神様とその子供たち
004
「そうと決まれば、ここもすぐに出よう。日が昇る前に二群を出る」
真崎はそう言って荷物を再び鞄に詰め込み始める。本当に僕はこのまま、日本から出なければならないのだろうか。しかしロウの元に戻ったら彼らにこの話を隠してはいられないだろう。そもそもセンリが側にいて隠し事ができるとは思えない。ならばもういっそ離れてしまった方が──いや待てよ、僕は大事なことをきくのを忘れている。
「真崎さん!」
「なんだ?」
「僕をこの時代に連れてきたのがあなたなら、元の時代に帰る方法が……」
次の瞬間、僕の身体に突然衝撃が走った。いつのまにか誰かに抱き抱えられている。見上げると、そこには思いもよらぬ人物がいた。
「シギ様…!?」
「……」
美しい彼女の横顔を見て、すぐに誰かは気づいた。しかし彼女の目はすべて黒く染まっていて、真崎を見据えている。前に会った時とは別人みたいだ。彼女の右手には拳銃らしきものが握られていて、銃口が真崎に向けられていた。
「動くな。動けば撃つ」
「誰だお前は…! どうやって入ってきた!」
『理一郎!』
ホログラム映像はまだ切れておらず、真崎の母の叫び声が聞こえた。それには一瞥もくれず、シギは真崎だけを見ている。
「一体何者だ? 今の私が、ここまで近づかれて気づかないなんて……」
「この地下に通じる出入り口はすべておさえた。お前は逃げられない。投降しろ」
シギがいるということは、ロウが近くに来ているのだろうか。安堵よりも、彼らに真崎が殺されてしまうかもしれないという恐怖が勝った。すぐに足音が聞こえて、軍服を着た数人の人狼が僕たちを囲んでいた。
「カナタ!!」
その中の一人が僕のところへ駆け寄ってくる。その狼の耳のない男が誰なのかすぐにわかった。
「イチ様!」
彼の姿を見た瞬間、その胸に迷わず飛び込んだ。シギは僕から手を離してくれたが、真崎からは絶対に視線をはずさなかった。
「カナタ、大丈夫か? 目に怪我を……」
「平気です。あの、真崎さんを傷つけないように皆に言ってください。彼は僕を……わっ」
「……っ」
僕を思いっきり抱き締めたイチ様が泣いているのがわかった。一時はもう会えないかもしれないと覚悟していただけに、僕の目にも涙が流れた。
真崎が人狼並みの身体能力を持っていたとしても、大人数で囲まれてしまうとなす術はないだろう。彼は自分を哀れむような笑みを浮かべていた。
「つけられていたのか…? 気づかなかった私の落ち度だな……」
『理一郎!』
「申し訳ありません、母さん。私はそちらには行けないらしい」
真崎は母親に向かって謝ると、持っていた鞄に手を伸ばした。
「動くな!!」
シギが再び叫ぶが、真崎は鞄から武器を取り出した。それが何かすぐにわかった僕はシギを止めた。
「あれは電気銃です! シギ様、真崎さんを殺さないで!」
シギにすがり付いてでも止めようとしたが、僕に腕を掴まれても彼女は微動だにしなかった。そのまままっすぐ真崎を睨み付けていたが、銃を撃つことはなかった。
「確かにこれは電気銃です。あなた達を殺すことはできない」
「だが、それをこちらに向ければ撃つ」
「向けませんよ」
真崎は銃を持ちながら僕の方を見た。僕に視線を向ける真崎は、不安にさせないようにするためなのか穏やかな表情をしていた。
「これまでのことすべてを謝罪する。本当に申し訳なかった。君は何も悪くない。どうか幸せになってくれ」
そう言って、彼はその銃を自らのこめかみに当て引き金を引いた。
「真崎さん!!」
その瞬間、シギが撃った。その衝撃で真崎が持っていた銃が後ろにふっ飛ぶ。僕が慌てて駆け寄ると真崎の身体は痙攣していた。
「確保しろ!」
「真崎さん…っ嫌だ…!」
人狼達にぐったりしている真崎が運ばれていき、それが僕が最後に見た景色だった。自殺を図った真崎の姿を見てショックのあまり、その場で気絶してしまったのだ。僕を抱き抱えながら何度も名前を呼ぶイチ様の声がいつまでも聞こえていた。
目が覚めた時、僕の前には見知らぬ天井が広がっていた。見たことのない広く清潔な寝室、そして隣には僕の手を握るロウがいた。
「ロウ様……!?」
「目が覚めたか」
どうも視界が狭いと思ったら、片目にガーゼが当てられていて自分が怪我をしていたことを思い出した。そしてなぜ自分が気絶したのかも。
「真崎さんは、どうなったんですか!?」
「あの人間は生きている。シギが銃だけを撃ったおかげで、急所から狙いが外れたようだ。しかし至近距離から電気銃を撃ち込んだせいでショックを起こしていた。まだ意識はないが、じきに目覚めるだろう」
「そうですか、良かった……!」
真崎の安否を聞いてとりあえずほっとする。生きていてくれて本当に良かった。
「ここは…僕はどのくらい眠っていたんですか」
「ここは二群の医療施設だ。お前の治療のために、クロウに頼んで使わせてもらってる。眠っていたのはだいたい5時間くらいか。お前の怪我を聞いて、心臓が止まりそうだったよ」
「すみません。あの、勝手に抜け出したことも、本当に申し訳ありませんでした」
ロウは笑って僕の頭を撫でた。壊れそうなものを扱うように、頭を撫でてそして両手で僕の顔に触れた。
「そんなこと気にすんな。まあ、二度とやって欲しくねぇけどな。俺は、お前が生きてさえいてくれたらいいんだよ、ハルト」
「……!」
一瞬、自分の耳を疑った。どうして彼がその名前を知っている。
「どうしてロウ様が、僕の本当の名前をご存知なんですか……」
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