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神様とその子供たち
003


『人工授精で産まれている人狼がとても多いというのを、あなたは知っている?』

唐突に話題を変えられて僕は面食らう。首を大きく横に振ると、彼女は話を続けた。

『私達は始め、人狼は自然妊娠が難しいのかと思っていたわ。そこから彼らの弱点が掴めるのではないかと考えて、徹底的に調べたの。でも人工授精で妊娠した人狼ばかりではないし、ただの効率よく人狼を増やすための手段だという結果になった。現に人狼はその人口を物凄いスピードで増やしている。男が長寿という理由はあるけど、3人以上の子供を産む女性の数がとても多い。彼らは双子が産まれる確率が高く、貧困でないからというのがもっともな理由だけど。でも気になったのは、人工授精で産まれている数が多いことを人狼達が隠そうとしていることよ。だから最近まで私達も気づかなかった。かといって自然妊娠が推奨されているかというと、そうでもない。まだ若い女性でも人工授精で妊娠している人狼がたくさんいる。何かあると思って調べていくうちに気がついたの。……あなたは、ロウがたくさんの若い既婚の女性と関係を持っている事を知っているでしょう』

「は、はい」

また話題が変わっていっそう意味がわからなくなる。彼女はいったい何が言いたいのだろう。

『彼の女好きは有名だけど、既婚者にしか興味がない。いろんな群れを順番にまわって、その地域の夫公認で妻を抱いている。異常としか言えないけど、それが人狼の習性なのかと思ってたわ。でも女性の妊娠を調べる上でわかったのは、ロウが訪れた後に妊娠している女性が多いということよ』

「それは……ロウ様が若い新婚の女性にばかり手を出すからではないですか?」

ロウは特定の恋人を作らず、自分に本気にならない既婚者とだけ遊んでいる。そしてなぜか、夫である人狼達もそれを受け入れている。

『全国をまわって、若い既婚の女性とベッドを共にする。そんなことばかりやってる遊び人の男を、どうして人狼達は好いているのかしら。時間をかけて調べてわかったの。ロウが訪れた後妊娠した女性に自然妊娠が多いこと。そして、直前にロウと関係を持っていない女性が自然妊娠したことは一度もないこと。彼らを何年も何年も監視して、ただの一度もなかったのよ。これが、どういうことかわかる?』

「……いえ」

彼女が何を言いたいのか、僕にはまったくわからなかった。頭が混乱して考えをまとめられない。

『長い時間をかけて、私達は1つの答えを出した。人狼は、ロウを除いて生殖能力を持つ男はいない。だからロウはたくさんの女性と子供を作って子孫を残している。昔はどうか知らないけど、いま現在、種を持っているのは彼しかいないから。人工授精に使われている精子も、すべて彼のものよ』

「そ、そんなバカな!」

真崎あすかの言うことは、僕には到底信じられなかった。彼女の言うことは支離滅裂で、とんでもない論理の飛躍だと思った。

「あり得ない。だって、もしそうなら、人狼の女性は全員、ロウ様の実の娘ということじゃないですか! ロウ様は、自分の子供と寝てるっていうんですか!? そんな非人道的なこと、あるするはずがない…」

『それしか種を存続させる方法がないのであれば、そうするでしょう。恐らくは女だけでなく、男も全員ロウの息子だと思うわ。私達は何年もかけてロウの毛髪を手にいれて、何人かの人狼とDNA鑑定をした。結果は、99%親子だったわ』

「嘘ですそんなの…!」

『あなたに今すぐ提示できる証拠はないけど、嘘じゃない。それが彼らの最大の弱点であり、絶対に知られてはならない秘密よ。ロウさえ殺せば、これ以上人狼は増えない。時間はかかっても、必ず私達人間が勝つ』

「まさか、そんな……」

あり得ない、と思っているはずなのに真崎あすかに断言されると思い当たる節がいくつも出てきた。ロウに瓜二つの人狼がたくさんいること、父親より母親が誰かということが重視されること、女好きのはずのロウが僕を好きになったこと。なにより、夫が自分の妻を寝とられていても誰も何も言わないことだ。何も言わないどころか、人狼はみんながロウを好いている。

「もし、もしですよ、仮にそうだとするなら、黙って待っていればロウ様はいつか寿命で死んでしまう。いま無理に殺さなくても、いつかは人狼は滅ぶ。そういうことじゃないんですか」

『確かにそうね。私達の中でもそういう意見はあるけど、ロウの寿命がまったくわからない。正直言って、彼は人の理解をこえた生き物よ。いつまでたっても老けないし、病気にもならない。不老不死なんじゃないかという者もいる。それに彼らの方でも、ロウがいなくなっても繁殖できる方法を探しているはずだわ。それが見つかるまで、こちらが大人しく待っているわけにはいかない』

とにかくショックだった。この話を信じていいものかわからないが、こんな突拍子もない嘘をつく理由もわからない。僕にロウを殺させたいなら、他にいくらでも信じられそうな嘘があるはずだ。

『私達が、何を捨ててもロウを殺そうとしている理由はそれよ。何人人間が死のうとも、ロウさえ殺せれば私達の勝ちなの。子孫を残せる男は彼だけなんだから。時間はかかるけど、いつか人狼はいなくなる。あなたが協力してくれるなら、私達は何でもする。ロウに毒を盛った後の逃走ルートは確保するし、そこにいる理一郎があなたを命にかえても守るわ』

「そんな、そんなこと言われても……」

『確かにあなたが捕まれば殺されるかもしれない。でもそれは理一郎も同じよ。私が自分の息子を死なせたいと思う? 母親としての本音は、理一郎にはあなたのことも見捨ててすぐに日本から逃げて欲しい。でもそれは駄目なの。私達は個人の感情を優先させるわけにはいかない。下級市民の平均寿命は49歳なのよ。それがどれだけ異常なことか、あなたならわかるでしょう。あなたを一時的に下級市民にしたのは、彼らの生活を少しでも実感してもらいたかったから。でもあなたが閉じ込められていた二群の収容所なんて、かわいいものだわ。それに結局、すぐに人狼に引き取られてしまったしね。もっと過酷な場所で苦しんでいる人間がたくさんいる。きっと、あなたほどロウに近づける人間はもう現れない。あなたが私達人間に残された唯一の希望なのよ。私達が気づいていると知られる前に、彼を殺さなければ。お願い、どうか私達を助けて』

「……」

途方にくれた僕は横にいた真崎を見てしまう。彼は頭を下げる母親の3D映像に向かって言った。

「この子を助けに、ロウ本人が来るかもしれない。そうすれば私がロウに毒をかけられるチャンスがある。私にやらせてほしい」

『かけるのは最終手段だと言ったでしょう。ロウを確実に殺すなら飲ませないと。警戒されてるあなたには無理だわ』

「でも今のこの子にはなんの罪もない。人間を助けるために死ぬことはない」

『ならば死なないように、あなたが守りなさい。過去が変わったとはいえ、彼が人狼を作ったのは事実よ。その少年は無関係ではないわ』

「しかし母上…」

『誰にでも情をかけすぎるのがあなたの唯一の欠点よ! そもそもあなたがもっと早く逃げていれば、こんなことにはならなかったのに…! ニュースになる前から情報は入っていたでしょう。なにをのんびりしていたの?』

「私は日本にいてこそ、役に立つ男です。そっちに逃げても私が人間のためにできることはありません」

『ならばそこでの役割をまっとうしなさい! 今あなたがやることは、その子に自分の立場を自覚させることよ。薬を彼にわたして』

「母さん、私にはとても……」

真崎は母親を代表と呼ぶことも忘れ、項垂れている。僕は何故か泣きそうになりながら、真崎の母親に言った。

「申し訳ありません、何を言われても僕にはロウ様を殺すことはできません。たとえ人間が強いたげられて死んでいるのが僕のせいでも、僕しか彼らが救えないんだとしても、できません。でもそれは、ロウ様を殺せば僕が殺されるからじゃない。むしろ僕がここであなた達の申し出を断れば、あなた達に殺されるかもしれない。すべてを知っている僕をそのまま人狼の所に返すとは思えないからです。でも、ロウ様を殺すくらいならその方がいい。僕はあの人の事が好きなんです。そしてロウ様を何より大事に思ってるイチ様の事も。あの人が死ぬのは、自分が死ぬよりも他の誰かが死ぬよりもつらいです。だから……本当にごめんなさい」

こんなことを言っていいのかわからなかった。僕のせいで、僕じゃない誰かが今日も明日も、これからもずっと苦しんで生き続けなければならないのに、それよりもロウを死なせてしまうことの方が嫌だなんて。
どこから出ているのかわからない涙が流れてくる。そんな僕を真崎が優しく抱き締めてくれた。

「大丈夫、ロウを殺せなくても、君が死ぬ必要なんかない。私たちの都合で、君の人生をむちゃくちゃしにしてしまった償いはする。確かに君をもう人狼のところに返すことはできないが、私と一緒に日本を出よう。責任を持って、君は私が守る」

『理一郎!』

「ごめんなさい、母さん。でもこの子ができないと言っている以上、そうするしかない」

『ああ……』

真崎の母は泣き崩れてしまい、それを見た真崎はつらそうに目を伏せた。僕はただ彼らの話を、筐底に秘することしかできなかった。


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