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神様とその子供たち
007


僕と同じくらいの人間の少年は、一人写真の中で笑っていた。緊張気味に背筋を伸ばして嬉しそうに写っている。場所はこの部屋のように見えた。どういう写真なのかよくわからなかったが、大事なものかもしれないと思ったので間違えて捨てないように机の上に置いておいた。

その後シンラが起きてくるまで僕と夕日は片付けをしていたので、整理整頓された綺麗な部屋になってきた。シンラは昼になると起き上がってデリバリーで頼んだものを食べる。日用品から何からすべて通販で購入しているらしく、まったく出掛けようとしない。僕が逃げたら困ると思い外出を控えているのかもしれないが、こんなにずっと自堕落に生きている人狼を見たことがなかったので驚いた。
運ばれてくる荷物の受け取り係は僕ではなく夕日になった。僕は逃亡の恐れがあるからだろうが、人狼の足がとても速いのことを知っているので元々シンラが起きている時に逃げる気はない。しかしあのゴーグルをしているとシンラが寝ているのかテレビを見ているのかわからないので困っていた。

掃除はやろうと思えば無限にできてしまうので、程々のところで休憩を入れた。書物の整理をしていて気づいたが、夕日は漢字が読めないようだった。ひらがな、カタカナは問題なかったが、漢字になると簡単なものしか読めない。ニ群は下級市民に教育を受けさせないようにしているらしく、今覚えている漢字は親から教えてもらったようだ。下級市民でも学校に通うことができた一群がいかに特別だったがわかる。

夕日がシンラに自由にしていいと言われた本を読みたそうにしていたので、僕が小声で読み上げた。うるさいと怒られるかもしれないと心配だったが、シンラは聞こえていないのか気にならないのか何も言ってこない。

「カナタ、こんきゅうって何?」

「困窮……困ってるって事かな」

「どんな字か見せて」

夕日は困窮の文字を見て口を尖らせた。

「なんか漢字ってややこしすぎねぇ?」

「困窮の漢字は覚えなくていいよ。もっと簡単で、前向きな意味の漢字から覚えようよ」

掃除からいつの間にか勉強会になっていたが、しばらくして起き上がってきたシンラはそれを見て「二人いると一緒に遊んでくれて助かる」と言って笑っていた。まるで親戚の子供を預かっている叔父さんのようで、一瞬彼に買われているという自分の立場を忘れそうにすらなった。
この部屋で過ごすことに慣れ始めている自分に驚きつつ、夜が近づいてくるにつれて僕は今夜どうやり過ごすか悩み続けていた。多分シンラはマーキングが今夜あたりにはなくなっていると思っているはずだ。しかし恐らく今夜もまだ効果は続いたままだろう。犯される心配がしばらくないのはいいことだが、その矛先が夕日に向くのは困る。

その日の夜、夕日はたらふく食べた後またしてもすぐに眠ってしまった。施設にいた時は電気が夜のわりと早い時間に強制的に消されていたのでそのせいだろう。シンラは昨晩と同じく酒をあびるほど飲んで、すっかり酔っぱらってしまっている。酩酊しながらも夕日をソファーに寝かせてタオルをかけてあげながら、「もっと太らせねーとな」とまともなことを言っていた。

「えーと、僕もこっちで寝ていいですか」

「はあ? 今日こそヤるに決まってんだろ。何言ってんのお前」

酔っぱらっていてもやることはやりたいらしい。このまま酔い潰れて寝てくれないかと願っていたが、わりと意識はハッキリしているようだ。
シンラは僕の腕を引っ張って寝室まで連れていく。ここで抵抗してもきっと無駄だろう。

「わっ」

シンラは僕をベッドに押し倒して首筋や耳たぶにまでキスをしてくるので、自分が恋人か何かなのかと勘違いしそうになる。しかし好きでもない相手にそんなことをされても拒絶反応しかないので、何とか逃げる方法を探していると机の上に昼に僕が置いた写真が見えた。

「あ、あの! シンラ様、その写真……」

「写真?」

僕が指差した先に置いてあった写真を見てシンラの手が止まった。彼はその写真を手にとって、その写真をしばらく見つめていた。

「掃除中に見つけて、大事なものかと思ってよけておいたんです。言うのを忘れててすみません」

「……別に、捨ててくれて良かった。こんなの見たら悲しくなるだけだし」

「えっ」

「こいつ、お前らの前にここにいた子なんだ。自分が写った写真が欲しいっていうから、撮ってやったらめちゃくちゃ喜んでさ。全部捨てたつもりだったけど、その時の写真がまだ残ってたんだな」

「捨てて、しまっていいんですか…?」

「うん。そいつ病気でな。もう死んじゃったから、思い出したくないんだ」

余計なことを言ってしまったと思った。写真も見て見ぬふりをすれば良かったのに。彼が夕日の健康状態を気にしているようなのは、前の人間のことがあったからだろうか。

「そうだったんですね。すみません、僕何も知らなくて」

「いいよ。お前も病気には気を付けろよ。下級市民は保険もきかねぇし、自力で治すしかねぇからな」

「保険がきかない? それ本当ですか?」

それはつまり全額自己負担ということなのだろうか。この時代の医療費がどれくらいかは知らないが、下級市民にそんなお金を払える余裕があるとは思えない。

「お前そんなことも知らねぇのかよ。予防接種以外は、大金払わねぇと何もしてくれねぇ……ていうか実質払える金額じゃないから、治療行為は100パーセントしてもらえないな」

「もしかして、その写真の子もちゃんとした治療を受けられたら、治る病気だったんですか」

「そうだろうな。闇医者にみせた時、大きな病院で治療してやらねぇと治らないって言われたし」

「……何の病気で、亡くなったんですか」

これ以上きかない方がいいような気がした。しかし僕の口は止められなかった。シンラは淡々とした口調で言った。

「あいつは病気で死んだんじゃない。俺が安楽死させたんだ」


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