!」
帰ってすぐイチ様が僕の可愛い子を連れてきてくれて、嬉しさのあまり勢いよくゼロに飛び付いた。ゼロの方も全力で尻尾を振って出迎えてくれる。可愛すぎるゼロの姿に顔がだらしなくゆるんだ。
「しばらく見ないうちにちょっと大きくなったんじゃ? ごめんなぁ、ずっと留守にして」
「キュ……」
「えっ、何いまの鳴き声。可愛すぎない!?」
僕はずっとゼロと触れあってじゃれていて、我に返るのに時間がかかった。久しぶりのゼロが可愛すぎて何度もキスして抱き締めていた。
「カナタ」
「あっ、はい」
イチ様に呼び掛けられて僕はゼロを抱き締めたまま振り返る。
「マサキを部屋へ連れ行ってやってくれ。ゼロは私が預かろう」
「はい!」
僕がゼロをイチ様に渡すと、途端にゼロは反応がなくなってしまった。いつもはイチ様に抱っこされると上機嫌なのにどうしたのだろう。
「ゼロ?」
「ああ、すまない。先ほどゼロに私とカナタが結婚すること伝えたら、怒ってしまって」
「へっ、何で!?」
まさかゼロに反対されると思わなかった。ショックを受ける僕にイチ様が言いにくそうに口を開いた。
「それが……ゼロは、カナタのことを自分のお嫁さんだと思っていたらしい。だから私と結婚するのが納得いかないんだ」
「え!?」
ゼロが可愛い顔をして僕を見上げている。その目に一瞬で射ぬかれた。
「ゼロ〜〜可愛い〜〜! 僕もゼロと結婚したいよ〜!」
ゼロを思い切り抱き締めて、もふもふの身体に顔を埋める。しばらく身悶え絶叫しながらそうしていると、センリが止めにきた。
「可愛い…大好き……」
「はいはい、カナタさんそれくらいに。イチ様がわりと本気でショックを受けているのでやめてあげてくださいね」
センリにたしなめられて、泣く泣くゼロに結婚できないことを伝えた。そして僕らが親子という家族になることも。わかってくれたのかはわからないが、ゼロはその後も変わらず僕に甘えてきた。
真崎、今は戸ノ上昌樹となった彼の手を引いて部屋へと案内する。彼の部屋は僕のすぐ隣にしてもらった。
「マサキさん、今日からここがあなたの家です。僕も隣にいるので、何かあればすぐに呼んでくださいね」
「うん、わかった」
「慣れたら、僕の仕事を手伝ってください。さっきまでいた、可愛いくて小さくて丸くて白い子のお世話です」
「僕もさわっていい?」
「いいですよ」
さわりたかったのかと思ったら少し笑ってしまった。僕といる時間が多いせいで一人称が僕になってしまったが、彼の学習能力は高くあっという間に日常会話にそれほど支障がないくらいに上達してしまった。時々一緒にランニングしたりキャッチボールしたりしているが、加減するのが難しいらしく底無しのパワーに本人の理解が追いついていなかった。
「これから僕らは同僚です。よろしくお願いします」
「うん」
ここで生活することは、元のマサキにとっては本意ではないことはわかっていた。彼を騙しているような気持ちになって心苦しく思うこともある。でも僕は彼がそうしてくれたように、彼を騙してでも僕の持てるすべてを使って彼を幸せにしようと決めていた。
その後、マサキとゼロの散歩中にセンリとすれ違った。彼の後ろに背の高い見慣れない青年が立っていて、誰だろうと思っているとセンリが紹介してくれた。
「彼と会うのは初めてでしたね。ラセツ・マノリ様です。ヒラキ様のご子息です」
「えっ!」
僕は頭を下げて素早く挨拶をする。後ろではマサキが僕の真似をして頭を下げていた。
「ここで働いてる阿東彼方と申します。隣の彼は戸ノ上昌樹。はじめまして」
「ふーん、お前がセンリが話してた人間か。結構フツーだな」
外見年齢はセンリと変わらないように見えたが、口調がやや生意気だ。確かセンリは彼をまだ子供だと言っていたが、そうは見えない。
「何でそんな顔でこっち見てくんの?」
「すみません、ラセツ様はまだ子供だと聞いていたので」
「俺は16だ」
「16…!」
確かに16は子供といってもおかしくない年齢だ。だが外見はもっと大人に見える。
「ラセツ様、カナタさんはここでは大切な仲間です。そんな態度では一群で暮らすことは許可できませんよ」
「そんな! 酷いよセンリ」
「えっ、一群に引っ越されるんですか?」
センリに抱きつくラセツに思わず訊ねてしまう。確かに三群はもうハツキがリーダーになってしまったし、戻るところはないのかもしれないが。
「うん、ずっとセンリと一緒にいたいから。俺、成人したらセンリと結婚するんだ」
「!?」
「ったく…調子のいいことを。カナタさん、本気にしないでくださいね」
センリが呆れ顔でへばりついてくるラセツを引き剥がす。いうほど彼が子供には見えないので一気にセンリが心配になってきた。
「俺は本気だってば! センリが側にいないと、さみしいから……」
「だから、いい子だからお母さんのところに戻りなさいってば」
センリは前にラセツに付きまとわれて困っていると言っていた。他の男ならもっと強い口調で断固拒否しているが、相手が子供だと口調が優しい。しかし僕から見ればラセツはもう子供ではないし、センリのことは完全に恋愛対象としてしか見ていない気がする。
「あの、センリさん。お気をつけて、色々と……」
「カナタさんこそ、本調子じゃないんですから無理をしないように。困ったことがあればすぐに僕かイチ様に言ってくださいね」
僕の目のことを心配してくれているのだとすぐにわかった。僕が「ありがとうございます」と礼を言うと彼は頷いて、ラセツを横にくっつけながらその場から立ち去った。
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