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神様とその子供たち
003


それから治療のためにイチ様は医務室へと向かったが、ロウは平気だと言って断ってしまった。確かにイチ様に比べるとロウは軽傷に見える。彼は服を着替えてから僕に声をかけた。

「昼食のあとに客を呼んでる。後で迎えに行くから準備しといてくれ」

「お客さん? 僕にですか?」

「シンラだ。お前に謝りたいっていうから呼んだ。怪我が治ってからと思ってたけど、いつになるかわからないからお供の人間ごと来てもらった。思う存分なじってやれ」

「いや、それは……」

「シンラは悪い奴じゃない。アイツがお前に怪我をさせてしまったのは、元を辿れば俺が原因だ。人間には何をしても構わないという俺の思想を受け継いでるからな」

「ロウ様は、シンラ様をご存知なんですか?」

「いや、残念ながら面識はねぇ。でもだいたいの人狼がどういう暮らしをしてるのかは把握してる。シンラには不安要素があるから、今回のことをあまり責めすぎることができない。お前を傷つけた相手なのに、甘い対応しかできない俺を許してくれ」

「と、とんでもない! 怪我の事は気にしないでください」

ロウは人狼にはとことん甘いと知っていたが、全員が自分の子供なら無理もないかと今では思う。シンラを責める気もないし、とにかく夕日が無事か気になっていたのですぐにシンラに会うことにした。



◇ ◇ ◇


「お前それで本気で謝ってるつもりか!?」

ロウがシンラをビンタして怒鳴る姿を見て僕の方が悲鳴をあげた。

客室に案内されて高級な椅子に座っていた僕の前に現れたシンラは、最後に会った時よりさらにやつれているように見えた。シンラが頭を下げて僕に謝った瞬間、隣にいたロウがシンラを叩いたのだ。

「ロウ様!? なにやってるんですか!?」

「シンラの謝罪の姿勢がなってないから叱っただけだ」

「やりすぎでは!? シンラ様、大丈夫ですか?」

倒れたシンラに駆け寄ると彼はぶたれた頬に触れながら目を輝かせていた。

「ロウ様が俺を叩いてくださった……」

「はい?」

なぜか喜んでいるシンラに驚いていると、ロウがシンラの肩に手を添えた。

「シンラ、カナタに心の底から謝るんだ。お前ならできるだろ」

「もちろんです。カナタ、本当に悪かった。できる限りの償いをさせて欲しい」

「あの、怪我は治りますから気にしないでください。それより、夕日はどうしていますか」

「一緒に連れてくるように言われたから、ここのどこかで待ってくれてると思うけど」

「会えますか? 今すぐ」

シンラとロウに尋ねると、ロウは頷いて隣に控えていたキリヤに視線を向ける。キリヤは「案内する」と僕に付いてくるように言った。ロウとシンラはついてこなかったので、僕一人で夕日に会わせてもらえるらしい。しばらく迷路のような通路を歩いてとある部屋の前で止まった。そこに入るよう促されて扉を開けると夕日がいた。

「夕日!」

「礼人っ」

二人の人狼に囲まれていた夕日は僕を見てほっとした様子で駆け寄ってきた。

「目のケガ、だいじょうぶ?」

「うん。来てくれてありがとう」

「礼人がテロリストにさらわれたって聞いて……けど、また会えてよかったぁ」

「うん、詳しくはあんまり説明できないんだけど……」

僕は夕日に本当の名前と、元々はイチ様の屋敷で働いていたことを伝えた。夕日は感心すると同時に、なんとなく一歩引いてしまった。

「カナタは本当に上級市民だったんだな……どうりで俺とは全然ちがうわけだ」

悲しそうに笑う夕日に心が痛む。一瞬、夕日を連れていきたいとイチ様に頼もうかとも思ったが、下級市民への差別が酷い中、人狼ばかりのところに彼を連れていって大丈夫なのかという別の不安が持ち上がる。あの屋敷の方々は皆いい人狼だが、僕もアガタに襲われたりなど危険な目にあってきた。夕日がイチ様の屋敷をいることをよく思わない連中が出てくるかもしれない。それが僕のわがままから始まったと知られれば、イチ様を悪くいう者まで現れるかもしれない。

「夕日は、これからどうするの。シンラ様の家に残る?」

「シンラ様、ケガされてるからそれが治るまではいるよ。その後も…できたらいたいけど……」

シンラの家は夕日にとって居心地のいい場所だが、シンラが求めることを夕日ができるかわからない。それができなければ追い出されると思って不安なのだ。

「わかった。シンラ様にお願いして夕日の嫌がることは絶対にさせないようにしてもらうよ」

「えっ、そんなことできるの?」

「うん。シンラ様、僕の目の怪我のことかなり負い目に思ってるみたいだし、今ならどんな頼みでも受け入れてもらえそうな感じだから」

「い、いいのかな…」

僕の提案に夕日は不安そうにしていた。僕から言っても大丈夫かもしれないが、ロウからお願いしてもらったら確実だろう。

「ありがとう、カナタ」

「でも何かあったらすぐ連絡して欲しい。僕の番号をメモするから……」

「あの、シンラ様ってどうしてる? ここに来てからずっと会ってなくて」

「そうなの?」

夕日はすぐにでもシンラに会いたいようだった。先ほどロウに叩かれていたがそれは伏せておいた方がいいだろう。僕はキリヤにもらった紙にロウからもらった携帯の番号を書いて夕日に渡した。キリヤに夕日をシンラのところに連れていきたいと頼むと了承してくれた。

その後シンラと会えた夕日はとても喜んでいた。シンラの方も夕日を笑顔で迎えていたので、僕は彼に夕日を任せてもいいと思えた。シンラは夕日を正式に雇用して、彼を家政婦として扱うこと、そして時間はかかっても再び就職することを僕が何かいう前にロウがすべて約束させてしまった。再び会うことを約束して、僕は夕日達に別れを告げた。


その日の夜、現れたのはイチ様だけだった。彼は怪我もほぼ完治しているらしく、その異常な回復力に改めて驚いた。

「ロウ様は遅くなるんですか?」

「父は今夜は来ない。どうやら、私に気を使ったようだ」

「えっ」

理解するのに時間がかかったが、それはつまりそういうことなのだろうか。すぐ隣にあるベッドをつい意識してしまう。

「父上がお膳立てしてくれたのに申し訳ないが、私はまだカナタに手を出す気はない」

「そうなんですか?」

なぜ!? という僕の心の声がつい態度に出てしまう。イチ様は丁寧に理由を説明してくれた。

「私は今まで、恋人を持ったことがない。カナタの許可無しに身体に触れたり、自制できていなかったことを今は後悔してる。どうしてもわかって欲しいのは、ただ性的な欲求を満たすためだけに、カナタを好きになったわけじゃないということだ。それを証明したい。だからカナタが18歳、成人になるまでは絶対に手を出さない。そもそも、婚姻だってその年にならなければできないことだ」

「……」

イチ様の僕を思いやる気持ちは嬉しかったが、同時に僕は彼にまだ話せていないことがあったことに気づいた。

「すみません。本当は僕、15歳じゃなくて18歳なんです……」

「!?」

この瞬間、イチ様の見たことない顔が見られた。僕は深々と頭を下げた。

「ごめんなさい、こんな大事なことを。うっかり年齢詐称していたのを忘れていて……」

「あ、いや、そうか。大丈夫だ、気にするな。何の問題もない、うん」

ここまで狼狽するイチ様を初めて見た。視線が定まっておらず、不自然に口数が多い。

「あの、だから僕は大丈夫です。イチ様となら僕は何をしても……」

我ながら大胆なことを口走ってしまった。その瞬間、イチ様が膝を折ってその場にうずくまった。


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