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神様とその子供たち
004


「あの、シンラ様。お話ししたいことがあるのですが」

「なに?」

正座する僕を見て、シンラがメガネを置いてこちらを見る。どうやらちゃんと聞いてくれるようなので、一呼吸おいてなら口を開いた。

「僕は……突然誘拐されて、無理やり下級市民にされたんです。僕の勤め先の主人が今も僕を探しているはずなので、何とか連絡を取りたいんですが……」

「………」

「あの、シンラ様?」

「あ、悪い。予想外のこと言われたからビックリした」

それはそうだろうと思うのだが、彼は今の話を信じてくれたのだろうか。僕の言葉をしっかり吟味しているのか、しばらく考えこんでから口を開いた。

「誘拐って、そんなことして誰が得すんの?」

「それは…僕にもわかりません……」

色々と考えてはみたものの、さっぱり理由が思い付かない。なぜあそこでハクア様共々襲われたのか、どうして僕だけ拐われたのか。

「誰か偉い人間の恨みでも買ったとか?」

「あまり人間に知り合いはいないので、それはないかと思うんですが」

「てか、そのお前の主人って誰だよ」

「それは……」

僕はその時ロウと一緒にいたわけだが、相手がロウだと言って信じてもらえるだろうか。一部には僕の存在は知られていたが、シンラが知っているとは限らない。むしろ知らない可能性の方が高い。人間嫌いのロウが僕なんかを側に置くはずかないと思われてしまうだろう。

「一群の、イチ様です」

「イチ様ぁ?」

ロウよりは信じてもらえるだろうと思ったが、シンラは仰天していた。僕も彼の立場ならもっと信憑性のある名前を出せと思っていただろう。しかしここで嘘を言うわけにもいかない。

「イチ様が最近人間を雇ったという話を聞いてませんか」

「それは知ってるけど……ニュースにまでなってたからな」

「それが僕なんです。本名は阿東彼方と申します。あそこに入れられたとき、名前も何故か変えられていて僕も何がなんだか……」

「……」

シンラは僕の話を聞いて、やはりすぐには何も言わなかった。嘘だと決めつけて呆れているのか、本当かどうか迷ってくれているのか。

「お前、誘拐だとか言ってたけど、イチ様の家は一群でもめちゃくちゃ安全で治安のいいところにあるんだろ。監視カメラだらけだって聞くし、どうやって誘拐なんかされるんだ?」

「その時、僕は下級市民エリアにいたんです」

「何で?」

「……どうしても、行きたいところがあって、こっそり抜け出しました」

「行きたいところってどこだよ」

「それは……」

まさか、テロリストの容疑がかけられている真崎に頼まれたからとは言えない。しまった、もう少し考えてからシンラに話すべきだった。
いい淀む僕を根気よく待ってくれていたシンラだったが、彼は立ち上がって冷蔵庫の前までいき中からビールを取り出して一気飲みした。

「なんか訳ありなんだろうが、駄目だな。お前をここから出すわけにはいかねぇ」

「どうしてですか!?」

「しょうがないだろ。お前の言葉には矛盾があるし、俺にはリスクがデカすぎる上に何のメリットもねぇ。お前がちゃんとした説明もできねぇのに、協力なんかできるかよ」

「……」

シンラの言うことがもっともすぎて反論の余地がない。僕はとにかく焦っていた。僕が突然いなくなったことで、今も色んな人に心配かけているかと思うと冷静になれなかった。それに頼まれたこともできず突然消えてしまった僕を真崎はどう思っているだろう。僕のことは気にせず、遠くに逃げていてくれていれば良いが。

「そもそも俺、イチ様どころか一群にすら知り合いいねぇし確認するのも難しいわ。人狼なら全員繋がってるとか思ってんなら間違いだぜ〜〜」

「すみません、突然おかしな…困らせるようなことを頼んだりして」

「うーん、てか仮にそれが本当でも、お前までいなくなったら俺大損だしな。ユウヒは戻しても半額返ってくるけどお前はそうじゃねえし、それどころか俺がイチ様に訴えられたらどうすんだよ。ヤベーだろ。こっちは余分な金なんかねぇんだぞ」

「イチ様は訴えたりはしないと思いますが……、おっしゃる通りです。もう、忘れてください」

ここまで言われるとシンラに話すんじゃなかったという後悔しかない。「普通に忘れるとか無理だけど」と笑いながらシンラはどんどんビールを喉に流し込んでいた。

その後シンラはチキンをつまみにしてたらふくビールやその他様々な酒を飲み、最後は自分のベッドの上でつぶれてしまった。もっと僕を警戒するようになるかと思ったが、酔っているせいかどこまでも無防備だ。
ユウヒはソファーの上に寝かせて、僕はまずこの家の電話を探した。携帯をズボンのポケットにでも入れてるのかと思い危険をおかして彼の着衣にも触れたがどこにもない。あってもロックがかかっているかもしれないので、探すのはそこそこに深夜をまわったところでここから逃げ出す準備を始めた。外は肌寒そうなので爆睡中のシンラの横で彼の服を拝借し、玄関へと向かう。ここを出てからのことは考えていないが、次にこんなチャンスがいつあるかわからない。とにかく外に出て誰か人間に助けを求めよう。

玄関の扉のカギを開けて出ようとしたが、扉が何故か開かない。昼間は簡単に開いたのに何故だ。ここはかなり高い階にある部屋なので、この玄関扉以外からは逃げられない。

「夜は俺以外が解錠できないように設定してあるの、知らなかったか?」

「……!」

突然声がして振り返ると、そこには寝ぼけ眼のシンラがいた。今の今まで寝室で眠っていたのに、どうして。

「さすがの俺でもお前が逃げるのくらい予想つくわ。あんまり長いことドアノブガチャガチャやってたら警報なるから止めに来たんだよ。せっかく気持ちよく寝てたのに、目ぇ覚めちまっただろ」

「すみません……」

こうなったらとにかく謝って許してもらうしかない。僕はその場で頭を下げてとにかく謝罪した。するとシンラは僕の手を取り、顔をあげさせた。

「もう勝手に逃げ出したりしないように、しっかり躾とかねぇとな……」

「えっ」

シンラの手が僕の身体に直接触れる。ひんやりとした手に触られて慌てて逃げようとしたが、シンラがそれを許さなかった。

「お前、まさかここに自分がいる理由忘れた訳じゃないだろ」

「……!」

しまった、と思ったときにはもう僕の身体は持ち上げられ、寝室まで運ばれる。ベッドの上に投げられて、僕にはどこにも逃げ場がなかった。


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あきゅろす。
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