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神様とその子供たち
008


肺炎だった、とシンラは言った。

「看病したが、症状がすぐ悪化してずっと苦しんでた。その闇医者は刺し傷とか専門の奴だったから、治せなくて。このまま死ぬのを待つだけなら、安楽死させるのもそいつのためだと言われた」

「どうにか、治療を受けさせる方法は、なかったんですか……」

「非合法の医者は外科医ばっかりだからな。運良く内科医が見つかっても正規の医者にかかるのと殆ど同額の金を取られたろうよ」

「お金なら、払えば良かったじゃないですか」

「だからそんな金俺持ってねぇんだって。お前らを買ったときの何倍の金がいると思ってんだよ」

「人狼ならお金を稼ぐ方法なんていくらでもあるんじゃないんですか。借金するとか、お金を手に入れる方法はいくらでもあるはずです」

「いや、借金って。生活保護貰ってる俺がそんなことしたら本末転倒だろ」

「だったら人間なんて、買わなきゃいいじゃないですか!!」

人狼相手に怒っても何一ついいことなんかない。それはわかっていたのに、僕は自分を止められなかった。

「その写真の子も、夕日も僕も望んでここに働きに来た訳じゃない。よく知りもしない人間に売られて、強制的に連れてこられたんです。それなのに、どうしてそっちの都合で死ななきゃならないんですか?」

僕の言葉にシンラの表情が険しくなった。いや、僕の言ったことを考えれば感情を押し殺している方だ。

「あのな、そいつはここに来たから病気になったんじゃない。もともと身体が悪かったんだ。俺が引き取らなかったら、治療してもらえるどころか放っとかれて死ぬまで苦しんでただけだ。感染症の可能性を考えたら雑に殺されてたかもしれねぇ。楽に死なせてやるのだって、金がかかるんだからな」

「だから何なんですか。あなたでなく違う人がその子を買っていたら、もしかしたらまだ生きていられたかもしれない。そんな運に左右されて生きるこっちの気持ちを、少しでも考えたことありますか?」

シンラに買われなければ助かったかどうかなんて僕にはわからない。仮に治療を受けられたとしても、結果は変わらなかったのかもしれない。僕はなにもその写真の子のことは知らないのだ。その子のためにシンラに歯向かうことも、死を悲しむことも僕には不必要なことなのに、どうしても許せなかった。

「お前が怒るのもわかるけど、俺だってあんなことしたかったわけじゃない。あいつのことは好きだったしな。できることなら生きててほしかった。でも、どうしようもなかったんだよ。俺にできることは全部した」

そうは言っても、病気になったのがシンラの親なり妻なり子供だったりしたら、きっと彼はどんな手を使ってでもお金を用意して治療を受けさせただろう。
しかし彼が特別、人間の命を軽く扱っている男というわけではない。むしろシンラはかなり優しい人狼だと思う。なのに、人間を簡単に死なせてしまうことをよしとしている。
多分きっと、誰も何も彼におしえなかったからだ。彼らにとってはそれは普通のことで、何もおかしいことはない。人狼と人間は違う。その命の価値には天と地の差がある。だから人狼が人間を死なせてしまうのは仕方ない。シンラだけでなく、ほとんどの人狼がそう思っているのだろう。それを鑑みるとあれだけ人間を差別する父親を持ちながら、人間を大事に思う気持ちを持っているイチ様の方がおかしいとすら思える。

「どんなことをしても、お金を払って治療を受けさせるべきだったんです。その子はあなたが殺したようなものです」

むかし僕ら家族が保健所から引き取ったシロも、捨てられて保護された犬だった。なぜシロが捨てられたのかわからない。捨てた人間はその先に死が待っているとは思わなかったのかと今でも思う。シロを捨てた人間に言いたかったことを、僕は今シンラにぶつけているのだろうか。

「お前……さすがに言っていいことと悪いことがあるだろうが。人狼相手に喧嘩売るなんていい度してんな、オイ」

僕の胸ぐらを掴もうとしたシンラの手をとっさに避けようとして、彼の爪が顔に当たった。その瞬間右目に鋭い痛みが走った。

「痛っ!」

少し当たっただけなのに僕の右の瞼は大きく避けていた。血が勢い良く流れてくるのがわかる。人狼の爪の鋭さは人間の比ではなかった。

「お、おい大丈夫か!?」

焦った様子のシンラが傷の深さを見ようと僕の肩を掴む。その瞬間、部屋の窓ガラスが大きな音をたてて割れた。

「!?」

それと同時に一人の男がガラスの破片と共に勢い良く部屋の中へ転がり込んでくる。身体を丸めて衝撃から頭部を守っていたその男は、すぐに起き上がりこちらを見た。

「え……ま、真崎さん…?」

片目だけでも僕には彼が誰なのかわかった。一体真崎がどうしてここにいるのか。一瞬痛みも忘れるほど驚いたが隣のシンラはさらに驚いていた。

「な、何だお前……誰だ?」

逃亡中のはずの真崎はもう警察の制服は着ておらず、全身黒の作業服のようなものを身に纏っていた。髪の毛はボサボサで顔も疲れきっていたが、身体は一回り大きくなっているような気がする。

「どうやってここに……うわ!」

唖然とするシンラの身体がふっ飛び、身体が壁に叩きつけられる。真崎が目にも止まらぬスピードでシンラの身体に拳を突き上げたのだ。


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あきゅろす。
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