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神様とその子供たち
004


日差しを受けて輝く銀髪に、吸い込まれそうになるくらい美しい瞳。そして大きくて立派な狼の耳。写真で何度も見たこの国の人狼の王、ロウだった。

なぜそんな大物がこんなところを歩いているのかと驚いていると、彼が首をかしげながらまじまじとこちらを見てくる。何度かピクピクと耳も動くので頭上から目が離せない。

「ん? 何だよそんな熱い目で見つめてきて。さては俺があんまり男前だから見とれてんだな〜」

「君主様……」

「は?」

圧倒された僕はつい彼の名を呼んでしまうが、本名を呼んではいけない事はちゃんと覚えていた。しかし彼は顔をしかめている。何か粗相をしたかと焦る僕をよそに彼は突然笑いだした。

「はははっ、まいったなぁ俺ってそんなに似てる? でも残念ながら人違い。あいつはこんなとこ一人で歩いたりしねぇよ」

「……違うん、ですか」

「うん、俺はナナ。気軽にナナ様って呼んでくれてかまわないぜ」

気軽にといいつつ様付けなのと彼の気さくな態度に思わずふふっと笑ってしまう。人狼相手に笑っている場合ではないと慌ててお通夜のような顔を作ったが、ナナは気にもとめていなかった。

「坊主、そんな狭苦しい場所で何してたんだよ、昼寝?」

「いえ、ちょっと探し物を…」

「へぇ。俺も一緒に探してやろーか」

「えっ!? いえいえとんでもない!」

彼の提案に首がちぎれそうなくらい勢いよく横に振る。そもそも探し物が何かもわからないのに、よく知らない人狼様にそんなことをしてもらうわけにはいかない。危険だと思っていた相手に親切にされて、どう反応すれば良いのかわからなかった。

「そお? まあ俺もあんま時間ねぇしなー」

「あっ」

ふいに向こうから凄いスピードで走ってくる真崎の姿が見え、思わず立ち上がって姿勢を正す。僕が絡まれていると勘違いしているのかもしれないが、必死の形相だ。ナナと名乗った男も振り返り真崎を見てため息をついた。

「何だ男連れかよー。しかもあれって……軍の偉い人じゃん」

ナナには見ただけで真崎がどんな立場の人間かわかるらしかった。やはり制服を着ているからなのだろうか。息を切らしながらあっという間に走り寄ってきた彼は早速深々と頭を下げた。

「申し訳ありません。この子が何か……って、七貴(ナナキ)様?!」

ナナの姿を見て真崎が飛び上がるほど驚く。彼はナナをロウとは間違えなかったらしい。

「なぜこのような所に……」

「例の事件で、盗まれたものがないか確認しに駆り出されたんだよ。十貴長の誰かが立ち会わないといけねーらしいから! そんなの近場のイチにやらせりゃいーのにさぁ。あ、楽にしていーよ」

「はっ」

かっちり敬礼をしていた真崎が手を下げ休めのポーズを取る。威厳ある真崎がこんな若者にここまでへりくだるなんて、余程人狼というのは特別な存在なのだろう。今からでも土下座しておいた方がいいだろうか。

「もしかしてこいつ、あんたの子?」

「いえっ、訳あって一時的に保護してる少年でして」

「なにそれ、もしかして孤児とか?」

「はい」

「ふーーん」

明らかに普通の人間とは違う大きな肉食獣の目にまじまじと見つめられ身がすくむ。尖った歯がちらりと覗いてこのまま噛みつかれたら即死だろうななんて場違いなことを考えていた。

「こいつの身の振り方に困ってんなら、俺が引き取ってやってもいいけど?」

「え!? はっ、いえ、七貴様にそこまでしていだくなんて恐れ多いです。お気持ちだけありがたく…」

「うーん、口説き落としてぇけど時間がないな。また機会があればってってことで。じゃあな」

ぽんと真崎の肩を叩くと僕に手を振って歩いていってしまう。長い銀色の尻尾が左右に楽しそうに揺れていて、僕はずっとその後ろ姿をとりつかれたように見つめていた。

「……っ、驚いた。まさか七貴様がいるとは」

人狼がいなくなってから、冷や汗をかいているようにも見える真崎がほっと息を吐く。彼も人狼相手には緊張するのだろうか。

「知りあいの方だったんですか」

「一方的に私が知っているだけだ。君がとって食われなくて良かった。何か彼に不用意な事を言わなかったか?」

「もちろん……多分」

「多分?」

「大丈夫です! ただあの人、とても親切な方だったので…」

だから油断してしまったのは事実だが、余計なことを何も言っていないはずだ。動画と写真では冷たい印象しかなかったロウと同じ顔だっただけに、ナナが余計に愛想よく思えてしまう。

「彼、君主様にそっくりですね。本気で間違えました」

「ああ。彼は君主様の子供の一人だからな」

「えっ?! じゃ、じゃああの、例の10人の一人なんですか」

歴史の資料によると、ロウとその10人の子供たちは日本の救世主と言われている。もしかすると僕はすごい有名人と会話してしまったのではないだろうか。

「そうだ、よく知っているな。彼は特に君主様と似ておられる。気さくな方だが、気を付けろ。彼は──」

「彼は?」

「あ……いや、七貴様はああみえて推進派の一人なんだ」

「推進派?」

「身分制度推進派。要はもっと人間と人狼の格差が広がるのを望んでるってことだ。ところで、手がかりは何か見つかったのか」

「い、いえまったく……」

何となくはぐらかされたような気がしたが、絶望的な状況を思い出しそれどころではなくなる。期待はするなと言われていたが、手詰まりになってしまった以上これからどうすればいいのか。

「私もここの管理責任者に話を聞いたが、何かおかしな物が落ちているということはなかったそうだ。監視カメラの映像を見られれば何かわかるかと思ったんだが……」

「カメラがあるんですか!? で、何か映ってましたか!」

そんなものがあるなら早く言って欲しかった。もしかするとそこにあの夜の一部始終が映し出されているかもしれない。しかし期待に目を輝かせる僕に申し訳なさそうにして真崎は首を振った。

「実はその日の夜、ここら一帯の警備システムが一時的にダウンして、君がいた時間の映像がいっさい残っていなかった」

「えっ……そんな、そんな偶然ってあるんですか?」

僕をここに捨てるために誰かがわざとやったのだろうとしか思えない。しかしいったい、誰が何のために?

「わからないが、ここには歴史的に貴重な文化財が保管された博物館もある。それを狙っての犯行かと思ったが、今のところ盗まれたものはない。事故と事件両方の可能性を探っている。だが警備システムを意図的に故障させるなんてただ者じゃない。事件とは考えたくないな」

「でもその事故、とても偶然とは思えないんですが……」

「確かに。ただ、もし君が関わっていたとして、君をそうまでしてここに捨てていく意味がわからない。カメラもセンサーもない場所なんて他にいくらでもある」

「……確かに」

考えれば考えるほどわからなくなる。もしかすると僕をここにつれてきた黒幕なんて存在しなくて、僕はただ超自然現象的な何かでタイムワープしてしまっただけなのかもしれない。もしそうなら、自分はどうやって自分の家に帰ればいい。もう僕がいなくなったことはとっくに親も気づいているだろう。向こうでは大騒ぎになっているに違いない。

「だが私が君を見つけられたのはまさにその事件のおかげだ。その夜私は家にいたが、現場と自宅が近かったから出動命令が出たんだ。キャビーでこの辺りに向かう途中、戸守の無線を拾って駆けつけることができた。ラッキーだったよ」

「……そう、だったんですか」

もしこれが本当に偶然なら感謝しなければならない。真崎に助けてもらえなければ確実に逮捕されていただろう。今更だが、真崎はかなり頭の回る大人だ。疑わしすぎる僕をよく観察して、無罪だと判断し保護してくれたのだから。

「そうだ、博物館は一時的に閉鎖されているが、隣の資料館の方は入れる。この国の事を学ぶいい機会だから見に行こうか。ほら、あそこにある建物だ」

彼の指差す方向を見ると近代的な大きな建物が目に入った。全面ガラス張りで高さはなく、1階建てのようだ。僕は頷いて真崎と並んでそこへ向かった。


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