神様とその子供たち
006
次の日、シンラが一向に起きてこないので僕は勝手に部屋を物色して食べ物を探した。お菓子がいくつかあったのでとりあえずそれを食べた。たぶんシンラならば許してくれるだろうと思いわりと好き勝手やっていた。そうこうしているうちに夕日が起きてきて、僕は自分が食べていたお菓子の残りをわたして食べさせた。
「お、美味しい…! でもこんな美味しいの勝手に食べていいのかな」
「怒られたら僕が責任とるよ。シンラ様、全然起きないから待ってられなくて。それ食べたら顔洗っておいで」
「うん」
年下なのでつい夕日の世話を焼きたくなる。美味しそうにお菓子を頬張る夕日を見ているとどんどん食べさせてあげたくなった。
「あの、昨日のことなんだけどさ……」
食べ終わった夕日が、しょんぼりした顔で躊躇いがちに話し始めた。
「シンラ様の言ってたの、本当なのかな。僕が戻っても、一緒の部屋になった人達に襲われるっていう話」
「え……どうだろう」
下級市民の暮らしがどんなものなのか僕にはわからない。しかし、夕日は僕の目から見ても女の子みたいに可愛い。シンラの話の通りになる可能性は十分あり得るような気がする。
「俺、そんな目にあいたくない。ここにいても、戻っても結局同じなら、どうしたらいいんだよ……」
「……」
なんと夕日に声をかければいいかわからない。僕はいつか助けが来ると希望を持てるが、夕日にはそれがないのだ。もし助けが来てくれたら、ロウかイチ様に頼んで夕日も一緒に連れていこう。そのためには夕日にはここにいてもらわなければならない。
「ハッキリとは断言できないけど、シンラ様はかなり良心的な人狼だと思う。戻るよりはここにいた方がいいんじゃないか。戻っても、夕日ならまた別の人狼に売られる可能性もあるし、その人狼がシンラ様より怖い相手だったら大変だろ。ここなら、僕もいるから助けられるし……」
安心させるような優しい声で夕日を諭す。夕日も僕の言葉に賛同するように頷いてくれた。
「でも夕日はギリギリまで迷ってるってことにしとこう。そんな急に覚悟は決まらないと思うし、その間は僕がシンラ様の相手をするから」
問題はいつまでロウのマーキングの効果が続くか、そして助けがいつ来るかということだ。僕が駄目となるとシンラは夕日に手を出してくるかもしれない。
「礼人は……い、嫌じゃないのか?」
夕日がめちゃくちゃ遠慮がちに訊ねてくる。僕が平気そうな顔をしているのが信じられないのだろう。
「そ、その…痛くねぇの? かな、とか思って」
「そりゃできたらやりたくはないけど、上手な人ならそこまで痛くないよ。というかむしろ……」
気持ちいい、と言いそうになって思い止まる。口ごもる僕を見て、夕日はいけないことを聞いてしまったと思ったのかそれ以上問い詰めてはこなかった。ロウとの間にあったことに僕はもっとショックを受けるべきなのだが、気持ちいい記憶ばかりなのは何故だ。
「ありがとう。全部礼人に押し付けてごめんな……」
「気にしないで。僕は人狼のところで働いてたから色々慣れてるんだよ」
それからしばらくして、酷い顔をしたシンラがようやく起きてきた。二日酔いだからなのか、それとも寝起きはいつもこうなのか。
「おはようございます。大丈夫ですか?」
「………水くれ」
「はい」
冷蔵庫をのぞいていると「常温がいい。水道水くれ」と言われたのでキッチンの水道から水をコップにいれる。僕から受け取った水を一気に飲み込むと、深くため息をついた。
「ふーー……」
「朝御飯は用意しますか?」
「いや、朝は食わねぇ」
この人狼、現在何歳なのかはわからないが早死にする生活を送っていそう。正座して待機する夕日を見て、シンラは笑って声をかけた。
「そんなに畏まらなくていいから。ユウヒ、お前はメシ食ったのか」
「あ……はい」
「僕が部屋にあったお菓子をいただいて、夕日にもあげたんです。すみません、勝手に」
「多めに買ってるからどんどん食え、もっと食っていいぞ」
シンラは夕日に向かって言っていたのでどうやら夕日の身体の細さが気になるらしい。僕も栄養失調を心配してしまうのでもっと太らせたかった。
「ユウヒはここに残るかどうか決めたのか?」
「……あ、ま、まだです。…すみません」
「いいけど。早めに決めろよな。ただ飯食わせるのも限界あるし」
「……」
申し訳なさそうに俯く夕日を見て、このままでは残りますと口走りそうだと思ったのですぐさま話題を変えた。
「あの! シンラ様の今日の予定は?」
「あ? 何もねぇけど」
少し不機嫌な声だ。どうやら無職というのは本当で、無職の人に予定を聞いてはいけないらしい。
「昼はまた出前をとるから、何がいいか選んでくれ。おやつも頼んでいいぞ。タオルとか歯ブラシとか下着とか、ここに入ってるから勝手に取って。娯楽がほしいならゲームもあるからな」
至れり尽くせり、というか慣れている対応だ。今までも人間と一緒に暮らしていたことかあるのだろう。
シンラはその後いつものテレビが見られるゴーグルをしてふかふかのソファーに横になってしまう。もしかして毎日彼はずっとこういう堕落的な生活をしているのだろうか。
シンラの邪魔にならない程度に夕日と一緒に掃除を始める。いらないゴミは昨日あらかたまとめたので、拭き掃除や整理整頓をしていた。夕日は見るものすべてが珍しいのか、手がすぐに止まってしまうのだがそれがまた可愛かったので、夕日に質問されるとわかる範囲で答えていた。
「あれ……」
整理中に見つけた一枚の写真を見て手が止まる。そこには見知らぬ人間の少年が写っていた。
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