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神様とその子供たち
005


資料館の中はとても広く、人がいるのに空いているように見えた。これまでの戦争の歴史をまとめた年表や、昔の日本を写した写真、動画などが見られるようになっている。僕にとっては馴染み深い写真もあり面白かったが、途中からは人狼の素晴らしさを称えるばかりになっており、段々と人狼を教祖とした宗教団体にでも入会した気分になった。


「どうだ、勉強になるか」

真崎に話しかけられて頷くも、このままだと回り終わる頃には立派な人狼信者になっていそうだ。しかし肝心の人狼の誕生のいきさつにはまったく触れられておらず、まるで神として現世に降り立ったかのような表現ばかりだった。ロウと10人の子供を始めとした人狼達は突如この世界に現れ、奇跡のように日本を救うなんてまるで童話のような話だ。

「なんというか……洗脳されそうですね」

「はははっ、確かに」

生まれながらここで過ごせば僕も人狼の奴隷としてなんの疑問も持たず過ごしていたかもしれない。今のところ人狼に自分が理不尽な目にあわされていないからそう思えるのだろうか。

「真崎さんは、今の世の中は良くないって思ってるんですよね」

「……そうだな」

「それは他の人もみんな思ってることなんですか」

ふと疑問に思って小声で訊ねると真崎は神妙な面持ちで首を振った。

「下級市民は不満しかないだろうが、上級市民は違う。そもそも、下級市民を虐げているのは殆どが人狼ではなく上級市民だ。下層の人間を見下すことで、人狼に支配されている自覚が薄くそれよりも自分達が支配している気になっている」

つまり人狼は人間の中でも格差をつけて人間同士で見張らせているというのか。下級市民に落とされる事を恐れ、人狼に従うという構図ができている。考えられた仕組みだ。

ここですれ違う相手は人間に見えたが、みな虐げられて苦しんでいるようには見えなかった。恐らくは全員が上級市民で、恵まれている立場なのだろう。真崎もその一人なはずのに、彼のまともな思考と正義感はいったいどこで培われたのか。

「あ、これって……」

一人考え込みながら展示物をぼんやり見ていると、見慣れた地図を見つけた。右上には旧日本地図という文字がある。

「もう使われてない地図だな。隣にあるのが今のものだ。ちなみに、私達が今いる場所はだいたいこの辺りになる」

地方区分も都道府県名も今とは違う。真崎が現日本地図で指差した所は元々僕が暮らしていた場所と近かった。

「日本は今、大きく10の区画に分かれている。君主様の10人の子の話は知っているだろう。彼らが一人一人代表となって10の群れを作っているんだ」

「えっ、あ……そうか、君主様が生きているなら子供も生きているに決まってますよね」

伝説の英雄として扱われているので雲の上の存在というイメージしかない。僕が今のところ知っている人間と人狼の違いは、彼らには狼の尻尾と耳があり、寿命が長く身体能力が高いという事だけだ。

「いや、子供のうち5人は女性で、彼女たちはすでに亡くなられている。長寿の特性を持つのは男性だけだからな。彼らの名前は覚えやすいから知っておいた方が良いぞ。上からイチ様、ニイ様、サン様と続いて、すべて数字になっている」

「えっ、本当にそんな名前なんですか」

「勿論。先程君が会ったのは7番目の子供のナナ様だ。そのまますぎて日本史のテスト問題にもならない」

「……」

ロウは余程名前をつけるのが苦手だったのだろうか。僕がそんな単純な名前をつけられたら親に抗議してしまいそうだ。

「彼らは人狼の頂点に立つ10人だが、彼らの中にも格差がある。簡単に言うと年功序列だな。10人全員が日本の政治の中心になっているが、最終的な決定権は長男のイチ様にある」

「イチ様…?」

「イチ様は私達が住むここ、一郡の統治者でここは日本で一番豊かな群れだと言われてるんだ。この辺りはどこも整備されていて、街並みも美しかっただろう」

そう訊ねられて頷くも、話を聞いた後では純粋に風景を楽しめなくなりそうだった。僕が今日見てきた平和な光景はこの群れだけの話なのかもしれない。

「ここ…一郡に下級市民はいないんですか」

「群れのはずれには彼らの住む区画がある。しかし規則により彼らは一群の中心部までは入ってこられない。コードで管理されているから、侵入しようとすればすぐにバレる」

「バレたら捕まるんですよね」

「ああ、反乱分子として逮捕される。しかしこの一群ではそんな事件はまず起こらない。下級市民の扱いが他の群れよりもずっといいんだ。食事もまともで、怪我や病気の治療も受けられる」

「それはお金があるからですか」

「それもあるがイチ様が緩和派なんだ。下級市民に対する差別、人権侵害をなくそうとする一派のことを緩和派という。イチ様はそのトップとしてずっと法律を変えようと努力なさっている」

「えっ、それっていい人じゃないですか」

全員が人間を虐げているのかと思いきや、そんなまともな人狼もいるのか。ナナという人狼も少し話した限りでは好青年だったし、話が通じない獣ではないとは思っていたが。

「でもそのイチ様は日本のトップなんですよね? だったらこれからもっと人間の扱いは良くなるんじゃ……」

「いや、この国で法律を変えるためには、君主様の許可が絶対必要になる。政策を打ち出すのはイチ様達だが、最終的な決定権はあの方にしかない。しかし、君主様は人間嫌いで有名なんだ。緩和政策など絶対に許可しないだろう」

「人間嫌い? どうして?」

「人狼は総じて人間を見下しているものだ。彼らはすべてにおいて私達を超越している。イチ様のような方が珍しい」

間近で見た人狼ナナの身体は、鍛えているであろう真崎と並んでも遜色なかった。そして喧嘩もしたことがない僕ですら、ナナを前にすると全身が逆立った。やっぱり、よく似ていても彼らは人間とは違う。いわば知能を持った野生の獣とでもいうべきか。そんな恐ろしい存在に支配されて人間が逆らえるはずがない。

「でも、そうなると人間はみんな一群に住みたがるんじゃないですか?」

「下級市民は好きな土地には住めない。上級市民だって、一群は地価が高騰し続けている。誰でも住める訳じゃない」

そこまで聞いて、嫌な可能性に思い至る。考えるのも恐ろしかったが確かめないわけにもいかない。

「僕って……これからこの場所に住むことができるんでしょうか」

真崎は自分の近くにすめば良いと言ってくれたが、ここの家賃が払える程の仕事が今の僕にできるとは思えない。痛いところをつかれたのか渋い顔をした真崎は頭を抱えながらも僕の肩に優しく手を置いた。

「……大丈夫だ、いま君にも出来る仕事を探している。必ず見つけるから待ってくれ」

真崎の人脈がどれ程のものかはわからないが、この時代の常識すらも知らない僕が出来る高収入の仕事が簡単に見つかるとは思えない。彼の家にも、どれくらいいられるのか。元の時代に帰る方法を探すよりもまず、何がなんでも仕事を見つけなければならない。


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