神様とその子供たち
004
部屋には二人の男が入ってきた。一人の男はここで働く人間の制服を着ていたが、もう一人の男は背が高く、銀髪で私服を着ていたので人狼だとすぐにわかった。
「すごい、人狼様だ…!」
夕日が小声でそう言いながら膝をついて頭を下げたので隣にいた僕も慌ててそれに倣う。人狼相手にここまで敬った挨拶をする習慣がないので隣の夕日の真似をするしかない。
「シンラ様、この二人が新しく入った人間です。おきに召すかわかりませんが好きに見てください」
「ああ」
人間の媚びた声に冷たい人狼の声。足音で段々とこちらに近づいてくるのがわかった。
「頭をあげろ。顔が見えないだろうが」
僕らにぶつけられた人狼の言葉に恐る恐る顔を上げる。シンラと呼ばれた人狼は、その他の人狼と同じく整った顔をしていた。年齢はイチ様と同じくらいだろうか。しかし、今まで見てきた人狼とは人種が違うように見えた。高貴さや上品さは欠片もなく、斜に構えた哀愁漂う野良犬のような見た目だ。
「うそだろ、めっちゃくちゃ可愛いな」
男は僕と夕日を交互に見て、夕日の方で視線を止めた。彼の顎を掴んでさらに上を向かせる。驚いた夕日が反射的に逃げようとするもその人狼は夕日の首を掴んで離さなかった。
「うっ」
「面だけ見たら女だ。ちょっと痩せすぎだけど、まあそこは適度に太らせればいいわけだし」
「夕日っ」
苦しそうな夕日の姿を見て思わず名前を呼んでしまう。僕の声に驚いた男が手を離すと夕日が喉を押さえて咳き込んだ。
「げほっ…げほっ」
「大丈夫?」
夕日は僕にとっては年下の少年だ。自然と自分が彼を守らなければという意識が働く。
「こっちのうるせぇのはほんとに15か? 体つきしっかりしてんな」
「この男はついこの間まで上級市民だった者です」
「へぇー、珍しい」
「わっ」
男が無遠慮に身体を触ってきたのでつい声をあげてしまう。男は真剣な表情で品定めするような視線を向けてきた。夕日は怖かったのか僕の腕をすがるように掴んでくる。
「さて、どっちにするかな……。顔は細いのが断然好みだが、健康的な方が色々楽だ。前に病気持ちに当たったときは面倒だったし」
もしかして、と心の隅で不安に思っていたことだがこの男、僕らを女代わりの性欲処理に使う気ではないだろうか。人狼の世界では気軽に手を出せる人間の男を囲う悪習があると聞いている。夕日も目の前の男が善意で下級市民を雇おうとしているわけではないと気づいたのか、シンラに対して怯えた表情を見せている。
「でもやっぱ、これだけ可愛いのはレアだよな。ここで買わなかったら後悔しそうだし、やっぱこっちのちっさい方に」
「あの!」
こいつに夕日を連れていかせるわけにはいかない。そう思ったら思わず声を出していた。
「僕を選んでいただけるなら、何でもします」
「は?」
「お望みのことは何でも申し付けて下さい。けして反抗いたしません、何をされても」
僕の目には、シンラがイチ様のように人間を優しく扱ってくれるようにはどうしても見えなかった。この男が夕日を連れていってしまったらもうどうすることもできない。なんとかして、夕日ではなく僕を選ばせたなければ。
「上級市民だけあってよくわかってんじゃねぇか。わかってて志願するなんて、よっぽどここの生活が嫌なんだな。さて、どうしたものか……」
「シンラ様、一つ提案がございます」
隣にいた男が小声で何かを申し出る。悪巧みをする人間の表情をしていた。
「二人一緒で、このお値段にまで下げられますが」
「二人まとめてか。その発想はなかったな……」
「ひと月以内でしたら、半額返金も可能ですので」
僕らはもしかして、この上級市民の男に売られようとしているのだろうか。だとしたら雇用されても給料は見込めないし、完全に人身売買だ。奴隷だ。違法だろうと思うが、下級市民に人権はないのだろう。
「わかった、今回は二人買おう」
「!」
僕だけでなく夕日も買われてしまった。いやでも、一緒にいけるのだからもしもの時は一緒にシンラの所から連れ出してもらえばいい。助けが間に合いそうになければ、彼と一緒に逃亡する必要もあるが。
「ありがとうございます、シンラ様。喜べお前達、今回は特別に二人とももらい受けて下さるそうだ。何をしている、早く頭を下げてお礼申し上げろ」
僕と夕日は再び膝をついて「ありがとうございます」と頭を下げた。とにかくこの下級市民エリアから出られれば、ロウ達に見つけてもらえる可能性はぐっと上がるはずだ。だからこれでいい、と自分に言い聞かせながらも、僕はシンラという人狼のところに行くことがとても恐ろしかった。
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