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神様とその子供たち
009


その日の夜はロウが来た。彼は枕を持っていたのでどうやらここで眠るつもりらしい。彼は僕に通信装置だといって眼鏡と腕時計をくれた。眼鏡は映像も受信できるらしく、その高性能ぶりに高いものだとわかった。使い方を一通りおしえてくれた後、僕の横に当然のようにおさまると僕の目の眼帯にそっと触れた。

「すぐに治してやれなくてごめんな。片目が見えないと不便だろ」

「今はここで休養させてもらってるだけなので、問題ないです」

「実は……ヒトを急かしてはいるが、視力を戻すのは無理かもしれないと言われた。少なくともすぐには無理だと」

「そうなんですか」

失明することになるかもしれないと言われて正直ショックだった。ヒトという人狼の医者には治せないものはないと言われていたので尚更だ。

「人間と人狼の身体は相当違うらしい。ハルトが人狼ならとっくに治せてた怪我だ。簡単に諦めるつもりはねえけど、もしかすると数年はかかるかもしれねぇ。ごめんな」

「いえ、お気遣いありがとうございます」

「傷は早急に目立たないようにする。見た目が痛々しいからな」

正直僕は顔に傷があっても多分慣れればあまり気にならないだろうが、周りは気になってしまうだろう。他の人のためには早く治したほうがいい。

「あの、僕の名前なんですけど、できればハルトじゃなくてカナタって名乗りたいんですが」

「? 何で?」

「本名だと里心がつくといいますか……向こうでの生活とか家族のことを思い出しちゃうので、カナタって呼ばれたいんです。ここではずっとそれで通してきましたし、慣れてきたところですから。あの、問題なければ」

カナタという別の人間になれたことで、ハルトとして過ごしたこれまでのことをあまり考えずに済んだ。本名には思い出が詰まりすぎている。

「ハルトがそうしたいならそれでいいよ。俺はハルトに慣れすぎてるけど……二人きりの時以外は、カナタって呼ぶようにする」

「ありがとうございます」

「でもそれなら、本名は誰にもおしえないほうがいい。カナタが本当の名前だということにしておけ」

「なぜですか?」

「だって本名知っちゃったら、そっちで呼びたくなるもんだろ。お前と親しいやつなら特に」

「そういうものですかね…。でも僕の本名なんてもう知られてるんじゃないですか。真崎さん達から聞いてるんじゃ」

「真崎親子はお前の名前知らなかったみたいだぞ」

「えっ、そんなことあります?」

「記憶がどんどん薄れてきてるって言ってたからな。知らないというより、忘れていったってのが正しい」

過去を変えたせいで、狭山暖人に関する記憶がなくなってしまっているのか。もしかして僕が人狼を作ったというのが厳密には正しくなかったのも、嘘をついたわけではなく正しい記憶が曖昧になっていたせいだったのかもしれない。

「俺も周りには言わないようにする。だからハルトも二人きりの時、俺の名前は呼び捨てにしてくれ」

「えっ、いやそれは」

「何でだよ、お前が名付け親なんだしいいだろ。二人の時だけ。なっ」

「……善処します」

「敬語もやめてくれたら嬉しい」

「えええ」

呼び捨てにため口なんて今さら僕にできるのだろうか。でもロウの中のハルトはそうだったのだろう。未来の僕、ロウにとっては昔のハルトを、ロウがとても恋しく思っているのがわかる。

「わかりました。ロウ様が、ロウがそうしてほしいなら頑張ります」

「へへ、ありがと〜〜」

ロウはにこにこしながら、僕の膝に頭をのせる。尻尾が機嫌良く揺れているのを見て、無性に可愛いと思ってしまった。まさかとは思うが、あんな話を聞いたせいで僕に父性のようなものが芽生え始めているせいなのか。

「ロウは、僕のこと父親とは思ってなかったって言ったけど、めちゃくちゃ子供みたいに甘えてくるじゃないですか」

「しょーがねぇだろ。俺は好きな相手にだって甘えたいんだ」

ロウが僕のことを好きだと思う理由は理解できた。でも、僕が彼の気持ちに応えられるようになるとはどうしても思えない。

「僕のこと、好きでいてくれるのは嬉しいです。でも今の僕はあなたに何もしてない。ロウが好きなのは僕じゃなくて、未来の狭山暖人です。これから、僕はロウが知ってる狭山暖人とは違う人生を送ると思う。まったく違う人間になるかもしれませんよ」

ロウは僕の言葉をきいてすぐさま起き上がり耳をピンとたてる。そしてそのまま膝を丸めて顔を埋めてしまった。

「300年たって、やっと一番大事なものを取り戻したのに、そのお前が何でそんなこというんだよ……」

「ロ、ロウ様」

「酷ぇ」

「ご、ごめんなさい!」

思わずロウを抱き締めるとそっと僕の方に身体をあずけてくる。僕の言葉は彼の気持ちを考えていなかった。僕だってもし300年ぶりに家族に会えたら泣きそうになるほど嬉しいし、その家族に自分はあなたの知ってる人とは違うと言われたら悲しい。ロウの気が済むまで抱き締めていようと思っていたら、部屋の扉が開いた。

「カナタ! 父上がここに……!」

「あっ」

入ってきたのはまさかのイチ様だった。僕がロウを抱き締めているところをバッチリ見られてしまった。後ろにはセンリもいて僕の姿を見てあちゃーという顔をしていた。

「違うんですこれは!」

僕はすぐにロウから距離をとろうと思ったがロウが離してくれなかった。気まずいことこの上ない。

「父上、カナタのベッドで二人で眠るのはやめてくださいと言ったはずですが」

「おいおい、そんなの今さらだろ」

先程まで泣きそうだったロウが僕を人質みたいに後ろから抱き締めながら笑っている。イチ様の方は相変わらず表情がよめない。

「私は、父上にカナタを譲るのはもうやめました。だから同衾は許可できない、と言ったんです」

「ほーう」

ロウの声が何故かとても弾んでいる。なぜか息子の言葉が嬉しくてたまらないようだ。

「なら息子よ、カナタをかけて俺と決闘しろ!」

「「えっっ」」

僕とイチ様とセンリが思わず声をあげる。それに引き換えロウはとても楽しそうだった。

「こういう事は昔から決闘で決着つけるもんだろ。勝った方がカナタと付き合う! これで文句ねぇはずだ」

「し、しかし父上と闘うなど…」

「あれー? いっちゃん、もしかして勝つ自信ない?」

「………そんなことない」

「ならいいだろ」

イチ様がまんまとロウにのせられている。僕が、本気で? という顔をしているとセンリが僕の背中を励ますように叩いてきた。

「大丈夫。恋敵同士が円陣格闘で闘い、勝者が女性を貰いうけるのは昔からある人狼の伝統です。これが一番遺恨が残らない方法ですから。問答無用で奪ってもいいところをロウ様はイチ様にチャンスをあげたんです。これは好機ですよ。逃す手はない」

「いや……というか僕の意思は?」

「そんなの関係ありません。女性は強い人狼が貰うものなんです」

「僕は女性じゃないですけど…!?」

「闘技場の手配をしておきますね」

センリが僕の言葉は無視して部屋から出ていく。こうしてあれよれよという間にイチ様とロウの決闘が決まってしまった。


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