神様とその子供たち
門出の話
下級市民は国が定めた場所に住み、決められた仕事をして決められた服を着て与えられた食事をとる。群れによってはしっかり休みも与えられているが、基本的に自由はなく出入りできる場所も限られる。
彼らは身分制度により、人狼どころか同じ人間である上級市民にすら虐げられていた。そのため不満を持つ者が密かに徒党を組み、裏ルートより武器を手に入れテロ行為を各地で繰り返しているらしい。人狼は完全に人間を支配しきれているわけではないようだ。
公園に行ってもこれといった手がかりも得られず手ぶらで帰った僕は、その後真崎にネットを使わせてもらい少しでもここでの常識を学ぼうとしていた。しかし自分でも仕事を探そうと検索しても何も見つからない。調べてみると、どうやら仕事は基本的に紹介がないと面接も受けさせてもらえないらしい。学校からの紹介、家族の紹介、友人知人の紹介。何のコネもつてもない自分では普通の仕事ですら見つけることができなかった。
だが次の日、仕事から帰ってきた真崎が満面の笑みで1枚の紙を僕に渡してきた。
「いい仕事があったぞ!」
「えっ」
彼に手渡された紙を促されるがまま読むと、住み込みで働ける15歳から20歳までの男性を一郡で募集中とある。
「給与は要相談、働きに応じて昇給。場所は一貴邸……? 仕事内容は屋敷の雑用等々…」
全体的にぼんやりしている募集要項だ。どこかのお金持ちの家のお手伝いだろうか。
「一群の代表の事を一貴と呼ぶ。つまり一貴というのはイチ様の事で、一貴邸とはイチ様のご自宅だ」
「えっ!! ……じゃ、じゃあもしかしてこの仕事って人狼の家に住み込みってことですか!?」
「そこまで騒ぐ事じゃない。人狼のハウスキーパーは人気の職なんだぞ。給料が良いし、家事さえできれば誰でもこなせる仕事の一つだしな」
「な、何か粗相があった時に喉かっさばかれたりは……」
「さすがにそんなことがあれば大事件だ。住み込みってのは珍しいが、相手はイチ様なんだから、不当な扱いを受けるわけがない。それにここをよく読め」
「『何らかのハンデを持つ方、歓迎』? ……これってどういう意味ですか」
「持病や障害があるとどうしても就職するのが難しい。そういう人間を助けるための措置だろう。イチ様の優しさだ」
「いやでも、僕は完全に健康体なんですが……」
「君はここでの生活に慣れていない。だから事故で記憶の一部をなくした事にする。そうすれば、多少常識はずれの発言をしても多目にみてもらえるだろう」
「そ、そんな嘘ついていいんですか……!?」
「ここでの生き方を知らない君は、ある意味誰よりもハンデを持っている。後ろめたく思うことはない。だが、この仕事は私が“紹介”することができないんだ。これまで人間はイチ様に近づく事もできなかった。だからあの方とはどう頑張っても繋がりが持てなくて……すまない」
「いえ、それはお気になさらず」
いくら真崎が勧めてくれた仕事でも、イチという人狼がどんなに慈悲深い方でも、あまり率先してやりたい仕事ではない。人狼なんていう得体の知れない生物には極力関わりたくないのだ。
…いやでも、もしかするとこの国のトップであるイチに近づくことができれば、何かわかることがあるかもしれない。
「紹介がないのはいいんです。ただイチ様は人間の味方なんですよね? どうして人間が近づけなかったんですか」
「それは彼の父親である君主様の人間嫌いのせいだ。自分の溺愛する息子に人間を近づけさせたくないという親心で、人間を雇おうとするのをずっと邪魔していたらしい。だが、君主様もようやく折れてくれたらしいな」
イチとロウは考え方の違いで仲の悪い親子なのかと思っていたがそうではないらしい。イチという人狼が僕がここに来た原因を知っているとは思えないが、タイムマシンかそれに近いものの存在を知っているかもしれない。
「どうやら個別で面接、審査があるらしい。募集締め切りがもうすぐだから、受けるならなるべく早く……」
「僕、そこで働きたいです。履歴書でも何でも書きますので、おしえてください!」
「あ、ああ」
突然やる気を出した僕に圧倒される真崎。正直不安しかなかったが、どんな小さな可能性でも、どんな危険を冒してでも、元の時代に帰る方法を見つけるためなら何でもするつもりだった。
10の群れの代表の事を、まとめて十貴長という。人狼の中でも、彼らはとても裕福で全員がそれぞれの土地の一等地にある大きなお屋敷に住んでいる。彼らは何人もの上級市民を使用人として雇っているが、一貴であるイチだけは使用人ですら人狼だった。人狼を雇うのはお金がかかるため、実質日本のトップであるイチにしかできない事だ。その彼が自分の家で人間を雇う。大富豪で人格者の彼の所で働きたい人間はきっとたくさんいる。真崎いわく、ライバルが多すぎて雇ってもらうのは難しいとのことだった。
「履歴書は書かなくてもいいんですか?」
「ああ、コードを登録してネットで申し込む。それでだいたい相手のことがわかるからな。向こうの条件にさえ当てはまれば、面接の場所と時間が返送されるはずだ」
真崎にお願いしてエントリーしてもらうと、数分で返事が届いた。場所はイチの屋敷ではなく、近くの公営ビルで行われるとのこと。
「あの、何か準備しておくこととか、勉強することはないですか? 面接の時、やってはいけない事があればおしえてほしいです」
この面接に受かれば一郡に、真崎の近くに住めるのだ。可能性は低くとも今できることは全部やっておきたい。
「君の時代の面接と今との違いがわからないから何とも言えないが、非常識なことさえしなければ問題はないだろう。仕事内容が未知な以上、何が面接で有利になるかも不明だ。あまり身構えず、自然体でいきなさい」
「……はい」
「それよりも、阿東彼方としてのプロフィールを頭に叩き込んでおけ。間違っても、遠い昔から来たなんて話はするなよ」
言われずとも初対面の相手にそんな話はしない。人狼がいくら優しそうでまともに見えたとしても、そう簡単に助けを求めていい相手ではないのはわかっていた。
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