神様とその子供たち
004
「どうぞ、乗ってちょうだい」
彼女のキャビーは真崎のものより三倍くらいの大きさがあり、中もキャンピングカーのように広かった。自動で走るため運転手はいない。
「快適ですね」
「父のを借りたの」
状況を考えれば彼女のキャビーに乗ってはいけなかったのに、何故僕はここにいるのだろう。手を握られた瞬間逆らえなくなった。
「で、カナタはどこに行くの?」
「えっと……」
「見せて」
僕の携帯をあっさり取り上げて目的地を見られてしまう。ここでも僕は何もできずに見ていることしかできない。彼女はとても押しが強く、僕はされるがままだ。
「なにここ? 何があるのこんな場所に」
「友人が指定してきた待ち合わせ場所なので、僕もよく…」
「まあいいわ。これで行けばすぐ到着するでしょうし」
彼女はキャビーに行き先を登録しその後は自動操縦に任せていた。その間、彼女はずっと僕に笑顔で話しかけてきた。
「カナタはここにいること、ちゃんとイチ様に言ってあるの?」
「えっと、今は僕イチ様のところではなくロウ様にお世話になっていまして」
「まあ!」
彼女はサングラス越しでもわかるくらい目を丸くさせて驚いていた。僕がロウと共にいることはそれほど広まっていないらしい。
「カナタ、人間なのにロウ様を名前で呼んでるの??」
「いえ、それは、ロウ様から許可をいただいてまして」
「嘘ぉ!」
先程よりも大きな声を出して驚くハクア。身を乗り出して僕の顔をまじまじと見つめてくる。
「ではロウ様とお話ししたことが?」
「はい」
「ロウ様は人間嫌いで有名なのに……イチ様のお気に入りだと扱いが違うのかしら。羨ましいわ〜。女は成人して結婚するまで、ロウ様とは会っちゃいけない決まりなの」
「それは、ロウ様のことを好きにならないようにするためですか」
「理由なんて考えたことなかったけど…そうかもしれないわ! きっとそうね!」
「ハクア様もロウ様が好きなんですか…?」
「もちろんよ〜〜。本当に素敵! カッコイイ! 遠くから一目見たことはあるけど、あの方は他の男達とは違う。特別なオーラを感じたわ」
「ハクア様の力を使えば、ロウ様を惚れさせることもできるんしょうか」
「やだ〜〜夢があること言うのね! そんなことおそれ多くてできないけど、多分無理ね。私たちの力ってロウ様にはあまりきかないらしいから」
不躾な質問だったかと後悔したが、ハクアは何も気にしていないようだった。人間の僕を見下している様子もまったくない。
「ハクア様は、どうやってその力をコントロールできるようになったんですか」
ハクアがあまりにフレンドリーなのでつい色々と訊いてしまう。彼女はにっこりと笑って逆に僕に問いかけてきた。
「恋はタイミングがすべてだって、そう思わない?」
「えっ」
「弱ってる時、助けがほしいときに側にいてくれる人がいたら、その人のこと好きになってもおかしくないでしょう。私はね、そういう巡り合わせに遭遇することが多いの。そして相手が困っていたらすぐにわかるのが私の特技。それで声をかけて親身になっていたら、相手に好かれてしまうのは自然の流れよね」
「そう……ですね」
「現にカナタも困っていたんじゃない? そんな顔していたわ。だから私はあなたを見つけたのよ」
「……」
つまり彼女は困っている相手を見つけるのが得意ということなのか。惚れられてしまうのはその副産物らしい。
「一方的に好意を押し付けられても困ってしまうし、もう声をかけなければいいと思ってたんだけど、どうもその無視するのは性にあわなくて。だから惚れられないように相手を助ける方法を身に付けたの」
「どうやるんですか?」
「親切の押し売りをするのよ! 今までは迷惑にならないように気をつけてたんだけど、逆に鬱陶しがられるくらいにやってやろうと思って。ほら、しつこい女って嫌われるでしょう」
「なるほど…」
ハクアがぐいぐい僕に関わろうとしてきたのはそのためだったのか。結果的に助かってはいるが、僕の目的を知られる可能性を思うと困ってもいる。
「まあ他にも色々とやってはいるんだけどね。つらい修行だったわ……」
「それで僕のことも助けてくれようとしたんですね」
「そうよ。だから私に何でも話してくれていいんだから」
ハクアは魅力的な笑顔を僕に向けてくれる。彼女にならうっかりなんでも話してしまいそうだ。しかしさすがに会ったばかりの女性に話せることはないし、助けを求められても応えられないだろう。僕はただ彼女にお礼を言うことしかできなかった。
しばらくの後、僕らのキャビーは目的地についた。ハクアは難しい顔をしながらシートベルトをはずした。
「ここから先は歩くしかないみたいね。その辺に停めさせてもらいましょう」
先にハクアがキャビーから出ていき、僕も慌てて追いかける。
「あの、先程友人から連絡があって来れなくなったらしくて。預かっていたものを置いていくからそれだけ受け取ってくれと言われました」
「そうなのね」
「なので、ハクア様はここで待っててもらえますか? 僕、すぐ取りに行って戻ってきますので」
「それは駄目」
「えっ」
「ココどこだかわかってる? 五群の下級市民エリアよ。こんな危ないところ、あなた一人にできないわ」
「でも、もしハクア様に何かあったら…」
「ここにあなたを連れてきたのは私。あなたに何かあったらイチ様とハレに顔向けできないじゃない。悪いけど、ここは譲れないから。さあ行くわよ」
「……」
先程からずっと彼女のペースだ。どうにも逆らえそうにない。これが親切の押し売りってやつなのか。動揺を隠しながら彼女の後をついていくと、ふいにハクアが僕と腕を掴んできた。
「えっ、えっ、何? 何!?」
「女性と二人で歩く時は男性がエスコートするものなの。それに、こうしておけばカップルにしか見えないでしょ」
「は、はい……」
女性とこうやって並んで歩いたのは生まれて初めてだ。最初の恋人が自分よりもずっとたくましい男だっただけに、こんな状況に慣れていない。心臓の高鳴りが止まらないまま僕は目的地へと向かった。
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