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神様とその子供たち
奪還


ここを出たい目的はもう一つある。上級市民のエリアはいたるところに監視カメラがあり、人が集まるところにはカメラ付きドローンまで飛んでいる。この人狼が住んでいる場所もきっとそういった地区だろう。移動中、僕の顔が監視カメラに映れば居場所をロウ達におしえられるかもしれない。何にせよ、いまだに助けがきていないことを考えると、こんなところに閉じ込められていては僕は見つけてもらえない可能性が高い。

しかし僕の目論みは見事に外れてしまった。僕たち二人の腕のコードに特殊なシールを貼られたかと思うと、大きなスーツケースに入るように促された。どうやらこっそりここから出るための方法らしい。抵抗しても仕方ないので僕と夕日はそれぞれ目の前のスーツケースの中に入った。夕日は恐らく余裕だったろうが僕にはとても窮屈だった。体を丸めた状態で暗いケースの中に入っているのは怖く、心臓の鼓動がいつもより激しく打っていた。
しばらくしてようやく動きがあった。スーツケースが運ばれてどこかに移動させられている。一度持ち上げられて横向きにされたので何か乗り物に乗せられているのがわかった。

ずいぶん長く感じたがおそらく数十分後、振動が止まった。目的地についたらしい。外で誰かが何かしゃべっている声がするが聞き取れない。雑にスーツケースが運ばれて身体が痛かった。そうしてようやく、ケースが開けられ僕はあわてて中から飛び出した。隣ではおなじく夕日がいてほっとした。

辺りを見回すとゴミや物が散乱していて部屋の全貌が見えないほど散らかっていた。唖然としている僕の前でシンラが
唯一スペースのあるソファーに座って僕らを見下ろした。

「やっぱ二人は要らなかったかな……二人もいると部屋が狭く感じる。お前ら、とりあえずこの部屋片付けろ。それが最初の仕事だ」

「わかりました」

「よろしく」

「あの、この家の全ての部屋に入ってかまいませんか?」

「入らねぇと掃除できねぇだろ。終わったら起こしてくれ」

そう言って男はソファーの上に横になって目を閉じる。僕と夕日は目をあわせて、この部屋の惨状を確認した。

シンラが眠ってしまったことをいいことに僕はこの家の間取りを確認しようとしたが、すぐにここが屋敷ではなくマンションの一室だということに気がついた。ベランダから外を覗くと少なくとも10階以上の高さがあった。下から見る町並みはそれほど都会ではなく、ここは二群の中心地ではないのかもしれない。シンラから聞き出せそうなら後で確認しておこう。

部屋はリビングと寝室しかないもののとても広く、にもかかわらず足の踏み場がなかった。夕日がゴミ袋を見つけてくれたのでそれを使ってゴミとそうじゃないものに分別する。ついでに玄関から出られないものかと試したくなったが、逃亡がバレて失敗したら大変なので今はやめておいた。あの無防備な人狼相手ならきっとまたチャンスはあるはずだ。

ゴミの殆どは缶ビールであの人狼かなりのアルコール依存症なのがすぐにわかった。シンラはこれまで出会った人狼とはかなり違うタイプに見える。

「夕日、ちょっと」

隙を見て夕日に小声で話しかける。シンラは隣のリビングでまだ寝ているようだ。

「夕日はシンラ様が何で僕らを雇ったか、わかってる?」

「何でって、そりゃ家を片付けてほしかったからじゃ……こんなに散らかってるし」

「それなら二人もいらないだろ。僕たち二人とも金で買われたんだぞ」

「じゃあなんで?」

「それは……」

まだ子供の夕日に僕の憶測でしかない話をしていいものか。しかし、知らないままであの人狼にいきなり襲われたりしたら夕日のショックは計り知れないだろう。その前に夕日ごとここから逃げ出すのが一番だが。

「夕日はシンラ様のこと、どう思う」

「どうって、やっぱ人間とは違うなって思ったけど。顔とか体つきとか」

シンラはたしかに人狼だけあって顔は整っているが、目に生気がない。アル中ならまともではないかもしれないし、安易に助けを求められる相手ではないだろう。

「でも想像より力とか強くてちょっとビビっちまったから、礼人が一緒で安心した。返品もありとか職員が言ってたけど、どっちか返されたりすんのかなぁ」

そうなったら困る、と夕日が不安そうにそんなことを言うので思わず抱き締めたくなった。こんな女の子みたいに細い夕日があの男に襲われるなんてことがあったら死ぬ気で止めに入らなければ。

それから二時間かけてゴミの分別のものの仕分けをしていると、目覚めたシンラが声をかけてきた。

「お、二人だと片付くのも早いな」

「シンラ様」

「今からデリバリーが来るから、配達人が来たら代わりに受け取っといて」

「わかりました」

「あと俺風呂はいりたいから先そっち掃除してくんねぇ?」

「はい」

「前の人間やめさせてから掃除してねぇから、念入りによろしく」

前までイチ様の家で掃除をしていたのでその辺は慣れている。シンラは再びソファーに横になって水中メガネのようなものを装着した。この時代のアイマスクなのだろうか。気になりつつも僕は夕日と風呂場の掃除を始めた。浴室は広かったので二人がかりでも十分なスペースがある。汚部屋だったのですぐにはわからなかったが、人狼が住んでいるだけあってここはかなり高級なマンションだ。シンラは酒に溺れているように見えるが、人狼はもしかすると酒をたくさん飲んでも大丈夫な身体なのかもしれない。だとすれば、まともに話し合う余地のある相手と考えてもいいだろうか。
缶ビールに紛れてプラスチックや紙の容器も捨ててあったので、日頃からデリバリーで食事をとっているのだろう。彼はいったい何の仕事をしているのだろうか。


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あきゅろす。
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