神様とその子供たち
007
センリがいなくなった後、しばらくしてキリヤが入ってきた。彼は僕の前に立つと妙にそわそわしていると思ったら僕に近づいて小さな声で訊ねてきた。
「カナタって、センリ様とデキてるのか」
「は?」
まともなキリヤが突然とんでもないことを言い出して驚く。まさか今押し倒されていたのを見られていたのだろうか。
「わざわざカナタのためにイチ様残して来られてるし、出会い頭あんな親密に抱き合うなんておかしいだろ」
「あ、そっちか。センリさんには一群にいた時にお世話になってただけです」
仲良し、というとセンリに申し訳なくなるのだが、彼にはとてもよくしてもらっている。彼といるととても安心できるし、親しみすら感じてしまっている程だ。しかしなぜキリヤがセンリを気にするのだろう。
「もしかしてキリヤ様も、センリさんのこと好きなんですか?」
だいたいの未婚の人狼の男はセンリが好きだと聞いていたので、もしや彼もなのかと思い訊ねるとキリヤは慌てて首を振った。
「好きじゃない! 俺は誰のことも好きにはならない! ただ、センリ様は誰彼構わず抱きしめたりされる方じゃないし、お前が仲良くて驚いたというだけの話だ」
「キリヤ様も話しかけて仲良くなればいいじゃないですか」
「馬鹿言え。そんな馴れ馴れしく話しかけられるか」
「……」
なんかキリヤとセンリがそろって両片思いみたいなことを言っている。仲を取り持つべきか一瞬迷ったが、頼まれてもいないのに余計なことをするべきではない。
その後、センリが戻ってこず連絡もとれなくなってしまったので、心配になった僕はロウのところに行ってみる事にした。キリヤにロウのいる場所に案内してもらう途中、たまに人狼とすれ違ったがキリヤが僕を隠すように歩いてくれたので絡まれずに済んだ。ロウのいる部屋についたが、センリではないお客さんの相手をしているとのことなので、部屋に入るべきか迷ったが中からロウと甘えるような女性の声が聞こえてきた。
「……」
「カナタ、出直した方がいい」
キリヤに忠告されたことで逆に察してしまった僕は、衝動的にドアを開けてしまう。そこには若く綺麗な人狼の女性二人に抱きつかれたままリラックスするロウの姿があった。
「あっ」
「……」
美女と絡み合うロウなんて幾度となく見たことがある光景だったが僕は今までにないくらい衝撃を受けていた。まずいところを見られた、という顔になるロウ。よくわからないことを口走る前に、僕は「失礼しました!」と頭を下げて部屋から出ていった。
長い廊下をひたすら走るも、日頃の運動不足からすぐに足が止まってしまう。なぜあそこから逃げたのか自分でもわからない。
「カナタ!」
遅れて追いかけてきたキリヤにあっという間に追い付かれる。俯いたまま立ち尽くす僕に彼はどう言葉をかけるべきか迷っているようだった。
「今のは……えーっと、違うんだ」
「気にしないでください。別に、大丈夫ですから」
妙に尖った言い方になってしまい、大丈夫じゃないように聞こえてしまう。キリヤは僕の肩に手を置きなんとか励まそうとしていた。
「ロウ様は女子に優しいだけで、好きなのはカナタだ」
「……でも、追いかけてもこないじゃないですか」
僕はいったい何を言っているのか。これじゃまるで嫉妬しているみたいだ。
「彼女たちは、ロウ様に会うためにずっと順番を待っていたんだ。二人を無下にできないロウ様のお気持ちを汲んでやってくれ」
「……そう、ですよね。すみません勝手なことを言って。僕にはそもそも、ロウ様を責める権利なんかないのに」
ロウと一緒にいると決めたのだから、暗示がとけてもすぐに変わらずロウが好きだと言うべきだった。それができなかったのに、美女といちゃついていただけで動揺するなんてどういうことだ。
「カナタさん!」
遠くから声をかけられたと思ったら、廊下の先にセンリが立っていた。こちらに小走りで駆け寄ってくる。
「すみません、ちょっとスイ様に捕まっていて。もしかして探しにきてくれたん……って何でカナタさんに触ってるんですか!?」
僕を慰めるために置かれたキリヤの手にセンリが過剰反応する。慌てて僕をキリヤから引き剥がし、背中に隠してしまう。
「カナタさんはまだ未成年なので! 気安く触らないでいただけますか!」
センリが完全に誤解してしまっている。肩に手を置かれたくらいで大袈裟だと思ったが、前からセンリは僕を守ってくれていたことを思い出した。事情を説明すると、センリはキリヤに頭を下げた。
「キリヤ様、失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
「いえ」
キリヤはセンリに謝られても、一言だけ発して無表情のまま頭を下げる。ここでもしゃべらないつもりなのかとついキリヤをまじまじと見てしまった。センリは気にする様子もなく僕の方を見て何やら考え込んでいた。
「カナタさんはロウ様が女性と仲良くしてた姿を見て、落ち込んでいたんですか」
「あの、けして落ち込んでいたわけでは」
「ロウ様にやめるように言いたいところですが、女性達の方がそれを許さないでしょうから。そこはロウ様をあまり責めないであげてください」
「? ……はい」
ロウのやってることはアイドル活動のようなものなのだろうか。何にせよ僕には怒る権利も止める権利もないので頷くことしかできなかった。
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