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神様とその子供たち
006


ロウが出ていってすぐ、イチ様が入ってきた。イチ様の姿を見た瞬間、僕は立ち上がり彼に駆け寄った。

「イチ様!」

「カナタ……怪我してるんだから、ベッドにいなさい」

イチ様は僕をひょいと持ち上げ再びベッドに戻す。イチ様と二人きりになれるなんてどれくらいぶりだろう。

「その目の怪我、シンラという人狼にやられたと聞いた」

「いや、あれは事故というか……僕も悪かったので」

「彼が直接謝りたいと言っていた。また、連れてきてもかまわないか?」

「あ……はい」

わざわざ来てもらうのは申し訳ない気はしたが、夕日がどうしているのか気になるので彼が来てくれるのならその話をしようと思った。

「その目の怪我だが、後日医者のヒトに視力を戻してもらう予定だ。彼は人狼の治療しか経験がないから、まずは人間の身体について勉強してもらっている」

「えっ、そうなんですか。それなら僕は人間のお医者さんでも……」

「父上の命令だ。人間の医者では治せるかわからないし、私もその方がいいと思う。これまでヒトが失敗したことはないから」

「わかりました。ありがとうございます」

久々に見るイチ様は少し疲れた顔をしていたが、相変わらず格好良かった。見るたびにそう思うからすごい。イチ様は僕のことをもう聞いているのだろうか。

「あの、今まで嘘をついていてすみませんでした」

「嘘?」

「僕の出自とか……」

「そんなこと気にしてどうする。身分はどうでもいい、私にとってカナタはカナタだ。過去から来たというのには、多少驚いたが」

タイムスリップを多少といってもいいのだろうか。しかも驚いたというわりにはイチ様は顔色一つ変えていない。相変わらず表情が顔に出ない人だ。

「あの僕、真崎さん達から聞きそびれてしまったんですが、元の時代に戻ることはできるんでしょうか。彼らが僕をこの時代に連れてきたと言っていたんです」

「……その事だが、先ほど君をここに連れてきた装置を確保した。真崎あすかから在りかを聞き出して、今は私達の監視下にある」

「本当ですか!? ど、どこに…?」

「国立平和記念公園にある文化博物館にあったものだ」

「! それって……」

僕が最初に拾われた場所だ。やっぱり最初の場所にあったのか。

「ただ、それはいわゆるタイムマシンじゃない。簡単に言うと時間を遅らせる箱だ」

「?」

「その箱の中だけ時間の流れがとても遅い。外の世界が何百年とたっていても、中に閉じ込められていたカナタだけが別の時間の流れにいた。元々は人間達が保管していたようだが、時がたって博物館の倉庫に置かれていたようだ。あそこは物が多いから隠すのにはもってこいの場所だったんだろう。きちんとした手順を踏まないと絶対に扉が開かないようになっていて、真崎あすか達は君をそこに閉じ込める指示を過去に送った後、息子の理一郎にカナタをそこから出させたそうだ」

「時間を遅らせるなんて、そんなことできるんですか?」

「人間を入れられるような大きさのものはないが、似たようなものは私達も持っている。劣化させたくない貴重なものや腐らせたくない食べ物をしまうのに使っている」

「あ……」

真崎がストックボックスと呼んでいた非常食を入れる箱を思い出した。まさか、あれと同じものに僕は入れられていたのか? しかもそれは、僕の時代にすでに開発済みだったことになる。

「ということは、僕はタイムスリップしたんじゃなくて一人だけ違う時間の流れにいたってことですか」

「そうだ」

「つまり、僕が元の時代に戻る方法はない……」

「そういうことになる」

「……」

正直、帰るのはもう無理ではないかと思い始めていた。ここに来た理由がわからない時は説明できない超常現象かもしれないと思っていたし、真崎から話を聞いた後はもし簡単に帰せるなら僕をすぐ過去に戻していたのではないかと思ったからだ。
しかし、いざ帰れないと断言されるとつらいものが込み上げてくる。大好きな父と母、そして兄達は僕の行方を知らないまま何百年も前に死んでしまった。もう二度と会うことはできない。

「う……うっ……」

「カナタ……」

「嫌だ…やだよぉ……」

泣き出した僕の肩をイチ様が支えてくれる。年甲斐もなく、僕はイチ様の腕の中でわんわん泣いてしまった。


思う存分泣き続けて、僕の涙が少しずつ枯れ始めてきた。僕の一人言のような言葉をイチ様はずっと聞いてくれていた。

「帰りたい……母さんや父さん達に会いたい」

「ああ、そうだろうとも」

「僕は、あの人達にまだ何も返せてないのに……」

「あまり思い詰めるな。そんなこと、ご両親は気にしていないはずだ」

家族にもう会えないという事実は思っていたより僕の心に重くのし掛かっていた。可能性は低いと思っていたはずなのに、僕は今の今まで帰る希望を捨ててはいなかったようだ。

「……実は、僕は母さんと父さんの、本当の子供じゃないんです」

「……そうなのか?」

「厳密には、育ててくれた二人は叔父と叔母です。僕の本当の両親は……交通事故で死んでしまって。父の兄夫婦のところに引き取ってもらったんです」

僕はまだ小さかったが、あの日のことはよく覚えている。家族ぐるみの付き合いがあった叔父夫婦の家に僕が遊びに行って、お父さんとお母さんは二人で買い物に出掛けていた。そこで事故にあって、二人とも亡くなってしまった。それを聞いた叔父と叔母は僕以上に取り乱し泣いていて、迷うことなく僕を引き取って育てると言ってくれた。

「叔父と叔母は……父さんと母さんは、僕の事を本当に甘やかして育ててました。子供の僕がそれでいいのかって思うほどです。もちろん叱られることもたくさんありましたけど、僕の誕生日はいつだって盛大にやってくれて、欲しがったものはだいたい買ってくれました。兄二人も、僕だけえこひいきだって怒ってもいいはずなのに、有り得ないほどに僕を可愛がってくれて……可哀想な奴だって思われてるんだろうかって悩んだこともあったけど、僕の事を好き好きってしつこいぐらい言うもんだから、もう理由なんてどうでもよくなってしまったんです。兄二人の事も、大好きでした」

年が離れていたので、兄二人にとって僕は可愛い弟だった。そう自分で思えるほど、愛されていたと思う。特別扱いされるのに慣れすぎて、学校では誰も僕に興味ないことに驚いたくらいだ。結局家族以外の人に興味を持てなくなってしまったので、うちの家族の教育方針が正しかったかはわからないが僕はみんなの事を心の底から愛していた。

「だから僕は、将来はちゃんとした大人になって皆に恩返しがしたかった。どんな贅沢も叶えられるくらいお金持ちになってやるって、思ってました。それが僕の夢で……でももう、それはできなくなった。僕が急に消えて、どれだけ迷惑と心配をかけたか。そのことがどうしてもつらくて、堪えられそうにありません」

枯れていたはずの涙が再び溢れてくる。先ほどロウから兄が僕の夢を代わりに叶えてくれたと聞いて、胸がいっぱいになった。

「カナタ、今はつらいだろうが必ず乗り越えられる。カナタの家族も、時間はかかっても乗り越えたはずだ。自分のせいなどとは考えないでくれ」

「イチ様……」

イチ様だって、家族を亡くして間もないのに小さい子供みたいに泣き止まない僕を慰めてくれる。僕がこうやって泣き続けることは、イチ様にもつらい思いをさせているとようやく気づいて、僕はなんとか泣くのをやめた。

「ありがとうございます。ある程度覚悟してたことなので、僕は大丈夫です」

「カナタ、無理はするな」

「大丈夫ですよ。それに、もし帰れることになっても、きっと同じくらい泣いたと思います。イチ様と会えなくなるのは、同じくらいつらいことなので」

僕が笑ってそう言うとイチ様は優しく抱き締め、キスをしてくれた。それから、「私も同じ気持ちだ」と囁いてくれた。


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