神様とその子供たち
002
ロウとキリヤと共にハチの待つ部屋へと向かう。今更ながら、本当にいいのかと少し不安になってきたがやめる気はない。ロウが声をかけ客間に入ると、そこには何故か床で正座をしているハチと、もう一人若い男が立っていた。
「カエン、ご苦労様。うちの子が迷惑かけたな」
「いいえ、ロウ様。遅くなってしまい申し訳ありません」
カエンという名前をきいて彼が近衛兵の最後の1人だと知る。カエンは最年長とのことだったが、キリヤやトキノよりさらに若く見える。大柄な二人と違って人狼の軍人としては体つきも控えめで柔和な顔つきの無害な美青年という印象だ。
「こちらがロウ様の大切な方ですね。はじめまして、カナタさん。カエン・シノといいます。お会いできて光栄です」
「えっ、いえそんな」
有り得ないくらい丁寧に挨拶されておどろきのあまり恐縮してしまう。なんとなく、目の前の彼には僕のすべてをすでに知られているような気がした。キリヤが情報は何でも共有すると言っていたし、遅かれ早かれ知られるのだろうが。
「はじめまして、阿東彼方と申します。よろしくお願いします」
「僕のことは気軽にカエンと。何か困ったことがあればいつでも力にならせてください」
ロウに気に入られてるからなのか元々人間にも優しい方なのかわからないが、話していると穏やかな気持ちになれる人だ。本当に軍人なのだろうか。それすら怪しく思えてくる。
「カエン、今からお前には休暇を出す。もう疲労困憊だろ。ゆっくり休め」
「お気遣い痛み入ります。カナタさんにもお会いできましたし、お言葉に甘えさせていただきますね」
キリヤとカエンはお互いに目配せしただけで特に会話もせずすれ違う。カエンがいなくなった後は自然と全員が正座をしているハチに目がいった。
「ハチ、お前カナタに言わなきゃならないことがあるよな」
「と、父様」
「あるよな?」
「くっ……」
ハチは大きな身体を丸めて苦悩し身悶えている。
「無理です、俺には人間に頭を下げるなど…っ」
「カナタに謝るまでお前のこと無視するからな」
「ええ!?」
顔面蒼白のハチから目線をそらしそっぽを向くロウ。その足元にハチはすぐさますがり付いた。
「父様、父様に無視されたら俺は生きていけません。それはわかっていらっしゃるでしょう…?」
「……」
「父様ぁ〜〜」
ハチがめそめそしていてもずっと無視を続けるロウ。肩を落としたハチは僕に向き合い深く頭を下げた。
「俺が勝手なことをしてお前に迷惑をかけた。本当に悪かった。どうか許してほしい」
「……い、いえ。気になさらないでください」
事実かなり迷惑をかけられたが今更それを言ってもどうしようもない。ようやく謝った息子の頭をロウがぐりぐりと撫でた。
「謝れて偉いぞ、ハチ。もう二度とやるなよ」
「はい、父様」
謝罪も済んだので早速暗示を解こうという話になったが、このままでは無理だとハチにあっさり言われてしまった。
「この人間と二人きりにしてください」
「それは無理だ」
「それは無理です」
ハチの申し出にロウとキリヤが同時に断る。ハチは「しゃべった…」と言ってキリヤが口を開いたことに驚いていた。
「無理といわれても、誰かがいると集中できないんですもん」
「お前が何もしないように見張っとかないと」
「父様! 俺はそんなに信用ないですか?」
「あるわけねぇだろ」
「じゃあシギを置いて下さい。彼女ならいてもわかんないですし」
シギの名前が出て思わず周りを見回す。まさか今もここにいるとは思わなかったのでつい見つかりもしないのに探してしまった。
「シギは今謹慎中だ」
「謹慎? 何かしたんですか?」
「いや…スイをちょっと怒らせてな。俺が悪いんだけど。とにかく今はいねぇから」
シギがいないと聞いて一瞬どうしてかと不思議に思ったが、すぐに昨晩のことが原因だと気づいた。恐らく、ロウと僕を止めなかったことをスイに咎められたのだろう。ロウがお願いした事とはいえ、僕も責任を感じてしまう。謝りたいが彼女には簡単には会えない。
「でも父様がいると俺、どうしても集中できません。父様のオーラがあまりに大きく輝きすぎていて…」
「わかったよ。じゃあここにはキリヤだけ残す。こいつもわりと存在消すのはうまいからな」
渋々といった感じでハチが了承する。キリヤがいてくれるなら下手なことはされないだろうから僕も安心できた。
「父様、お願い致します」
「ああ」
跪くハチの頭にロウが優しく手をのせる。
「お前の父、ロウの名において阿東彼方に暗示をかけ直すことを許可する」
「ありがとうございます」
何の儀式だと怪訝に思っていたが、確かハチはロウの許可がないと暗示をかけられないようになっていたのだと思い出す。しかし今のロウの言い方がとても引っ掛かった。
「かけ直す…? といてくれるんじゃないんですか?」
「とくためにかけ直すんだ。それが一番手っ取り早いからな」
よくわからないという顔をする僕に「大丈夫だ。俺を信じろ」と声をかけて部屋を出ていくロウ。キリヤと共に部屋に残された僕にハチは一言声をかけた。
「おい、何ぼさっとしてる。早くそこのソファーに横になれ」
「ど、どうしてですか」
「いいからさっさとやれ」
高級なクッションを枕にして大きなソファーの上に横たわる僕。ハチはそのすぐ隣に椅子を持ってきてそこに深く腰を下ろした。
[*前へ][次へ#]
無料HPエムペ!