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神様とその子供たち
003


次の日の朝、ソファーで寝こけている真崎が苦しげに呻いていたのでつい身体を揺すって起こしてしまった。ベッドを譲ってもらった身としては申し訳なかったが、彼は目覚めて一瞬不機嫌そうに顔をしかめた後は、すぐに笑顔でおはようと言ってくれた。


その後、今日は外を案内してくれると言っていた真崎がいつもの制服を着始めたので、あの話を忘れてしまったのかと思い遠慮がちに訊ねた。

「真崎さん、あの……今日は休みでは? 仕事が入ったんですか」

「え? あ……ああ、この服のせいか。説明してなかったな。オフの日でも外出する時は職場での制服を着るのが決まりなんだ。学生なら制服を着る。これも身分証明の一つだな」

「……では僕は何を着れば」

「休職中の人間が着る服もある。私が怪我をして入院していた時に着ていたものだ。サイズが大きいかもしれないが我慢してくれ」

そう言って真崎がわたしてくれたのはまさに入院中に着るような病衣だった。生地は比較的しっかりしていて外で着ても寒くなさそうだったが、これを着て出歩くとかなり目立ちそうだ。

かっちりとした軍服のような制服を着た男と、入院中の貧相な少年という出で立ちの謎の二人組となった僕たちは、キャビーと呼ばれる車のような乗り物に乗り込んだ。一昨日も乗せてもらったものだが、前とは違い余裕のある僕は興味津々で観察した。

外観は楕円形でそれほどの大きさはないが、運転席がないのとエンジンがスペースをとっていないせいか中はとても広く感じる。

「三等西エリア、国立平和記念公園まで」

真崎がそう言うと、備え付けられた画面に行き先と経路と到達までの時間が表示される。なんとなく聞き覚えがある場所だ。

「君が発見された場所を、戸守にこっそり聞いておいた。何か手がかりがあるかもしれない」

「ほんとですか?!」

「いや、あまり期待しすぎるなよ」

真崎は苦笑いをしてそう言うが今期待できる可能性はそこしかないのだ。僕はシートベルトをしてそわそわしながら到着を待った。

真崎いわく、キャビーは指示通りの場所まで人や荷物を運んでくれる乗り物で、富裕層だけが個人的に所有できるらしい。専用の道路を通り、すべてのキャビーが管理されて移動しているそうだ。

前回より心に余裕があるので、僕はずっと窓から外を眺めていた。外は晴天で見たこともないような大きさの高層ビルが立ち並び、曲がるたび変な揺れ方をするのでアトラクションのようだとこんな状況にも関わらず少し心が踊っていた。

浮かれているのが顔に出ていたらしく、僕を見て真崎は子供を見る父親のような顔をしていた。。

「楽しいならいつでも乗せてやるぞ」

「いえ、そんな」

「無理するな。君はもっと子供らしくていいと思うぞ。なるべく私の家の近くに住めるように、いい職場を探してやる。いつでも遊びに来てくれていいからな」

「あ、ありがとうございます」

真崎の優しさに嬉しい半面心が痛い。うまくは言えないが、自分はこの男に親切にされる資格がないような気がする。家族以外の人間にここまで優しくされた経験がないから、お礼以外返せるものがなくて無駄に落ち込んでしまった。



目的地に到着して扉が開き、久々の外の空気を吸った僕はその周りの光景の美しさに目を奪われてしまう。夜寝そべっていたときはわからなかったが、国立平和記念公園というのは広大でとても美しく手入れの施された英国風の庭園のようだった。

僕らが外に出ると、キャビーが勝手に動いてどこかへ行ってしまったので真崎に訊ねると、勝手に駐車場まで移動してくれるらしい。便利さに感心していると、耳がはえた人狼らしき人が歩いているのが見えて、つい真崎の後ろに隠れてしまった。

「ん? どうした? …ああ、早速人狼様を見られるなんてラッキーだな。この公園は彼らの人気スポットらしいから、他にも会えるかもしれない」

楽しそうにそんなことを言う真崎は暗に畏縮しすぎるなと言いたいのだろうが、昨日さんざん脅しておいて無理な話だ。

「おい、隠れてないでこっそり見ておけ。人狼を間近で見られる機会なんか滅多にないんだぞ」

「えっ、そうなんですか」

「数が少ないからな。ここは首都だからそこまで希少でもないが、地方に住んでたら死ぬまでお目にかかれない事だってある」

つまり人狼は僕の時代でいう芸能人みたいなものか。確かに言われてみれば人はたくさんいるのに、耳がはえている人はいない。後はすべて普通の人間だ。

「殆どが普通の人間なんですね。もっと耳がついた人がそこら中闊歩しているのかと…」

「耳が目立たない人狼もいるから、耳より服装か尻尾で見分けるんだ。大抵が尻尾を外に出しているからすぐわかる」

そう言われてよくよく観察してみると耳がないのに尻尾らしきものがゆらゆらと揺れている人もいる。着用しているのは仕事着には見えないので、人狼は何を着ても許されるのだろう。そもそも仕事なんかしてないのかもしれない。

「さて、見てもいいが必要以上に凝視はするな。用があると思われて話しかけられるぞ。さあ、とりあえず君が倒れていた場所に行こうか」

真崎に背中をぐいぐい押されながら公園の中を進んでいく。わかりやすい独裁国家になっていると思っていたら、まるで理想そのものの平和な街を見せられて僕は驚いていた。

「戸守の話によれば、君が倒れていたのはそこの茂みだ」

しばらく歩いた後、見たこともない紫の花の後ろにある茂みの裏を彼は指差した。早速周辺をぐるぐる見て回ったが、何もおかしいところはない。

「……やっぱり、手がかりはなさそうですね」

「まあタイムマシンみたいなものが落ちていた方が驚くからな。どうする、この辺りの聞き込みでもするか」

「いえ、もう少しここを探します」

ここしかもう手がかりはないのだ。這いつくばってでも探そうと地面に顔を近づけて目を凝らす。

「わかった。私はここの管理責任者に会って話を聞いてくる。君はここを動かないように」

「はい」

真崎から離れるのは不安だったが、僕としても彼以外の人間もしくは人狼に会うのはできれば避けたかった。この時代の常識もあまりわからないうちに他人と会話したくはない。知らないうちに不用意な発言をしてしまいそうだ。

真崎がいってしまった後、茂みに身体ごと突っ込んであの日と同じ場所で倒れてみることにした。それで帰れるなんて思っていなかったが何かせずにはいられない。たまに通る人間に変な目で見られていたが気にしないことにした。記憶が曖昧なのでたいたいの場所しか見当がつかなかったが、横たわってみてももちろんあの夜の記憶も戻ることはなく、何もわからなかった。

「何で僕、こんなとこにいるんだろ…」

意図的なのか偶然なのか、それもわからない。ただわかるのは、自分がここにいても何の意味もないということだ。真崎に迷惑をかけて、これまでの人生すべてなくして。これは誰かが僕に与えた罰なのだろうか。こんな目にあうほど、悪いことをした覚えなどないのに。

「お前、何やってんの? 大丈夫?」

ずいぶん長い間そこで一人感傷にふけり、なんだか無性に泣きそうになっていると上から声をかけられた。若い青年の声だ。彼がこちらに手を出してくるので、思わずそれを掴んで起き上がり相手の顔を見た瞬間、僕は凍りついた。


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あきゅろす。
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