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神様とその子供たち
002


「無理です!」

僕はまともに考えることもなく即答した。誰かを殺すなんて考えたこともないし、ましてやロウを殺すなんてあり得ない。

「そんなの絶対無理です。僕にはできません、ごめんなさい」

「この子はまだ子供なんです! そんなこと、頼まないでください」

真崎が僕を庇うように母親に進言する。真崎あすかは意外にもすぐに引き下がった。

『それはそうよね、いきなりごめんなさい。でもあなた、このまま人狼に好き勝手させていいと考えているの?』

「それはもちろん、良くないと思っています」

人狼が人間を差別する世の中がいいなんて思えない。でも、だからといってロウを殺すなんてことはできない。

『本当に? あなたは上級市民で、とても恵まれた生活を送っている。このままでも自分には関係ないって思っているんじゃない?』

「そんなことはありません」

『そうかしら。そもそも下級市民がどんな扱いを受けているかちゃんとわかっているとは思えないけど』

「それは……」

『今もどこかでたくさんの人間が死んでいる。病気だったり理不尽に殺されたり。でも誰も気にとめない。問題にもしない。消耗品扱いされて、死ぬまで使われ続ける人生なのに、皆それを当たり前だと思ってる。人狼がいる限り、日本は一生このままなのよ』

「でも、ロウ様を殺したって何の解決にもならないですよ」

それどころか人狼たちは怒って人間全員滅ぼしかねない。間違いなく人間と人狼の戦争になってしまう。

『あなたはそう言って言い訳していればいいから楽よね。当事者じゃないと思ってるんだから』

真崎あすかの3D映像はとても小さいのに放たれる言葉は威圧的だ。しかし、確かに彼女のいう通り僕はどこか他人事のように思っていしまってる。上級市民だからではなく、ここの時代の人間ではないからだ。

『もし、この人間の扱いが元々はあなたのせいだと言ったらどうする?』

「え?」

謂れのない発言に戸惑っていると、真崎が「やめてください!」と叫びながら素早くホログラム装置のスイッチに手をかけた。すぐに母親がそれを大声で制した。

『やめなさい理一郎。言ってしまったものは取り消せないのだから。それにあなただって、この子にちゃんと説明するべきだと思ってたんじゃないの? 騙しているのは心苦しいでしょうに』

「それはそうですが……」

「あの、僕のせいってどういうことですか? 僕は何もしてません」

良くも悪くも僕は何もできない、ただの人間だ。今はロウに気に入られていたとしても、それだけの話だ。

『理一郎から話してあげなさい。その方がいいでしょう』

「……わかりました」

真崎は母親からの言葉に、僕の方を向いて頭を下げた。一体何を言われるのかと逆に恐くなる。

「まず第一に、君をこの時代に連れてきたのは私達だ」

「…は!?」

「騙していてすまない。受け入れられないかもしれないが、順を追ってすべて説明する。落ち着いて、聞いて欲しい」

落ち着いて聞いてなどいられないが、僕はとりあえず頷いた。驚きすぎて目の痛みを一瞬忘れた程だ。

「私達は人狼に対抗するために作られた組織だ。無秩序に人狼を殺しているテロリスト達とは関係ない。組織の人間の殆どが上級市民で、普段は一般人として暮らし、来るべき時に備えている」

『理一郎は危険を犯して勝手に人間を助けたりするから、人狼達に指名手配されるはめになったのよ。本当に、わが息子ながら馬鹿だわ』

真崎の母がため息をついて彼を非難する。真崎は項垂れながら「申し訳ありません」と謝った。

「私達の祖先は大昔、人狼の支配から逃れて海外へと逃げ延びた。母を始め、組織の人間の何人かは海外にいる。日本にいたままでは、我々の切り札を奪われる可能性があったからだ」

「切り札?」

「どこまで言ってもいいのやら……。詳しくは説明できないが、過去にメッセージを送る通信装置を私達は持っている。だが、いつどんな時代にも自由に送れるわけではない。文字数も制限がある。元よりそれは人工的に作ったものではなく、たまたま過去に繋がる時空の歪みを見つけたといった方が正しい。人狼が誕生する前にメッセージを送れるタイムリミットが間近に迫っていた私達は、これまで何十年も協議を重ね、一つのメッセージを送ることを決めた。それは、君の存在を過去から消すことだ」

「ぼ、僕? 何故ですか…?」

「人狼は、元々日本人が戦争に勝つために人工的に作った兵士なんだ。そして、君が人狼を作った張本人だ。もちろん、それは過去に大人になった君がという話で、現在の君は何もしていないが」

「……!?」

衝撃的すぎて受け止められない。できれば嘘だと言って欲しい。僕が人狼を作っただなんて、そんなことが有り得るのか?

「残された数少ない記録によると、強い兵士を作る計画はずっとあったが、なかなか成功しなかった。政府が望んでいたのは従順なキメラだが、そこまで知能を持たせるのは難しかったらしい。やむを得ず人間の遺伝子を使っていたが、それに適合するのが当時絶滅危惧種だったオオシロオオカミという動物だ。君はその狼の研究の第一人者だった。もちろん、人狼は君だけで作り上げたものではない。しかし極秘の研究だったため証拠になるようなものは殆どなく、動物学者として有名だった君の名前だけが残っていた。君が政府の命令で人狼を作った一人であることは間違いなく、君なしでは人狼は誕生しなかったことは明白だった。だから、君がいなくなれば人狼は生まれてこない。それが我々が導きだした答えだ。ただ、君の存在を消すといっても個人を殺せというメッセージを過去に送るのは禁止されている。それを受け取った過去の人間を納得させるだけの長文は送れないし、当時の君には何の罪もない。正当な理由なく君を捕まえて監禁することもできず、私達は君をこちらに連れてくることを決めた。……ただ、それも大きな賭けだった。君という日本の未来に大きく関わる人間を消せば、何が起こるかわからない。人狼がいなくなるということは、日本が戦争に負けるということでもあったからな。死人はもっと増えただろう。今まで隣にいた人間が次の瞬間には消えているかもしれない。この決定を下した人間全員が、自分の存在も消える覚悟をしての決行だった」

真崎の言葉は震えていた。恐ろしいことをしてしまった、と彼は思っているようだった。

「そこまで……そこまでするほど、ここは酷い世界なんですか」

日本が戦争に負けていたら、たくさんの人が死んでいた。支配する存在が人狼から同じ人間になっていただけの話ではないのか。それは今いる人間を犠牲にしても手に入れたい未来だったのか。

『私達の心配は別にあったのよ』

真崎ではなく、彼の母が僕の質問に答えた。

『人狼が超人的な力を持っていることは知ってるでしょう。寿命が長くて、力があって、賢い。でも本当はそれだけじゃないわ。理屈では説明できない、恐ろしい力を持つ人狼がいること、近くにいたあなたなら気づいたのでは?』

「それって……」

人狼達が自分達の特技と呼ぶ、超能力としか思えない力のことか。嘘を見抜いたり、未来が見えたり、誰かを洗脳したりと彼らの特技は多岐にわたる。

『彼らの力を使えば、やり方さえ間違えなければ日本だけでなく世界を支配できるでしょう。他の国は幸いまだその事に気がついていないから、人狼を少し進化した人間くらいに思っている。でも人狼の持つ本当の力が周りの知るところになれば、束になって人狼を滅ぼそうとしてくるかもしれない。それこそ、日本人全員を巻き込んでも構わないとすら思うかもしれない』

「巻き込むって、人間ごと人狼を殺すということですか?
…そんなまさか」

『島国の日本に彼らがわざわざ上陸して、ちょっとずつ人狼を殺していくっていうの? まとめて空から爆撃してしまった方がずっと簡単じゃない。さすがの人狼でも日本以外の国すべてに束になってかかってこられたら、助かる術はないでしょう』

「他の国がそこまでするとは、とても思えません」

『戦争前の時代から来たんですもの。あなたが平和ボケしてるのは仕方ないわ。周りは今だって人狼がいる日本を驚異に思ってるし、チャンスがあれば植民地にしようとしてるわよ。人狼側もそれがわかっているからこそ、自分達の特別な力をなるべく隠している。日本という国全体が滅ぶ可能性がある以上、人狼がいなくなった方が良いと私達は判断したのよ』

人間が戦争に使うために作っておきながら失敗だったからと消そうとするなんて、なんて身勝手なのか。一番に思ったことはそれだったが、彼らが人狼を作ったわけでもなく、いま生きている人間はみな被害者だ。一方、人狼を作った張本人の僕なんて、彼らには殺したいほど憎まれていてもおかしくない。
しかし真崎の方を見ると、彼はまるで自分が責められているかのような顔をしていた。真崎は絞り出すような声で話し始めた。

「だが結果から言うと、私達は失敗した。君の存在を過去から消しても、違う人間が人狼を作った。過去改変に関係した人間以外からは君の記憶は消え、過去の記録からも君の名前は消えた。ただこの世界は何も変わらなかった。君を無駄にこちらに連れてきてしまったこと、本当に申し訳なく思っている。だから、私はできるだけのことを君にしようと思った。君のことは偶然見つけたふりをしていたがそうじゃない。実行したのは私だ。本当に申し訳なかった」

「……」

何と言えばいいのか。真崎達のせいで僕はここに連れてこられて、結果それは何の意味もなかった。そう言われても、真崎を責める気にはなれなかった。彼らの言葉を信じるならば、そもそも僕が人狼を作らなければこんなことにはならなかったのだ。となると元凶は僕と言っていいのではないだろうか。彼らに謝るべきは僕の方なのか?

「君にはここで、何も知らずなるべく幸せに暮らしてもらうつもりだった。だが今回のことで、私は君を連れて海外へと逃げようとしていた。ただ……」

『私が止めたのよ。仲間の調べによると、あなたは随分ロウに心を許されているようね。これまであなたほどロウに近づくことができた人間はいない。そしてどんな手を使っても、彼を殺すことはできなかった。だからロウを確実に殺すために特注の毒薬を作ったの。あなたには、それをロウに飲ませて欲しい』

「毒!?」

『遅効性の毒よ。飲ませてもすぐには死なないはず。飲ませるのがどうしても無理なら、最終手段として直接かけてもいい。さらに時間はかかるし確実に殺せるかはわからないけど、皮膚から毒が染み込んで何らかの後遺症は残るはずよ』

真崎の母の言葉に僕は思わず立ち上がった。どうしてこの人がそこまでロウを殺したがるのかわからない。ロウがいなくなったら、人間への差別がなくなるとでも思っているのだろうか。

「何を言われても、それだけは無理です! そもそも、人間のためにロウ様を殺すのが間違ってる。どうしてわからないんですか。ロウ様が死んだりしたら、人狼達が何をするか。僕を殺すだけじゃ絶対に済まないですよ」

もしロウを殺されたら、人狼達は怒りと悲しみのあまり見境なく暴走する。あの優しいイチ様ですら、父親を殺されたらどうなるかわからない。間違いなく地獄絵図だ。

『今から言うことを、よく聞いて。もちろん私だってどうなるかちゃんとわかってる。あなたに死ねと言ってるも同然だってことも、例え成功してもたくさんの人間が死ぬということも。でも、彼を殺すことはそれだけの価値があるのよ」


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