神様とその子供たち
002
「俺のことは夕日でいいから。あんたは礼人……礼人でいいわけ?」
「ここではもうそれでいきます……」
「礼人はいくつ?」
「……15」
「俺と同い年じゃん!」
少し話すとわかったが、森本夕日は可愛い顔をしているだけでなくとても気さくで社交的な少年だった。年齢が同じだとわかると(本当は僕の方が年上だが)、仲間意識が芽生えたのかさらに友好的になった。僕が今まで上級市民だったことを知るととても心配してくれた。
「噂できいたんだけど、上級市民は職業も住むところも自由に変えられるんだろ。そんな世界で生きてきた奴が下級市民に落とされるなんて、………何やらかしたんだ?」
「何もしてないんだよ! こうなったのは何かの間違いなんだ」
「上級から下級になった奴はみんなそう言うって俺の親父が言ってたけど」
「僕は本当に誤解なんだってば!」
礼人という名前にはまったく慣れない。ようやく阿東彼方に馴染んできたところだったというのに。
「下級市民の暮らしって、そんなに自由がないの?」
「二群はまだマシだよ、一群の隣の群れだし。二貴のクロウ様は君主様と同じ推進派だけど、イチ様の目と鼻の先では滅多なことはできないんだってうちの親父が言ってた」
「イチ様……」
彼の名前が出た瞬間里心がついてしまう。彼のいる場所が僕のここでの故郷になってしまったので、会いたくてたまらない。
夕日によると、下級市民は住む場所と仕事を上の人間に決められて休みは月に二度しか許されていないらしい。夜10時以降はこの建物のこの部屋から出ることを禁止されており、外から施錠されるとのことだ。
「そんなの刑務所と一緒じゃん。鉄格子はないけど、ここは牢屋みたいなものだろ」
僕の言葉に夕日がむっとする。しまった、失礼なことを言ってしまった。
「刑務所なんかじゃなよ。ここだって俺が前に住んでたところよりずっといい部屋だし」
「夕日もここに来たばかりなの?」
「うん。ちょっと前まで家族と住んでたんだけど。15になったからここに移された」
「15歳になったら、家族と離されるの…?」
「? それはみんなそうじゃないの?」
「……」
そんなはずはない、と言いそうになったがここでの生活をとやかく言わない方がいいと思い、口をつぐんだ。そんな若いうちから強制的に親と離されるなんて寂しすぎる。もしかして二度と会わせてもらえないのだろうか。親だってこんな可愛い子供と別れるのはさぞ悲しかったことだろう。けれど夕日にとっては普通のことなのか、僕の目には平気そうに見えた。
「そうだ、ここでは女の子ってどこにいるの? 同じ建物にいる?」
「お、女の子?」
僕の質問に怪訝な表情をする夕日。当然の反応だ。今の僕は冷静じゃないせいか思ったことをすぐ口にしてしまう。
「あの、変な意味じゃなくて、ここに連れてこられる直前、人狼様の女の子と一緒にいたんだ。もしかしたら彼女も僕と一緒に捕まえられたんじゃないかと思って」
「そんな高貴な方がこんなところにいるわけないじゃん。もし女の人狼様がこの辺りで行方不明なんかになったりしたら、ここいらの人間は全員処刑されるに決まってる。考えただけで恐ろしい……」
「そ、そうだよね」
さも当然、という口調で夕日が言うのでつい同調してしまったが本当だろうか。でももし彼の言う通りならハクアが無事でいる可能性が高くてほっとした。自分のことは気にせず逃げてと言ってくれた彼女が酷い目にあっていたらどうしようと心配だったのだ。それに誘拐されていないなら、彼女が僕のことを誰かに話してくれているはずだ。ならばきっといつかロウは僕を見つけてくれる。
「でも女性の人狼様と一緒にいたなんてすごいな。俺は友達が想像で描いてくれた絵でしか見たことないや。この世のものとは思えないくらい美人って本当?」
「えっと……そうだね。ハクア様は美人だよ」
夕日が目を輝かせて質問してくるのでとりあえずそれに答える。ハクアがどれだけ綺麗かということを一通り伝えると、夕日はしばらくはしゃいでいたが、騒ぎすぎたと思ったのか大人しくなった。
「ここで夕日はどんな生活をしてるの? 日中は仕事をするんだよね?」
自力で脱出できそうにない以上、誤解がとけて誰かが迎えに来てくれるまで僕は下級市民としてここで暮らしていくしかない。力もなく世間知らずにも程がある僕にできる仕事であることを祈るばかりだ。
「礼人は何もきいてないわけ?」
「? 何が?」
「若い人間を一人雇いたいっていう人狼様がいるから、その方に会うまで仕事は免除されてるんだ。万が一にもその前に怪我なんかしたら大変だから」
「それは……就職面接ってこと? 何の仕事なの?」
「住み込みの家政夫らしいよ。その人狼様に気に入られたら、上級市民のエリアに住めるんだって。すごくないか?」
「それはすごいけど……」
僕がイチ様のところで働いていたのと同じパターンだろうか。だが一つ気になるのは上級市民ではなく下級市民を雇おうとしているところだ。普通、人狼の家で働く人間は僕の知る限りでは全員上級市民だ。なぜその人狼は下級市民から選ぼうとしているのだろう。
「どっちが選ばれても恨みっこなしだからな、礼人」
夕日にそう言われて僕も選ばれる可能性があることをに気づく。その人狼の信頼を得ることができたら、僕の居場所をイチ様かロウに伝えることができるかもしれない。
「わかった。僕も選んでもらえるように頑張る」
夕日に宣戦布告すると彼はにこっと笑って「家事は絶対俺の方ができる」と言った。可愛くて素直な夕日相手に勝ち目があるのかわからないが、ここから逃げ出すためなんとしてもその人狼に気に入られなければならなかった。
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