神様とその子供たち
下級市民
揺れるような振動で目が覚めた時、僕は冷たい床の上に寝かされていた。目の前に見知らぬ男がいて慌てて起き上がると後ろ手に縛られていることに気づいた。
「だ、誰…!?」
「起きたか」
髭のはえた中年の男は、作業服のような格好をしていて胡座をかいて座りながら僕を見ていた。状況を把握しようと辺りを観察するも、トラックの荷台のような窓のない乗り物に乗せられている事しかわからなかった。移動中なのか、振動がやけに響く。
「ハクア様は!?」
「は? 誰?」
さっきまで隣にいたハクアの姿はここにはない。それがいいことなのか悪いことなのかもわからない。
「僕と一緒にいた女性です。彼女はどこに?」
「そんなことは知らん。俺の仕事はお前を下級市民収容所に連れていくだけだからな」
「下級市民収容所……どうして僕をそこに?」
「今日からお前はそこに住むからだ」
「えっ!?」
まったく意味がわからずしばらく呆然としてしまった。まさか僕の勝手な行動がバレて下級市民にランクを下げられてしまったのか? いや、それはあまりにも展開が早すぎるだろう。
「今って何日の何曜日ですか」
「7日の日曜日だ。お前、頭でもうったのか?」
良かった。まだ日付は変わっていない。外の様子がわからないので何時かはわからないが、もしかしたらロウはまだ僕がいなくなったことに気がついていないかもしれない。
「僕は一群の上級市民で仕事もちゃんとあります。何かの間違いです」
「一群? ここは二群だぜ」
「二群!?」
僕が先ほどまでいた場所は五群だったはずだ。つまり知らないうちにかなり大移動をしていることになる。いったい誰が何の目的で? 時間もかなりたっているだろうから、ロウにはおそらく僕の不在は知られてしまっているだろう。
「一群に帰していただけませんか? 僕の雇用主に聞いていただければ、間違いだってわかるはずなんです」
「なら確認してやる。腕のコードを見せろ」
僕は言われた通り着ていたジャケットを脱ぎ、シャツを捲り腕に印字されたコードを相手に見せた。男は手持ちの機械で読み取る。
「ほら、お前は間違いなく下級市民になってるぞ」
「えっ」
男が見せてくれたタブレットの画面には確かに下級市民と書いてある。しかし名前は阿東彼方ではなく、蘇我礼人とあった。
「そがれいと……? 蘇我礼人って誰ですか……?」
「お前の名前だろうが」
「違います! 僕は阿藤彼方です」
「はあ? 何テキトーなこと言ってんだよ」
「本当です。ちゃんと調べてください!」
「ったく……上級市民から下級市民に落ちた奴だってのは聞いてるけどな。そのスーツも何か高そうだし訳ありなんだろうよ。でも」
男は僕の髪を乱暴に掴んで身体を雑に投げ倒す。男は面倒そうに僕を見下ろし溜め息をついた。
「お前はもう下級市民だ。上級の俺にそんな偉そうにする権利はないし、口答えしていい身分じゃない。これ以上一言でもしゃべったら殴る。わかったな、わかったら頷け」
「……」
男の有無を言わさぬ形相に僕は頷くしかなかった。口を開けば本気でやりかねない顔をしていた。
仕方なく口を閉じて大人しくしていると、扉が開いた。出ろと言われて大人しく従う。外に出ると辺りはすでに薄暗くなっていた。僕が乗っていたものはキャビーだと思っていたがタイヤのついた車だった。どうりで乗っている間振動が強かったはずだ。ちゃんと運転手も乗っている。
ここは大きな塀に囲まれた広い土地に同じような大きな建物が並んでいる。正門と思われる古風な南京錠がかけられた頑丈そうな大きな扉を男が開け、僕は彼に引きずられるまま中へと入った。ここが下級市民の住む場所なのだろうか。窓はあるが住居というよりは刑務所のようだ。建物は外観も中も古く、今まで暮らしていた建物とはまるで違っていた。
人の気配はなく等間隔に並んだドアの前を通りすぎ三階まで階段を上る。そこの突き当たりの部屋の前まで来ると男は扉を雑に叩いた。
「370号室の者、部屋を開けるぞ」
「はい」
中からすぐに声がして男が扉を開ける。狭い一室の真ん中で、一人の男が膝をついて頭を下げていた。
「今日からここでお前と暮らす男だ。上級から落とされた奴だからな、ここでの生活をおしえてやれ」
「はい」
男は僕の拘束を解いて部屋へと無理やり入れると扉を閉めてさっさと出ていってしまう。中の男と二人きりにされた僕はどうすればいいかわからずドアの前で立ち尽くしていた。
「あ、あの……」
上下ともグレーの服を来た男が顔をあげて僕をみる。彼がとても若く綺麗な顔立ちだったので少し面食らってしまった。おそらく僕より年下だ。
「俺は森本夕日。あんたは?」
「あ……阿東彼方だけど……何か名前が変わっちゃったみたいで…」
「え? 何それ」
「さっき無理やりここに連れてこられて、今日からお前は蘇我礼人だって……」
「ああ…訳ありね。なら礼人、これからしばらくよろしく」
事も無げに言われたが、「よろしく」などと言い返す余裕は僕にはなかった。なぜ自分がこの場所に連れてこられたのか、どうして名前を変えられ下級市民になったのか。ハクア様の安否もわからず、ロウ様がどうしてるかもわからない。絶望的な状況で、不思議そうにこちらを見ている森本夕日の前で僕はその場に立っているだけで精一杯だった。
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