神様とその子供たち
005
真崎が指定した場所へと進めば進むほど人通りのまったくない路地裏へと迷いこんでいく。下級市民エリアだとは聞いていたが、道にはゴミが落ちているし周りの建物も古く、人狼が住む街と比べると明らかに整備されていない。
「なんだか怖いわ…。用事がすんだら走って戻りましょうね」
ハクアの言葉に勢いよく頷く。しかし治安が悪いとはいえこんな昼間からいきなり襲われたりはしないだろう。
「待って」
もう少しでたどり着くという時、ハクアが僕の腕を引っ張って歩みを止めさせる。
「何ですか…?」
「誰か近づいてきてる。数人いると思う」
「えっ」
耳と鼻が人間より発達しているハクアが近づいてくる人間に気づいた。思わず警戒するも人通りがないとはいえ、誰かとすれ違ったりすることもあるだろう。しかしハクアが怖がっていたので、僕は彼女の手を握った。
「こんなとこで何イチャついてんの? お前ら」
「……っ」
目の前に現れたのは全員同じ白い服を着た三人の男だった。髪の毛もボサボサの中年で、ホームレスかと思うくらい不衛生な見た目だ。突然絡んできた先頭の男にハクアが怖がって僕の腕にさらに強くすがり付いてきた。
「すみません、すぐ立ち去りますから」
一気に突っ切ろうとハクアの腰を抱き寄せ早足で進もうとする。しかし三人の男に進路を塞がれ立ち止まるしかなくなった。
「俺らみたいなのとは関わりたくねぇってか?」
「クソっ、高そうな服着てやがんな。上の人間の中でもかなり金持ちだろコイツら」
「ごめんなさい、通してください」
ただ歩いていただけなのに、どうして絡まれることになったのか。ハクアに何かあったらどうすればいい。やっぱり彼女についてきてもらうんじゃなかった。
「ちょっと待てって。そんな急ぐことないだろ」
「少し俺らに付き合えよ」
男の一人が僕の腕を掴む。体が強ばると同時にその手が叩き落とされた。
「汚い手で触らないで」
男の手を叩いたのはハクアだった。怖がっていると思っていたのに、彼女の目は怒りに満ちていた。
「なんだと!」
「ごめんなさい…っ、謝りますから…!」
男がハクアに飛びかかろうとするので僕が割って入ろうとした途端、男がその場で倒れた。
「だから触らないでってば!」
どうやらハクアがビンタしたらしい。仲間がやられたことで他の二人が怒って彼女に向かっていった瞬間、僕の目の前で男二人がふっ飛んだ。ハクアが蹴り飛ばしたのだ。
「やだ〜〜汚い手で触られた〜〜!」
「ハ、ハクア様……」
「大丈夫? 怪我ない?」
「僕は平気ですが……。あの、ハクア様は武術の達人とかなんですか」
のびてる男三人を横目に見ながら訊ねる。彼女は手をハンカチで拭きながら笑っていた。
「まさかぁ! 誰かを殴ったのなんか初めてだわ」
「そうなんですか!? お強いですね……」
「人間相手なんだから、誰だって勝てるわよ。あー、最初から足でやれば良かった!」
男三人は起き上がることもできず地面にのびている。そういえば男の人狼同士は人間の目では追えないレベルの闘いをしていた。対して女の人はみんな華奢でおしとやかなイメージだったが、よくよく考えてみれば同じ種族なのだから性別が女になったからといって備わった戦闘力がそこまで落ちるはずがない。
「ほら、さっさと行きましょう。また変なのに絡まれたら嫌だし」
「きゅ、救急車とか呼ばなくていいですかね」
「そんなものこんなところまで来ないわよ。死んでないから大丈夫。早く早く」
ハクアと共にとにかくその場から逃げる僕。本当に死んでないのか気にはなったが、彼らが目を覚ましても困る。それにこの状況を誰かに見咎められたら困るのはこちらだ。僕は倒れる彼らを置いて逃げるしかなかった。しかし闇雲に走ったせいで目的地からかなり離れてしまった。
「えっと、あれ……すみません、いったん戻ります」
「えーっ、あの男たちのとこにまた行くの?」
「だってそっち方面なんです」
僕だって絡まれた場所に戻りたくない。ハクア様の腕力がなかったら怪我させられてたかもしれないのだ。下級市民エリアがこんなに危ない場所だと思わなかった。
「んー? あれ…?」
真崎が指定した場所に来たが、何もない。僕が間違えているのか、わかりにく場所に隠されているのか。
「ねえカナタ、本当にここなの? こんな何もない場所……」
ハクア様の言葉がもっともで、どうすればいいのかわからなくなる。このまま諦めて帰るわけにもいかない。どうしようかと右往左往していた時、僕らの足元に何かが転がってきた。
「!?」
発煙筒のようなそれは煙をもくもくとあげて辺り一帯の視界が遮られる。隣にいたハクアが鼻と口を押さえてその場に崩れ落ちた。
「ハクア様…?!」
「煙を、吸っちゃダメ。私のことは置いて逃げて…!」
そんなことを言われてもハレの妹である彼女をこんなところに残していけるわけがない。ハクアの身体を支え立ち上がらせようとしたが、彼女は咳き込んですぐ意識を失ってしまった。そして僕もすぐ目眩がしてその場に倒れこむ。意識を失う寸前、ガスマスクをつけた男が近づいてくるのが見えた。
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