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神様とその子供たち
004


「キリヤ様、とめないでくださいぃ!」

ロウの耳と尻尾がピンとたって硬直している。僕の振り上げた手を見て、キリヤを制した。

「キリヤ、離してやれ」

「しかし……」

「殴られてもいい。カナタの好きにさせてやってくれ」

キリヤはかなり迷っていたが最後は僕の手を離してくれた。僕ではロウを怪我させる程の力はないだろうと思ってのことだ。

「……」

結局僕は大きく振り上げた手をそのままぶつけることもできず、こちらをまっすぐ見つめるロウの目を見て手をゆっくりおろした。

「殴るなんて…そんなことできません。する理由もないです」

つい勢いで叩きそうになってしまったが、ロウを嫌いになったわけではない。むしろ好きだと思う。ただ、イチ様を思う気持ちが大きすぎるだけだ。

「キリヤ、はずしてくれ」

ロウの指示でキリヤが部屋から出ていく。ロウは僕の隣に座りそっと肩を抱いた。

「もう二度としない」

「……え?」

「お前の暗示がとけたら、イチのところに戻ってしまうのがわかっていた。一時だけでも好きだって言ってもらえたのがが嬉しくて、自分を抑えきれなかった。カナタの本当の気持ちを無視して傷つけて、ごめんな」

「僕は、少しも傷ついてませんし、嫌な思いもしてません。ロウ様を恨んだり嫌う気持ちはないです」

正直、あんな気持ちいい思いをしたのは生まれて初めてだ。あんなに愛してもらえて幸せ者だと今でも思っている。

「だけど僕は、イチ様のことが忘れられないんです……」

イチ様は僕に居場所をくれた。こんなところに来て一人になってしまった僕を救ってくれた。これから何をされたって、僕がイチ様の事を嫌いになることは一生ないだろう。

「でもイチ様は……」

イチ様は僕より父親の方が大切だった。家族が何よりも大切な僕にはその気持がとてもわかる。どんな素敵な相手を恋人にしたって、家族以上に思えないと考えていたのは僕自身だ。僕だって家族のもとに帰れるなら、イチ様と別れることを選ぶつもりでいたのだから。

「っ……」

泣いてしまった僕をロウは躊躇いもなく抱き締めた。彼の前で泣く資格があるのかはわからないが、僕にはもう何の選択肢もないように思えた。


泣きつかれて眠ってしまった僕が目覚めるともう朝だった。隣にはロウがいてくれて僕の手を握っている。泣きすぎて瞼が腫れているせいか目が開きづらい。多分酷い顔をしている。時間を確かめるとまだ6時にもなっていなかった。

「おはよう、カナタ」

僕が身体を起こすとロウがすぐに声をかけてくれた。昨日の事もあって気まずい思いをしながらも、「おはようございます」と返す。

「何も食べてなかったからお腹すいてるだろ。でも起こすのは気が引けてな。すぐに朝食を用意させる」

「えっ、こんな朝早くから悪いですよ」

「多分もう何人かは仕事に出てると思うが……なんなら俺が作ろうか」

「作れるんですか?」

「当たり前だろ〜。むかーしは自分で料理してたんだからな」

ロウの生い立ちをよく知らないが、始めから王様みたいな生活をしていたわけではないだろう。多分、僕よりも生活力がある。

その後ロウは目が腫れた僕のために蒸しタオルを用意してくれたり、食欲がないと言うと食べやすいリゾットを作ってくれて申し訳ないくらいの至れり尽くせり状態だった。
僕は彼を拒絶したのに、そのことはどう思っているのだろうか。僕に愛想をつかしていないことは疑いようがないが、僕には最初から現実味のないことだった。イチ様のときも同じように思ったが、恋人同士としてこれから何十年先一緒に生活していく未来なんて想像できない。そんなに長い間、彼が僕を好きなままでいられるとも思えない。

「もうすぐイチがこっちに到着すると思う。三貴と四貴の任命式があるからな。カナタ、イチに会えるか…?」

ロウが気遣うような優しい口調で問いかけてきて言葉に詰まる。以前とは別の意味でもイチ様に会いたくない。会えば自分が彼に何を言い出すかわからない。

「今は心の整理がつかなくて……。会わなくても大丈夫なんでしょうか」

「ああ、もちろん」

「すみません。もうちょっと時間がたてば冷静に話せるようになると思うので」

ロウは僕の頭を撫でて「式が終わるまでこの部屋にいていいから」と言ってくれた。問題の先送りだったが僕はほっとした。
しばらくしてキリヤ達がやってくると、ロウは僕を彼に任せて部屋を出ていった。ロウは昨日の事には触れずいつも通り振る舞っていて、僕としてはそれがとても助かったのだが彼はそれで良かったのだろうか。

キリヤは僕の事をかなり気遣ってくれて、明るく話しかけてくれるので落ち込む暇はあまりなかった。一人になると多分思い詰めてしまうので助かったが、基本的にやることがない僕の気をそらせるのは大変だったと思う。僕の方から何か仕事をさせてくれないかと頼んだが、キリヤは困った顔になってしまった。

「任命式のために、たくさんの人狼達が集まってくる。お前はいるだけで絡まれるからここから出ない方がいい。今回は四貴と三貴の任命式が合同で行われるから、かなり大々的なものになる」

「式っていつなんですか?」

「4日後を予定してるが…どうだろうな。それまでに出席者が全員集まってくれればいいが」

キリヤによると二貴のクロウと九貴のキュウは今日到着予定らしい。この二人は人間にも好意的だったから安心だが、他の人狼はどうかわからない。僕はおとなしくキリヤとロウの言いつけを守ろうと思った。

それからしばらくの後、キリヤが無線で何か話していると思いきや僕の方をみて訊ねてきた。

「一群貴長補佐官のセンリ様がイチ様より先に到着された。お前に面会を求めてるらしいが、この部屋に通してもいいか」

「センリさんが?」

「ロウ様の許可はとっている」

断る理由はなく、むしろセンリには会いたいくらいだ。僕はすぐに了承した。


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あきゅろす。
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