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神様とその子供たち
003


「目を閉じて、俺の声だけを聞いてくれ。できるだけリラックスしてもらった方がいい」

ハチの言うことに従い目を閉じてなるべく邪念を取り払う。彼の威圧的な口調が穏やかなものに変わってきた。

「俺がお前にかけた暗示は、恐怖の対象を置き換えるものだ。お前が恐れているものは孤独だった。たった一人で取り残されることを恐れていたから、俺はそれと兄様を結びつけた。お前の中で」

「結びつけた…?」

「兄様を見ると、孤独を感じるようにした。そこに派生して兄様の家を恐ろしい場所に思わせた。まだ子供のお前を、不必要に怖がらせてしまって申し訳なかった」

「……」

何故こんな時にらしくもなく謝るのだろうか。何と応えればいいのかわからない。

「俺は暗示をとくのは苦手だ。とくための訓練はしていないし、強く残るものを消すのは難しいんだ。だから恐怖の対象を別のものに置き換える。暗示をかけ直すというのはそういうことだ」

「何に置き換えるんですか」

「何がいいんだ。リクエストがあればきくが」

「……」

「できれば元々ある程度怖いと思っているものの方がやりやすい。暗示をかけられることがわかっている者が相手だとかかりにくいしな」

「僕は…飛行機に、乗るのが怖いです」

怖いものですぐに思い付くのはそれだった。まったく駄目というわけでもないが乗るのは怖いものは怖い。

「それでも俺はいいけど、終わったら多分飛行機に乗れなくなってると思うぞ」

「それは困ります」

「じゃあ別のものにしないと」

怖いけど、怖くても問題にならないもの。そう考えるとすぐに思い付かない。

「お化けが……」

「?」

「小さい頃はとても怖くて。それがその当時は、一番怖いものだったと思います」

「わかった。ならそれがいいな。ホラー映画は二度と見れなくなるだろうが」

霊感があるわけでもない。ホラー映画が見られなくなっても、お化け屋敷に入れなくなっても僕はかまわない。

「それからもう一つ、かけてる暗示がある。お前の側に父様がいると恐怖が軽減されるというものだ。これはお前の求める幸福と父様を結びつけた。お前の幸福とは家族に愛された思い出だ。父様といると、愛されてる幸福を感じただろう」

ハチの言う通り、ロウといる時僕は幸せだった。だからロウが好きだと思ったのだ。

「暗示をといたら、その気持ちもなくなる…?」

「そうだな。嫌なら消すのはやめてもいい」

「ロウ様は、その暗示のことはこ存知だったんでしょうか」

「俺から説明した覚えはないが、父様ほどの方が気づかないなんて有り得ないな」

「……」

眠くて、考えがまとまらない。つまりその暗示をといたら僕はロウへの好意をなくしてしまうのだろうか。それは嫌だ。でも、何があっても暗示はとかなければならない。

「それも一緒に、消してください……」

「わかった。俺もその方がいいとは思う。安心しろ、幸福な気持ちを消すのは簡単だ。暗示をかけ直す必要もない」

幸せな気持ちはすぐに消せて、恐怖心はなかなか消すことができないというのにはなぜか納得できてしまった。嫌なことはすぐに思い出せるのに、幸せだった気持ちはいつの間にかなくしている。どんなに幸せでも、不幸になるのは一瞬でできる。

その後もう少し何かを話していたと思うが、その一言を最後に記憶が途切れる。そして目が覚めた次の瞬間には、いつものベッドの上にいた。

「!?」

「カナタ…!」

目の前には僕の手を握るロウ。その背後にはキリヤが立っていた。

突然のことに頭の整理が追い付かない。僕はさっきまでハチと一緒にいたはずだ。でも彼はここにいないし、いつの間にか部屋も移動している。

「大丈夫か?」

「ハチ様は…」

「あれからもう三時間以上たってるからな。自分の部屋に戻ってもらった」

段々と頭が冴えてくる。僕の暗示がちゃんと解けているのはすぐにわかった。ロウを見ているとそれまでにはなかった感情が出てきたからだ。

「ロウ様の……」

「? カナタ?」

「ロウ様の馬鹿!!!」

ビンタしようとした手はキリヤによって止められる。こんな時くらい叩かせてくれよとつい優秀な護衛に恨みがましい目を向けてしまった。


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あきゅろす。
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