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神様とその子供たち
003


「……ごめんなさい。僕は逃げません」

逃げろ、と真崎に言われても僕にはそれが正しい事とは思えなかった。言われたとおり僕には危機感がなく、この国の事をわかっていないのかもしれない。だが、ロウやイチ様が僕を処刑するなんてあり得ないと断言できた。

「例え、僕が逮捕される可能性があったとしてもここにいます。今は目を盗んでこっそり電話をかけていますが、戻らなければ大変なことになります」

僕と一緒に逃げたら、それこそ真崎はかならず捕まってしまうだろう。人狼が本気を出したら見つけられない人間などいない気がする。

『わかった。君がそう言うなら……』

「僕に何かできることはありませんか。もしあなたが捕まったら、冤罪だって説明します。でも、わかってくれるかどうか」

ロウは証拠もないのに僕の言葉だけで重要参考人を釈放したりしない。それは確かだ。

『一つ、頼みたいことがある。友人から大事なあずかりものをしてるんだが俺は返せそうにない。俺の代わりにお前が返してくれないか』

「それはもちろんかまいませんが……。どこにあるんですか?」

『俺がまだ持ってる。今から指示する場所に隠しておくから取りに来てほしい。詳細を書いたメモもそこに入れておく』

「わかりました」

『…本当にすまない』

「いえ、少しでもお役に立てれば……」

真崎の頼みを聞けるのならば電話した意味もあったというものだ。

それから真崎に指示された場所は五群だった。僕が携帯を持っていることを知るとそこに直接案内図を送ってくれた。徒歩では無理そうな距離なので公共の乗り物を使うしかない。

「土地勘がないもので、無事たどりつけるかどうか」

『その地図にはオペレーター機能がついてる。金がないなら交通費も送金する』

「そんなことできるんですか? いえ、お金は一応あるので大丈夫だと思います」

必要最低限の指示だけ受けて僕は通話を切った。端末の画面には最短ルートを示す矢印が出ている。到着予定時刻は約二時間後だ。迷わず行けたとしてロウに気づかれる前に帰ってこれるのだろうか。いや、もう彼に知られないように動く事は諦めよう。どのみち彼にはいずれバレてしまうに決まってる。

迷わず矢印の方向に向かって小走りで進む。徒歩20分で公共バス乗り場に到着するルートらしい。便利なナビゲーターに感心しつつも、ひたすら道なりに進んだ。バス停に近づくにつれ人が増えてきたが人狼たちに囲まれるよりも緊張しなかった。もうすぐで停留所に到着するという時、後ろから声をかけられた。

「ねえ、あなた」

「えっ」

振り替えると笑顔の若い美女が立っていた。麦わら帽子に大きなサングラス、白のワンピースというファッションは、作業着で歩く人間が多い中では少し浮いていた。

「カナタ君でしょう」

「どうして僕の名前を…!?」

僕に女性の知り合いはいない。というか、そもそも知り合いがいないはずだ。心臓が縮み上がる程驚く僕に、彼女はゴーグルをはずして笑いかけてきた。彼女のサングラスは少し特殊な形をしていて、はずすのに少し手間取っていた。

「驚かせてごめんなさい。私はあなたを知ってるけど、初対面ですものね。ハクア・ミレナよ。はじめまして」

「ハクア…ミレナ……」

パニックですぐには思い出せなかったが、ミレナと聞いてピンときた。彼女はハレの妹で、一時イチ様と婚約するのではないかと騒がれていた子だ。

「あのハクア様ですか…!? ハレの妹の?」

「ええ。ハレからあなたの話をよく聞いていたから、つい知り合いのように思ってしまっていて。突然話しかけてごめんね」

「いえ、それはいいんですが……ハクア様って確か、男と話すの駄目なのでは…!?」

ハクアは話した男を惚れさせてしまう特技を持っている。そのせいで異性と会話することもできないと聞いていた。

「よくぞ聞いてくれました! 私、ついに自分の力をコントロールする技を身につけました〜!」

「おお〜」

両手を掲げておおはしゃぎするハクア。僕はその雰囲気にのまれて拍手をしてしまった。

「もう男性と会話しても大丈夫になったのよ。現にあなた、私と会話しても好きになってないでしょう」

「は、はい。多分」

可愛すぎて直視できていないが、恋には落ちていないと思う。僕はいまだにイチ様が好きなままだ。

「イチ様に紹介してもらった方に指導を受けてずっと修行をしていたのよ。本当に大変だったんだからぁ……ってこんな話どうでもいいわね。カナタ君、何でこんなところに一人でいるの?」

「えっと……」

何と答えればいいのかわからずいい淀む。まさかこんなところで僕を知る人物に会うとは思ってなかったので言い訳を考えていなかった。

「ハクア様こそどうしてここに? 今は任命式の真っ最中では……」

「私は出られないのよ! 父と母が出席するから付いてきたけどお留守番なの。せっかくロウ様を見られるチャンスだと思ったのに、つまんない。だから人間のふりして観光でもしてこようかしらと思って」

ハクアは帽子を少し浮かせて頭の耳を見せてくれた。帽子とサングラスは人間に見せかけるための変装だったらしい。

「お一人で大丈夫なんですか?」

「何が?」

「女性一人で危なくないのかと」

「まあ、ありがとう。人狼だってバレたら囲まれちゃうかもしれないけど、今のところ大丈夫よ。でも、そうね。あなたも観光なら、少し私と歩かない?」

「えっいえ、僕は観光ではなく、人と会う予定がありまして」

「そうなの?」

「はい、なので早くバス停に行かないといけなくて」

「だったら私が送りましょうか。私、キャビーで来てるの」

「え」

「ね、いいでしょう。イチ様が大事にしているあなたと、一度お話してみたかったのよ」

早くここを立ち去ろうと思っていたのに思わぬ提案をされる。ハクアは僕の手をとって笑顔で近づいてきた。男性の人狼ですらその美しさに圧倒されていたのに、年頃の女の子にスキンシップされてしまっては頷くことしかできなかった。


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あきゅろす。
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