[携帯モード] [URL送信]

神様とその子供たち
005


さやまはると。狭い山に暖かい人と書いて、狭山暖人という。ここに来てから一度も口にしたことがない僕の本名だ。

「あいつらの話を聞いて、思い出したんだよ」

「あいつら?」

「真崎理一郎だ。あいつがシンラを殴ってお前を誘拐した後、すぐにシンラが警察に通報した。指名手配中の真崎が自宅に浸入して、家にいた人間をさらっていったってな。お前達の電話のやり取りを聞いていたから、ハルトのことだとピンときた。元々真崎を追って二群に来ていた俺達はクロウの家にいたんだ。すぐ現場に向かって、シンラの家からの足取りはカエンに任せれば簡単に終えた」

クロウは二群の貴長、カエンというのは恐ろしく鼻が利くロウの近衛兵の一人だ。以前、ハチを見つけてくれたのも彼だった。

「僕の匂いを辿ってくれたんですか」

「ああ、お前が乗り物にさえ乗らなければ、カエンが匂いを追って探せるからな。とはいえ真崎のスピードは人間とは思えなかったが。お前達が地下に入っていったから、中を探らせるためにシギだけを入れた。あいつなら気づかれずにお前達に近づける。俺も気配消すのは得意だから一緒に入ろうとしたけど、絶対駄目だってトキノとキリヤに取り押さえられてた。あいつら、俺を止めるために全力で乗っかって頭を地面に押し付けてきたんだぜ? 酷ぇ奴らだよ」

「まあ、ロウ様を危ないところに行かせるわけにはいきませんし……」

「仕方ねぇから一緒に来てくれてたクロウの特技を使ってお前達の会話を外から聞いていた。クロウはとても耳が良いんだ。お前が人狼を作った事を聞いて、やっと思い出した。狭山暖人は、俺の育ての親なんだ」

「はい?」

「ロウって名前つけたのもお前だぜ」

「嘘でしょう!?」

「もちろん、お前がここに来たことで俺の記憶も書き変わった。俺を育てたのはハルトじゃなくて、ユーキになった。ユーキはハルトのお兄さんだろう」

「そ、そうです。けど、どうして兄が?」

「昔、行方不明になった弟の夢を継いで動物学者になったと言っていた。あいつらが過去を変えたことで、ハルが俺を育てた記憶と、ユーキが育ててくれた記憶の両方が今の俺にはある。イチだってハルトのことを知ってるぞ。お前は何度も小さいあいつを抱っこしたことがある」

「イチ様を僕が……!?」

「まあ、いっちゃんは過去を変えられてお前のことは覚えてないわけだが」

「イチ様も説明すれば、思い出してくれるかもしれないってことですか?」

「いや、多分無理だろうな。俺に記憶が残ってるのは、俺の大事なことは絶対に忘れない能力のおかげだ。この力がなかったら俺も奴らにお前の記憶を奪われてた」

ロウは話している間、ずっと労るように僕の手を優しく握っていた。僕が育ての親ということは、ロウが知っている僕はかなり老けていたのではないだろうか。

「ロウ様が知ってる僕って、いくつぐらいだったんですか」

「俺が産まれた年、ハルトは42歳だった」

「めちゃくちゃおじさんじゃないですか。よく僕だってわかりましたね」

「匂いが一緒だもんよ〜〜。わからないわけないだろ」

ロウはそのままベッドに座り、僕を抱き締める。僕が彼の育ての親ということは、もしかしてこれは甘えているのだろうか?

「奴らはお前が人狼を作ったと言っていたが、厳密にはそうじゃない。人狼の祖先であるオオシロオオカミを絶滅の危機から救ったのがお前だ。そういう意味では、お前がいなければ俺達はいなかったとも言える。基本、ハルトの仕事は俺を無事に育てることだった。俺は戦争のために作られた兵器だったけど、人間でもあったからな。あの施設にいた時は酷い目にあったよ。命令に従わせるために俺の首にはいつでも俺を殺せる首輪がついていた。お前は俺をそこから助けるために、他の人狼達と一緒に俺を逃がしたんだ」

「僕が……」

「ああ。でも、その時…ハルトは死んだ。俺達を逃がそうとして、施設の人間に殺されたんだ」

「死んだ…?」

自分が死んだ時のことを聞かされて動揺する。もし僕が過去に帰ったら、そこで殺されるということなのだろうか。

「おかしいと思ったんだ。ハルトのことを忘れている間、俺は何度も夢を見た。ユーキが俺を逃がそうとして人間に殺される夢だ。確かにユーキは俺を助けてくれたが、あいつは死ななかった。うまく逃げのびて長寿を全うして、93歳になった年に家族に看取られながら老衰で死んだんだ。なのに、あいつが人間に殺される夢を何度も何度も……あれは、お前の記憶だったんだな」

以前、ユキという名前をロウが何度も呼んでいたことを思い出した。あれはユキではなく祐希、僕の兄の名前だったのか。

「俺がその事をどれだけ後悔したことか。ハルトを死なせるくらいなら逃げるんじゃなかったと何度も思った。でもハルトは俺達の扱いにどうしても耐えられなかった。多分俺が嫌がっても実行したと思う。……ありがとう、俺の子供達が生きていられるのはお前のおかげだ。これがずっと言いたかった」

「でも、今の僕は何もしてません」

「わかってる。だけど、もう一度生きてるハルトに会えるなんて思わなかった。本当に嬉しい……」

ロウは大粒の涙を流して泣いていた。未来の僕がロウにとっていかに大切な存在だったか、その事が痛いほど伝わってきた。唐突に彼を抱き締めたくなったが、手を握られていたのでそれはできなかった。

「ということは、僕はロウ様にとっては父親みたいな存在…ということですか?」

血の繋がりはなくても、育ての親ならそういうことになるだろう。まったく実感はないが今の僕にべったりなロウを見ていると父としての面影を僕に感じているのかとも思う。僕が側にいるとロウの不眠症が治ったことも、そもそもの不眠の原因が僕だったとわかった今では納得できるし、僕のことを好きだと言い出したのだって、記憶の底に眠っていた親子愛からかもしれない。知らなかったとはいえ、父親と思っていた相手と身体の関係を持ってしまったことを気まずく思っているのではないだろうか。
しかし僕の微妙な表情から考えを読み取ったらしいロウは、笑っていた。

「ハルトは勘違いしてるみてぇだけど、俺は最初からずっとハルトのことを父親とは思ってなかった。ハルトは初恋の相手で、今でもずっと好きな人だからな」

「えっっ!?」

「俺は産まれてから今まで、ハルトのことしか恋人にしたいって思ったことねぇよ。あ、もちろんユーキに恋愛感情はないぞ。父親としか思ってない」

ロウの言葉に思いっきり動揺してしまう。ロウが産まれたとき僕が42歳なら、ロウが僕を好きになった時は50をこえていたのではないか。そんなおじさんを一体なぜ…?

「いやでも、ロウ様は奥さんがいるじゃないですか」

イチ様の母親である立夏さんをロウは誰よりも愛している。そうイチ様からは聞いている。

「ああ、立夏のことな。いっちゃんは俺達のことラブラブだったと思ってるから内緒にしててほしいんだけど、立夏と俺はライバルだったんだよ。立夏も、ハルトのことが好きだったから」

「!?」

「焦ったよ。立夏はめちゃくちゃ可愛い女だったから、あいつに迫られたら、いくら枯れてるハルトだって落ちるんじゃないかと思った。立夏の名付け親もお前なんだぜ。でも立夏は、完璧な成功体の俺の子供を作るために用意された人狼だったんだ。ハルトは俺達を会わせたら自然と恋仲になると思ってたみたいで、お前の思惑がみえみえだった俺達はお互いガッカリしてた」

「それは、ごめんなさい……」

「いや、お前はなるべく人間らしく俺達に生きてほしがってたからな。恋人を作って欲しかったんだろ。自分が恋愛対象だなんて微塵も思ってねぇ。立夏も立夏で、ハルトが特別目をかけていた俺の存在を不安に思ってた。だから俺達、お互い牽制するために結婚することにしたんだ」

「なんですかそれ!?」

「だって結婚しちまえば、ハルトを取られることはなくなるだろ。あ、誤解すんなよ。立夏のことは同志として好きだったよ。良い奴だったし、仲良し夫婦だったんだぜ。水面下でお前の取り合いしてただけで。いっちゃんが産まれた時なんか、俺とハルトと立夏で大泣きしてたんだから。ハルトは俺達が家族として生活できるようにしてくれたけど、それで余計にイチには人間に使われるだけの人生を送ってほしくないって思うようになった。イチが大きくなったら俺みたいな目に遭うのかって思ったら、何がなんでも逃げ出してやるって考えるようになったな」

「……」

ロウが人間を虐げ管理しているのは、二度と立場を逆転させたくないと思っているからなのか。ロウがどんな目にあっていたか、今の僕では知りようがない。

「さて、ずっと一緒にいたいところだけど、お前を心配してる奴は他にもいるからな。そろそろ交代してやらねぇと」

ロウはごく自然に僕に口づけると、ベッドから立ち上がった。

「イチを呼んでくるから、少し待っていてくれ」



[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!