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神様とその子供たち
002


円陣格闘とは、人狼だけが行う身一つで行う格闘技だ。争い事が起こるとだいたいこれで決着をつける。円の外に出るか、手と足以外が地につくか、相手を殺してしまったら負けとなりそれ以外は基本的に何をしても構わない。円の大きさはかなり広く、僕なら端から端まで走りきるのに20秒くらいかかるのではないだろうか。
審判のフウビの試合開始コールと同時にロウとイチ様が動いた。しかし理解できたのはそこまでで二人のスピードがあまりにも早く、何かがぶつかりあっていることぐらいしかわからない。

「全然動きが追えないんですが、これ今どうなってるんですか!?」

「二人とも牽制しながら手の内を探りあってる状態ですね。ロウ様相手なら数秒ともたない人狼も多い中、さすがイチ様です」

センリには見えているようだが、僕には二つの影のどちらがイチ様かどうかもわからない状況だ。わかりやすい色違いのゼッケンでも着てもらえば良かった。

「ロウ様もイチ様もあまり小細工なさってませんね。イチ様はともかく、ロウ様がこれは珍しい。十分に五分の闘いができていると思います」

「イチ様が勝つ可能性もあるということですか?」

「なくはないです」

お互い休憩するということを知らないのか、まったく止まってくれないので僕には何もわからない。完全にセンリの実況解説頼みだ。

「イチ様を怒らせたのは正解でしたね。あれがなければここまで遠慮なくロウ様を拳打できなかったでしょう」

「そうかもしれませんが、言う前に僕に相談してくれても良かったのでは!?」

「言ったら止めたでしょう」

「それはもちろん、そうですけど……」

浮気を報告されそうになって笑顔で許せる人間がいるものか。僕は悪くないような言い方をしてくれていたが、罪悪感でしばらくまともにイチ様の顔を見られそうにない。

「あっ、そこ! 惜しい! いけっ、いけーーっ」

熱が入りすぎてただの観客と化してしまったセンリ。センリだけでなく、全員が身を乗り出して試合を観ている。一番落ち着いているのはキリヤとトキノだが、二人は動揺を表に出さないのが得意なのだろう。反対に医者のヒトは悲鳴をあげては目を覆っての繰り返しだ。

「あっ」

センリが声をあげた瞬間、二人の動きが止まった。どうやらイチ様がロウの攻撃をまともにくらってしまったらしい。かろうじて立ってはいるが、口から血を吐いている。

「イチ!」

焦ったロウがイチ様に駆け寄る。僕はすぐに立ち上がって下の階に降りようとしたが、センリに手を掴まれた。

「離してください!」

「駄目です」

「でもイチ様が……」

「まだ試合は終わっていません」

センリに言われて再びイチ様達に目を向ける。ロウがイチ様の身体を支えながら叫んでいた。

「大丈夫か?! ごめん、避けられると思って全力を出しちまった」

「うっ、げほっ……」

「イチ…っ」

血を吐きながらよろめくイチ様をロウがさらに支えようとした瞬間、イチ様に勢いよく押し倒される。ポカンとした顔のロウを見下ろしながらイチ様は口元についた血を拭った。

「手と足以外が地面につきました。父上の負けです」

「……?」

「そうだな、審判」

「…は、はい。ロウ様の転倒によりこの試合、イチ様の勝利となります!」

僕は審判のフウビの言葉と同時に階段を降りて闘技場へと向かう。僕がイチ様達のところへ来た時にはヒトがすでにイチ様の怪我を調べていた。どうやら客席から直接飛び降りてきたらしい。イチ様が大丈夫だとわかると、すぐにロウのところに駆け寄っていった。

「ロウ様、お怪我が…!」

「それは……平気だけど」

「殴られてるじゃないですかっ」

「急所じゃないし、頑丈にできてるから別に……えっ、てか俺負けたの?」

「倒れてるので、そうですね」

「でもいっちゃんが怪我してたから。俺の拳が鳩尾にまともに入ったんだぞ。俺よりいっちゃんを見てくれ」

「大丈夫。私も頑丈にできているので」

イチ様がそう言いながらヘルメットをはずし、先程までとはうってかわって元気そうな足取りでロウのところまで来た。

「でもお前、口から血が」

「頬粘膜を噛んで出した血です」

「俺は顔なんか殴ってないぞ」

「自分で噛みました」

「おいおい……」

つまり完全にやられたふりをしてロウを油断させたというわけか。僕はイチ様の口の中が痛いことになっているのではないかとヒヤヒヤしていた。

「お前……そんな卑怯な手使うなんてらしくねぇだろ」

「父上に勝つにはこれしかないと」

「くそぉ……」

僕が近づいていくとイチ様が手を握ってきた。僕の方はイチ様の口元についた血を見て気が気ではない。

「勝ったぞ、カナタ」

「良かったです。でもイチ様、血が……」

「卑怯な手を使ったが、勝ちは勝ちだ。カナタはガッカリしたかもしれないが、どんな手を使っても勝つ必要があった。わかってくれ」

珍しく早口でペラペラと話すイチ様。彼は僕が勝負の内容に幻滅しているのではと不安に思っているようだった。そんなことまったく気にしていないのにおかしな人だ。でも、僕も言うべきことを何も言っていない。

「ありがとうございます。勝ってくれて、本当に嬉しいです」

僕が抱き締めると、数秒後にイチ様も抱き締め返してくれた。しばらくそうしていたがギャラリーがいることに気づいて慌てて離れた。

「すみません、こんなところで」

「別にそのままで良かったのに。今さら何を隠す必要があるんだか」

背後のセンリに真顔でそう言われて僕は気まずくなる。そんなこと言われても恥ずかしいものは恥ずかしい。

「父上、約束です。これでもう諦めると、この場で誓ってください」

イチ様にそう言われてロウはヘルメットをはずしながらふーっと息を吐く。改めてみるとロウもイチ様もアザとキズだらけだ。真剣に闘っていたのがわかる。

「確かに、約束は約束だな。カナタを恋人にするのは諦めるよ、誓う」

思いの外、あっさりとそう言うロウに少し驚いた。てっきり彼のことだからもう少しごねるかと思っていた。だってあれだけ、ハルトへの思いを語っていたのに。

「カナタ、俺負けちゃったよ」

ロウが僕の方を見て悲しげにそう言った。ロウが勝ったら困ると思っていたのに、僕は罪悪感で心がぺちゃんこになりそうだった。

「残念だな」

そう呟きながら僕を抱き締めてくるので、「父上」とイチ様が怒気を含んだ声で制した。ロウはやれやれといった風に息子を宥めた。

「お前達結婚するんだろ? 義理の息子と抱擁して何が悪い」

結婚という言葉に全員が息をのむ。さすがの僕も結婚まで考えてはいなかった。イチ様だってそうだろう。

「許してくださるんですか? 父上。結婚を?」

「ああ、むしろお前が結婚してくれないと俺がカナタと家族になれないから困る」

イチ様も結婚に乗り気になっているので慌てた僕はセンリに視線で助けを求めた。センリは僕の思考を読み取って笑顔で言った。

「結婚おめでとうございます」

「いやいやいやセンリさん……」

僕はロウから離れてセンリの後ろに隠れる。センリは小声で僕にこっそり囁いた。

「いいじゃないですか。あなたを諦めなければならないにしては、ロウ様はこの上なく機嫌がいい。いま言質を取っておきましょう」

「負けたのに何で機嫌が…?」

「イチ様が自分に歯向かったのが嬉しいんですよ。イチ様が自分に対してずっと負い目を感じていること、ロウ様は気にされていましたから。少々機嫌が良すぎる気はしますが」

「ということは、ロウ様は本当に僕らのことを認めてくれたって思っていいんですよね」

「ええ、僕ら全員の前で誓いましたから。ロウ様は誓ったことは絶対に守らなければならない。信じていいですよ」

笑顔のロウがイチ様の頭を撫でている。そのまま彼は息子を抱き締めて、二人を凝視していた僕に笑顔で手を振ってきた。


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あきゅろす。
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