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神様とその子供たち
004※


「私は今まで、恋人が欲しいと思った事はなかった。妻も子供もいらない、私には父がいたから。私が死ぬまで、ずっと父が側にいて、私を愛してくれたらそれで良かったんだ。父以上に大事なものなんてない」

イチ様のいうことは、僕にはとても理解できた。恋人が欲しい、家族を作りたいと思うのは孤独がつらいからだ。今の家族が自分より長く生きるのであれば、新しい家庭なんか僕だっていらないと思うだろう。

「でもカナタと過ごして、家族じゃないのに、血の繋がりもない種族も違う他人なのに、ここまで相手を思いやれるのかと驚いた。カナタに同情とは違う慈しむ感情が生まれて、君に幸せになって欲しいと思いながら、私じゃない違う誰かが幸せにするのは嫌だった。父がカナタを好きだと言った時、はじめは驚いたがすぐそれも当然だと思った。私がこんなに可愛いと思うんだから、父上も同じ様に思っても不思議はないって…」

「待って! ストップで!」

イチ様からの愛の告白に僕は胸一杯になってしまう。これ以上はきっとキャパオーバーだ。

「しかし18……18か……」

「すみません、言ってなくて」

イチ様も色々といっぱいいっぱいらしく狼狽している。ロウもゼロもいない夜はもしかするともう当分ないかもしれない。今夜がチャンスだ、と僕は思っていた。

「僕とするのは嫌ですか」

「嫌なわけないだろう」

「じゃあ、いいじゃないですか。僕のためだと思って、だ、抱いて欲しいです」

ここまで積極的な自分に、僕が一番驚いてきた。もうバージンではないから怖さがないというのもあるが、ロウとしてしまったのにイチ様とはしていない状況が僕は嫌だったのだ。

「カナタに怪我をさせてしまうかもしれない…。まずは練習しないと」
 
「練習? 僕じゃない誰かと?」

「まさか」

「じゃあ僕と練習してほしいです」

「……」

イチ様は再び頭を抱えて項垂れてしまう。それがあまりに長く続いたので、これはもう今日は無理かもしれないと思い始めた。そもそも自分が後ろめたいからといってイチ様にさっさと抱いてもらおうなんて考えが間違っていたのだ。

「すみません、いきなりこんなこと言って……びっくりしましたよね。忘れてください」

「カナタ……」

「僕はイチ様といられるだけ十分です。もう今日は寝ましょう」

イチ様の手を引いてベッドに入る。僕は気まずい雰囲気を何とかしたくてイチ様に明るく話しかけた。

「そもそも僕たちって結婚とかできるんですか? 人狼と人間なのに」

「……人狼と人間の婚姻が許されていないのは、男女の場合のみだ。前例はないが、法律上問題はない。何より父上の許可さえあれば何でも通る」

「どうして男同士だけ禁止されてないんでしょう」

「人間と人狼の男同士で結婚する者がいるとは、そもそも想定されていない。男が好きなだけなら相手は人狼でいいし、人間でもナナのように家政婦として雇ってしまえば結婚しているのと同じようなものだ。人狼と人間の異性同士の接触を固く禁じているのは、子供ができる心配があるからだ。父上は、人狼と人間の子供ができることをとても恐れている」

ロウからしてみれば、自分の子供が憎い人間と結婚するなんてあり得ないのだろう。そして人間と人狼の子供ができてもその子を愛せるかわからない。それが嫌なのだと思う。

「でも人狼の男性と人間の女性なら、多分子供はできないですよね…?」

「恐らくな。しかし逆なら子供も作れるかもしれない。だから女性には特に、人間は野蛮で汚い種族だと教育している。間違っても、人間の男を好きにならないように。必要なことなのかもしれないが、それでは人間への差別が進むだけだ。一群では改善するように働きかけているが、父上の考えが変わらない限り難しいだろう」

イチ様が人間への差別をなくしたいと思っているのは知っているし、そういう風に考えるのは当然だとも思っていた。しかし昔からロウの側にいて、ロウを誰より大切に思っているイチ様がなぜここまで人間に寄り添うような考え方を持てたのだろう。

「どうしてイチ様は、そんなに人間に優しいんですか? ロウ様と一緒にいたら、人間嫌いになりそうなものなのに」

「……優しいわけじゃない。弱いだけだ」

「よわい?」

「心を鬼にして、人狼のため人間に厳しくすることができない。自分のせいで誰かが死んだり苦しんだりするのに耐えられない。本来、私は誰かの上に立てるような男じゃないんだ。人間のためにしていることなんて、本当は何一つないのかもしれない……」

「そんなことありません!」

本人がどう思っていようとイチ様は優しいのだ。人狼からは甘いと思われて人間贔屓と罵られても、人間にとっては彼は希望だ。真崎親子から話を聞いて、以前よりもずっと、僕はロウのしていることを何とかして止めたいと思っている。

「そんな風に考えないでください、イチ様がしていることは必要なことです。僕も助けられました」

僕がイチ様にそう言うと彼は僕を抱き締めてキスをしてきた。それを黙って受け入れていると彼は唇以外の場所にまで吸い付いてくる。

「…? あ、あの……いっイチ様……っ」

「カナタ」

彼にその名前を呼ばれると胸が熱くなる。偽物の名前のはずだったが、イチ様が愛情を込めて呼んでくれたから僕の名前になった気がする。

「し、しないんですよね。とりあえず、今日のところは…あ!」

イチ様の手が下半身に触れる。もともとゆるく勃ち上がっていたものがみるみるうちに反応してしまうのがわかる。そんな汚いところにイチ様の手が触れていると思うと、やはり良くないのではないかと思ってしまい彼の手を止めた。

「や、やめてください。イチ様の手が汚れてしまいます…っ」

僕の声は届いているはずなのに、さらに刺激が強くなる。胸の突起を舐められ好き勝手に触られてみっともない声をあげてしまった。

「な、何で、そんなところ…んっああ」

イチ様の指が僕の中にゆっくりと侵入してくる。一本なので余裕で入ってしまったが、僕は息が止まりそうになりながら身悶えた。

「駄目っ、やっぱ駄目です……」

「私が本気で、君を抱きたくないなんて思っていると? 馬鹿も休み休み言え」

「イチ様……?」

普段からは考えられない怒気を含んだ声に身がすくむ。彼の口から鋭い牙が覗いた気がした。

「ずっと死ぬほど我慢していたに決まってるだろ。そうでもなきゃこの私が、本人の許可なく勝手に身体を触ったりするもんか。こんなに、自分を制御できないのは生まれて初めてだ…っ」

イチ様はまるで別人で、瞳孔が開いて今にも唸り声をあげそうだった。狼のようなその姿に以前、センリがイチ様について僕におしえてくれたことを思い出した。

『僕たち人狼は狼の遺伝子が濃ければ濃いほど強いんですが、狼率50%をこえる人狼はハイパーセントと呼ばれていて、それを名乗れるのはロウ様とイチ様だけです』

センリの言う通り、今の彼は人間ではなく獣に近く見える。イチ様から優しさ以外のものを感じとったのは初めてで、彼を前にして恐いと感じたのもこれが初めてだった。


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あきゅろす。
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