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神様とその子供たち
決着


そして次の日、あれよあれよという間に話が進み二群の闘技場で内密にロウとイチ様の決闘が行われることになった。僕がいた施設からわりと近い場所が会場だったので、全員キャビーで移動した。極秘だったが、闘技場を貸し切ってくれた二貴のクロウ、もしもの時の救護要員、医者のヒト。それから審判のために軍司令官のフウビも集まっていた。後はスイとセンリ、そしてロウの近衛兵と、何故か暇らしいナナもいた。なかなかのギャラリーの数だが、ここに来るまでに誰か止めてくれなかったのだろうか。

「何でこんなことに……」

昨晩は、決闘する! となった後普通に3人で眠ったのも理解できなかったが、朝になったら着実に準備が進んでいて驚いた。ロウもイチ様も伸縮性のある動きやすい服に着替え、頭にヘルメットを被せられていた。ロウの方には耳用の小さな穴があいていて少し可愛い仕様だ。本来円陣格闘ではヘルメットなど被らないが、ロウに何かあっては一大事と周りが無理やり装着させていた。僕は隣にいたセンリに小声で訊ねた。

「あの、センリさん。今からでもやめにできませんか? こんな馬鹿なことするのは…」

「ここまできて無理ですよ。ロウ様はやる気満々ですしね」

何でそんなにやる気満々なんだ。よっぽど勝つ自信があるのだろうか。

「あの……センリさんはどっちが勝つと思いますか?」

イチ様が勝って、ロウに交際を認めてもらう。それが一番いい終わり方だ。しかしそうはならない予感がする。

「それはもちろんイチ様……と言ってあげたいところですが、本気で闘ったら10回中10回ロウ様が勝つでしょうね。単純な強さでいえばイチ様は負けてないと思います。でもロウ様は小賢しい手を使うのが得意なので」

「小賢しい…?」

「勝つために手段を選ばないということです。しかしロウ様はイチ様相手には本気を出せないでしょう。そして怪我させないように配慮しながら勝てるほどイチ様は弱くありません。勝機があるとすればそこかと」

「なるほど…!」

「しかし問題は、イチ様の方もロウ様に本気を出せないということです」

「ああ……」

確かに試合とはいえイチ様がロウ相手に本気を出せるとは思えない。元々父親をなにより大事に思っている人だ。

「仕方ないですね、僕がイチ様に発破をかけてきてあげます」

そう言ってセンリが準備運動中のイチ様のところに向かっていくので、心配だった僕もその後ろをついていった。

「イチ様、大丈夫ですか」

「……」

「駄目みたいですね」

無言のイチ様を見て彼の胸中を察するセンリ。彼はため息をついて、イチ様の肩に手をのせた。

「しっかりなさってください。いいですか、イチ様。ロウ様はカナタさんが洗脳されている間、ロウ様を好きになる暗示をかけられているのをいいことにカナタさんを無理やり抱いてマーキングしてしまったんですよ」

「何でそれを言っちゃうんですかぁ!?」

センリの失言に僕が叫ぶ。それだけはイチ様には知られたくなかったのに!

「……!?」

「何ですかそんな見たことない顔して。僕があなたにそんな最低な嘘をつくわけないでしょう」

イチ様の顔が怖くて見られないが、センリの言葉から彼がすごい表情をされているのがわかる。ごめんなさいと謝るべきだと思うが後ろめたくて顔向けできない。

「いっちゃんが悪いんだよ」

背後から抱き締められたと思ったらロウ様の声が頭上から聞こえる。いつの間に近くまで来ていたのか。

「お前が俺に遠慮なんかしてるから、先越されるんだろ」

なぜそんな煽るようなことを言うのかとロウを見上げて睨み付けると、そのまま彼に笑顔で額にキスされた。

「……父さん!!」

イチ様の怒号に僕の身体が揺れる。と思ったらイチ様がロウの胸ぐらを掴んでいた。父親にこんな態度をとるイチ様は初めて見た。

「落ち着けって、まだ試合開始じゃねーよ」

ロウのすぐ後ろにいたトキノとキリヤがすぐにイチ様を引き剥がす。なぜかロウはとても楽しそうだが、この状況、僕はちっともおかしくないと思うのだが彼は何を考えているのか。

「カナタ、俺はこの試合必ず勝つ。俺の勇姿を見届けてくれ」

ロウはウインクしながらそう言って僕をセンリに預ける。センリが僕を受け取ると手を引いて歩きだした。

「行きましょう。イチ様がやる気になっているうちに、試合を始めてもらわないと」

センリに連れられて階段を上がり、客席に座る。イチ様とロウ、そして審判のフウビ以外の人狼も観客席に座っていた。護衛のトキノとキリヤはすぐにでも飛び出していけるように客席ギリギリに身を乗り出していたが、スイに怒られていた。

「それにしても、さっきのロウ様の言葉本気でしたね」

「本気…?」

「もしかして、わざと負けてイチ様にカナタさんを譲るおつもりなのではとも思っていましたが、ロウ様の勝つという言葉は本気でした。ちっとも譲る気なんかないです」

「……」

スイが言っていた、ロウは欲しいものは必ず手に入れるという言葉を思い出す。ここでロウが勝てば僕の意思など無視される雰囲気だ。

「でも、僕がイチ様のことが好きだという気持ちは変わりません」

僕の渾身の言葉にセンリはふっと笑った。なぜ笑われなければならないのかとむっとしていると、彼は闘技場に立つロウに視線を向けた。

「カナタさんが今もそう思っていられるのは、ロウ様があなたの意思を尊重してるからです。人から好かれるのが何より得意な方ですよ。ロウ様が本気を出せば、誰でもすぐに落とせます」

「うっ……」

確かにそれは僕も身をもって実感している。ロウには求心力がある。恋愛感情ではなくとも、それと同等くらいの気持ちがあるのは確かだ。

「しかしイチ様の幸せな未来のためには、ここはなんとか勝っていただかないと……あっ、始まりますよ。もうこうなったらここからカナタさんが叫んで、ロウ様の気をそらすぐらいしか手がありません」

わりとセコい手を僕にするよう促しながらセンリは闘技場見下ろす。僕はイチ様に心の中で必死でエールを送りながら、試合を見守ることしかできなかった。


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