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神様とその子供たち
004


ロウが僕をだっこしながら物凄いスピードで走り連れてきてくれたのは、イチ様の屋敷から少し離れた場所にある景色のいい整備された広大な庭だった。いつもいるロウの護衛の姿はない。彼がついてくるなと言ったからだ。もしかすると遠くで見守ってくれているかもしれないし、シギは近くにいるのかもしれないが、少なくとも姿は見えない。
ロウが僕をおろして芝生を歩いていると、いくつかの石碑が見えた。

「ここは立夏の墓石なんだ」

「えっ」

「立夏だけじゃなく、二人の娘とロクもここに眠ってる。隣は右から順番にシイとゴウ、それからトウの墓もある。立夏はハルトのことが好きだったから、ここに連れてきてやりたかった。今のハルトは立夏を知らないだろうけど、あいつのために手を合わせてやってくれないか」

「もちろんです」

立派な墓石には立夏とニイ、サン、ロクの名前があった。立夏はもちろんのこと、彼女の二人の娘と面識のあるロクのことを思いながら手を合わせた。

「こっちにあるのはヒラキの墓なんだ」

「ヒラキ様の?」

少し離れた場所にある真新しい墓石の前に立つロウが手を合わせながらおしえてくれる。確かヒラキはロウの息子扱いではないはずだが、三群の人狼でもここに墓を作るのか。

「人狼は皆ここに眠るんですか?」

「まさか。ここは俺の家族だけの場所だ。でもヒラキの妻のマノリに、俺の側で眠るのがヒラキの願いだったからこの場所に墓をと頼まれたんだ。将来、ここに俺も入ることになるからな。本当は家族以外は駄目なんだけど、ここには他にも戦争で亡くなってしまった人狼の墓石がいくつかある。ヒラキは志半ばで人間に殺されてしまったから、特別にここに骨を埋めたんだ」

そういうロウの言葉から悲しみは感じたものの、いたって冷静だった。先程のイズナからきいた、ロウは悲しみの感情を消しているという言葉を思い出した。恐らく、ヒラキを亡くしてしまった時の悲しみはもうすでに失くしたのだろう。

「そんでもって、この横にハルトの墓があった」

「僕の!?」

「過去が変わる前の話な。別のところに埋めてたのを掘り返して、ここに埋め直したんだ。ずっと俺の側にいてほしかったから」

「あの、なら祐希、兄さんのお墓って……」

「ユーキはちゃんと自分の家族の墓に入ってるよ。あいつはちゃんと自分の子供と孫に看取ってもらえる最期だったから」

「そうなんだ。よかった」

今は存在しないとはいえ、自分の墓が少し前までここにあったというのは驚きだ。ロウはもう一度立夏の墓の前に座って、僕を手招きする。隣に座ると僕を抱き寄せながら目の前のお墓に向かって口を開いた。

「立夏、連れてくるのが遅くなってごめんな。ちょっと若くなってるけど立夏の大好きなハルトだ。立夏はこうやってハルトと仲良くする俺を見て悔しがるかもしれないけど、安心しろ。俺はばっさりフラれたから。ハルトはもうすぐ、イチと結婚することになったよ」

そう明るく立夏に報告するロウに言葉を失う。僕を抱き締めたまま、ロウは話を続けた。

「俺がハルトを諦めたこと、許してくれるよな。もちろん、相手がイチじゃなかったら絶対に許したりしてなかったよ。目の怪我も絶対に治すから心配するな。俺がつけた傷だしな」

「ロウ様につけられた傷では……」

「二人きりの時は、呼び捨てで敬語もナシだろ」

ロウは僕の方を真っ直ぐ見て、僕の頬に手をあて、傷のあった瞼に触れる。

「俺がつけた傷だよ。俺の責任だ」

ロウはそのまま僕の瞼にキスをする。身体をすっぽりとロウに包まれて身を任せていた僕だったが、キスされた瞬間これは浮気に入るのではとのけぞってしまう。

「ロウ、あの、僕の事は諦めるってイチ様に言ってましたよね…!?」

「もちろん。だからこんなところで襲ったりしねぇから安心しろ」

「どこの場所でも襲いませんよね!?」

「ああ、ああ、もちろんだとも。そもそも、あの勝負に勝ってお前と両思いになれたとしても、もうハルトを抱くつもりはなかった。もう二度としないって言っただろ、俺」

確かに、ロウは僕の暗示がとけたあと僕にそう言っていた。てっきり単なる謝罪の一つだと思っていたが、二度としないとは本心だったのか。今から思えば貴重なロウのお情けを僕が貰うなんて色々と許されないと思ってしまうわけだが。

「ロウ、一つお願いが」

「なに?」

「狭山暖人が死んだときの記憶、それをロウの頭の中から消してほしい。その方がいいと思う」

「……」

ロウの表情には驚きはなく、淡々と僕の話を聞いていた。彼は耳がいとてもいらしいし、僕とイズナの会話は彼に筒抜けだったのかもしれない。

「だってもう僕はこうやって生きてるわけだし、それを消せばきっともっと楽になれると思う。僕が隣にいなくても眠れるようになるかもしれない」

僕はずっとロウの隣で眠るわけにはいかないし、僕が死んだ後またロウの不眠症が再発しても困る。その原因がわかってるなら、早めに対処するべきだ。

「……ハルトが死んだ時の話、してもいいか」

「確か、人狼を逃がそうとして殺されたって」

「ああ。逃がすというより、俺についた首輪を外す方法をハルトは探してた。俺の命を握ってる首輪さえ外せれば、自力でいくらでも逃げられたからな。ハルトは長年ずっと組織に従順でいることで、信頼を得て、俺の首輪の機能を停止させる方法を会得した。決行の日は俺にとっては突然で、ここにいる全員を連れて逃げろって急に言われたんだ。自分は皆が逃げる時間を稼ぐと言われて、いったんその場にハルトを残して仲間達を救出しに向かった」

ロウの目に闇が宿るのがわかった。その日のことを思い出すのがつらくてたまらないのだろう。

「仲間を外の安全な場所に誘導した後、俺は一人で施設に戻った。お前を連れて一緒に逃げるためだ。でも、俺がハルトを見つけた時には、ハルトはもう息をしてなかった。ハルトはあの後奴らに捕まって、俺達の居場所を吐かせるために拷問されたんだ。その拷問にハルトは耐えられなかった。俺は、すぐにはハルトが死んだことを受け入れられなくて、しばらくお前を抱いてずっと名前を呼んでた。そしたら人がどんどん集まってきて……。俺は目の前の人間をどんどん殺した。ハルトを拷問した奴、それを指示した奴、黙って見てた奴、全員がそのどれかにしか見えなかった」

話しながら涙を流すロウに僕も気づくと泣いていた。ロウがここまで感情を剥き出しで泣きじゃくる姿は初めて見た。

「俺が、言ったんだ。初めて会った時あいつに、助けてもくれないくせに優しくするなって。あの時から、いや、もしかしたら最初から、ハルトは俺を助けることを決めてた。俺のせいでハルトは死んだ。どれだけ痛い思いをして、苦しんだんだろうかと思うと俺はこの痛みを忘れちゃいけないと思った。忘れたりなんかしたら、俺は自分で自分を許せなくなる」

ロウは立夏の墓の隣、何もない空間に向かって手を伸ばした。

「ここに確かにハルトはいた。俺の……俺達のために苦しんで死んだハルトのこと、その時の悲しみを含めて俺は忘れたくない。誰があいつを忘れても俺は覚えていたい。ハルトのことを思っていたい。だから消すことはできない、ごめん」

ロウは僕を再びぎゅっと抱き締めて、その存在を確かめるように僕に触れていた。

「忘れなくても、上書きはできる。だからハルトは幸せになって、その姿を俺にずっと、ずっと見せていてくれ。現に今も、ハルトが笑って過ごしている姿を見るだけで俺は救われる。実はもう、寝る時にハルトがいなくても悪夢を見なくなったんだ。あの冷たい土の中で1人でいるハルトはいないんだと、そう思うだけで穏やかに眠れるんだ……」

「ロウ……」

涙混じりの消えそうな声でそう言う彼を僕はずっと抱き締めていた。そうすることしかできなかった。彼は僕が幸せでいるだけで十分だと言ってくれたが、僕は自分がロウのためにできることを考えていた。

「ロウが人間を許せないのは、僕のことがあったから?」

「それもある。でも一番は俺達が支配する側にいないと、俺達は生きていけないからだ」

人間と人狼の共存はない。平等に生きるには人狼は人間より勝りすぎているからか、それともロウがいなくなればやがて絶滅する種族だからなのか。

「人狼の先祖になるオオカミを僕が絶滅から救ったというのが本当なら、今の人狼も助けられるかもしれない。ロウ、僕はロウがいなくても、人狼が子供を産めるようにしたい。今から人狼について学んで、必ず、何十年かかっても、その方法を見つけたいと思う」

「ハルト……」

彼らが人間を虐げてるのは、不安が原因だ。それがなくなれば、彼の人間への差別もなくなるかもしれない。

「なら、俺がハルトの目を治すのと、どっちが早いか競争だな。多分俺が勝つけど」

そう笑って僕に頬擦りするロウに自然と笑顔になる。それからしばらく、僕らは抱き合ったままその場に座っていた。



それからしばらくして、僕とイチ様の婚約が世間にも発表された。根回しされていた人狼達と違って人間側の衝撃はすさまじく、混乱のあまり手放しで祝福ムードではなかったが、おおむねいいニュースとして報道された。僕たちが男同士ということは、人狼と人間の結婚という衝撃の中に完全に消されていた。しかし反対するのは人狼ばかりで、多くの人間は人狼と人間の格差が縮まるのではと喜んでいるようだった。

あまりメディアに出ることのないロウが、今回の僕達の結婚について記者からの質問に、たった一言だけ答えた。


「正直死ぬほど嫌だし認められないけど、あいつの幸せのために仕方ないから受け入れたよ」

ロウが渋々ながらも容認したことに、さらに衝撃が走った。しかし彼が言った認められないという言葉が、本当は自分が結婚したかったという意味だと気づく者はいなかった。



おしまい
2021/8/5


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