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神様とその子供たち
007


なんとか落ち着くことができてから、僕はずっと気がかりだったことを訊ねた。

「あの……真崎さん達から聞いたんです。人狼はロウ様しか子供を作れないって、本当なんですか?」

シギがいつから僕達の会話を聞いていたか知らないが、イチ様は僕からその事を聞かれても顔色一つ変えなかったので僕に知られていることはわかっていたらしい。

「本当だ。本来ならカナタの記憶を消さなければならないほど、重大な秘密だ。だが父上は、カナタにはすべてを話してもかまわないと言っている」

イチ様の口から肯定されて、思わず唾を飲み込む。イチ様の表情がわかりやすく険しくなっていた。

「わかっているだろうが、この事は絶対に誰にも話してはいけない。例え相手が人狼であろうとも、私達ですら口にしない。今も男子は全員検査をしているが、今までただの一人も子供を作れる男の人狼はいなかった。私も含めて」

「理由はわかっているんですか」

「不明だ。女性は人間に近いが、男性は人間離れしているせいで子孫を残せないと考えられている。父上だけが特別な存在なんだ」

イチ様の顔がさらに歪む。彼がここまで感情を表に出すのは珍しい。

「それが……そのことが、どれだけ父上を苦しめているか。表面上、嫌な素振りなど誰にも見せないが、実の娘と子供を作りたい父親なんかいるものか」

「だったら、せめて全員、人工授精で妊娠してもらうわけにはいかないんですか?」

ロウの女好きはすべて演技だった。それを知ってもあまり驚かない。それほどあの人の心の中には女性がいなかった。ロウが嫌だと思っているなら、すぐにでもやめさせるべきだ。

「それが簡単にできたらどんなにいいか。確かに、今はそれも可能だろうが、昔はそういうわけにもいかなかった。父上は産まれた子が女児ならば絶対に近寄らなかった。抱き締めることも姿を見ることもしない。自分が父親だと自覚するのが嫌だからだ。だが逆に、女性の方は父上に抱かれる事に抵抗がない。彼女達にとって、父とは育ての親のことで、ロウという存在は父ではないんだ。成人したら全員、真実を親から聞くことになる。それでも皆、いつか結婚して父上との夜を迎えることを心待ちにしている。そして夫の方も自分達の子供が出来ると喜んでいる。第一世代の私たちにとっては異常でも、今の子達にとってはこれが普通なんだ。父上は彼女達にとっては、今まで遠くから見ることしか出来なかった憧れの存在だ。本気で恋をしている女性もいる。嫌悪感などない」

「でも、ロウ様自身はそんな簡単に割りきれないでしょう」

「勿論だ。父上は私のすぐ下の妹二人のことは我が子として育てていた。ニイとサンの二人とは、絶対にそんなことは出来なかった。あの二人に子供がいないのはそのせいだ。父上の感性は人間と同じなんだ。ただ今のやり方をやめることを、父上以外には誰も望んでいない。人工授精だけを希望する女性が殆どいないのが現状だ」

「そんな……」

「それに、もし全員が人工的に妊娠していたら、もっと早くこの秘密を人間に知られていただろう。ここまで、よく隠せていたものだと思う。元々私たちは似通った遺伝子持っているとはいえ、父上と本当に瓜二つの男が産まれることはよくあった。ナナ以外は皆工夫して誤魔化しているが、あまり男児が望まれないのはそのせいでもある」

人狼の血を残していくためには仕方のないことなのかもしれないが、それでもそんなことはすぐにでもやめさせたかった。しかし誰もそれをロウに強要しているわけではない。それしか方法がないのだ。以前、僕がロウと関係を持ったことにたくさんの人狼が怒り狂ったのを思い出す。今ではその時以上にその理由がわかる。

「すべて私のせいなんだ。父上は血を残すことはせず、逃げ残った仲間だけで隠れて生きるつもりだった。でも私がわがままを言ったんだ。一人だけ残されるのは嫌だと。子供は私と妹達二人だけで、その時は一番最後に生き残るのは私だと思ったんだ。女子の寿命が男より短いのは知っていたが、男子の寿命にそこまで大きな差があると当時は知らなかった。父上は最初は私のために子供を作ったんだ。しかし子供が増えて大きな群れになるにつれ、この国を人間から奪い取らなければならないという考えに傾いていった。そのためには、たくさんの仲間が必要だった」

「イチ様がずっと、ロウ様に負い目を感じていたのはそのせいですか」

うなずくイチ様に胸が苦しくなる。ロウと同じくらい、イチ様もずっと苦しんでいたはずだ。父親が苦しんでいるのは自分のせいだと。彼の不眠の原因は僕以外にもあったということなのだろうか。

「そうだ。だから、父が望むことは何でもしてあげたかった。……父上が君を好きだと言うなら、譲らなければならないと。それが唯一、私が父にしてあげられることだと思っていた。カナタの意思を無視して、本当にすまなかった」

僕の話も聞かずに別れを告げられて本当に悲しかった。でもイチ様を責める気にはなれない。謝ってはくれたが、もしかして今でもイチ様は父親に、僕を譲るつもりでいるのだろうか。

「だが、カナタが行方不明になったと聞いて、自分の決断を死ぬほど後悔した。必ず守ると誓ったのに、まさかこんな怪我までさせるなんて。もう父上に任せておくわけにはいかなくなった」

「それって……」

「父上に何と言われようと、カナタはわたさない。取り返して、私のものにする」

「……」

その熱烈な言葉に思わずベッドから出てイチ様に飛び付く。とても嬉しかったが、ロウの事を考えると喜んでばかりいられなかった。彼は「だからベッドにいなさい」と言って僕を抱き上げて運んでくれた。


***

その後、食事と睡眠を挟んでからセンリに会うことができた。センリは僕の無事をとても喜んでくれたが、やはり目の怪我のことを気にしていた。痛み止めの薬がよく効いていたし、視力を戻すと言われてからは見にくい時はあるものの僕自身あまり気にしてはいなかったが、こんなに心配させてしまうならシンラを怒らせるようなことを言うんじゃなかったと後悔した。
その後僕を心配したナナもお見舞いに来てくれた。彼は僕の手を握ると意味深に笑ったあと、「愛されてるなぁ」と気になる言葉を残して出ていってしまった。何か僕の未来が見えたのかもしれないが、詳しいことはおしえてくれなかった。
それからナナと交代で、キリヤとシギが部屋に入ってきた。

「カナタ……!」

入ってくるなり僕を思いっきり抱き締めてくるキリヤ。しかし絶対に目にあたらないように気を使っていてくれていた。

「バカ野郎、勝手に出ていきやがって! どんだけ心配したと思ってんだ」

「ご、ごめんなさい」

筋肉につぶされるのではないかと不安になるくらいの力だった。そんなキリヤを見てシギが信じられないという顔をしていた。なぜだろうと思ったが、すぐにキリヤが無口でクールなキャラだということを思い出した。

「ロウ様から全部聞いた。カナタがロウ様の育ての親だって。最初意味わかんなくて理解できなかったけど、お前、大変な目にあってたんだな」

「いえ、お気遣いをどうも…」

「これからは呼び捨てにしねぇ方がいいか? 仮にもロウ様の育ての親なわけだし」

「呼び捨てでもちろんいいですけど、えっ、僕の事どれだけの人に知られてるんですか」

「俺達4人はもちろん、スイ様にセンリ様、ヒト様にフウビ様…あと貴長全員だったか」

「めちゃくちゃ知られてるんですね、こんな短時間で……」

「ロウ様が色んな奴を使ってお前を探させてたからな。事の顛末を話す必要があるだろ」

全員が僕が何百年も前から来たという話をすんなり信じたのだろうか。ロウの話ならなんでも受け入れてしまいそうだが。

「スイ様がカナタと話したいらしい。後から来ると言っていた」

「そうですか」

スイには怒られたことが何度もあるので苦手だ。できれば話す時はキリヤも同席してくれないものか。

「真崎あすかは息子を人質にとられているから、カナタに関する話は簡単にしゃべってくれた。だが、その情報はかなり穴だらけだった。おそらくカナタのことをどんどん忘れていってるんだと思う」

「何でですか?」

「これはまあ憶測だけど、過去を変えたせいでカナタに関する記録はすべてなくなった。いないも同然の存在になってしまった。そのせいで、カナタを消した張本人ですら記憶を保つのが難しくなってるんじゃないか。もっと時間がたてば、カナタの存在すら忘れてしまうのかもしれない」

確かに、この事件に関与していた人間以外の記憶には僕はすでにいないのだ。真崎達もだんだんと忘れてしまってもおかしくはない。

「だがカナタ以外のこと、例えば他の仲間の名前や隠れ家の場所、過去にメッセージを送る装置の詳細はいっさい話そうとしなかった。多分、息子を殺してもそれは言わなかっただろう。しばらくしてこちらと交渉の余地がなく、息子の帰還が叶わないと判断すると通信を切ってしまった。それ以降音沙汰なしだ」

「ま、真崎さんを殺すのはやめてください…!」

「わかっている。また会わせてやるからもう少し待て」

会わせてもらえるかどうか不安だったので僕はほっとした。キリヤがここまで断言してくれるなら、真崎が殺されたりはしないだろう。

「……あれはあの人間を止められなかった、私の責任だ。すまなかった」

シギに謝られて僕はあわてて首を振る。彼女に気を使わせてしまうなんてこと、絶対にあってはならない。

「シギ様が撃ってくれなかったら真崎さんは死んでいました。むしろお礼が言いたいくらいです」

「礼を言うのはこちらの方だ」

「何の礼ですか…?」

「ロウ様のことに決まっている」

ロウの名前が出てシギの顔をまじまじと見てしまう。彼女は相変わらずとても美しい顔をしていた。

「ロウ様と女性の方々の寝所の護衛をするのは、私の役目だ。どんな時もロウ様は女性全員に平等に優しい。だが、全員をまったく同じように愛するロウ様を見ているうちに気がついた。あの方にとって、性行為は単なる義務だということに。それを相手の女性には絶対に悟らせないようにしているが、本当はロウ様は何も感じてない。心を無にして、ひたすら耐えているだけだ」

「おい、シギ」

キリヤがシギの言葉を遮るようにもの申す。彼女はそれにも動じることなく僕を見ていた。

「だから、ロウ様がお前を……カナタを抱きたいと言ったこと、本当に驚いたし、嬉しかった。まだ、ロウ様には誰かを特別に愛したいという気持ちが残っていたのかと、ほっとした。もうとっくにそういう感情は消えていると思っていたから」

「じゃあもしかして、あの時シギ様が泣いてたのは……」

「それは言うな。忘れてくれ」

僕と初めて会った日、シギは泣いていた。なぜなのか理由がわからなかったが、あれは嬉しくて泣いていたのか。
 
「それに、カナタはロウ様を裏切らなかった。……ありがとう。それを、どうしても直接言いたかった」

ふっと笑うシギにキリヤがとても驚いていた。普段、こんな風に笑うことはないのだろう。いつもは姿を見せない彼女がお礼を言うためにわざわざ来てくれたのかと思うと、僕は本当に嬉しかった。


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あきゅろす。
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