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神様とその子供たち
手に入らないもの


確かにキリヤの言う通り、イチ様に会うのは辛いことかもしれない。しかしこのままずっと逃げるわけにもいかない事はわかっている。僕は早急にハチに会って暗示をといてもらいたいことをキリヤに伝えた。

着替えるために服を脱いだ僕は、身体にある赤い発疹にぎょっとした。鏡で全身をくまなくチェックするとありとあらゆるところにある。何かの病気かと不安になったが、しばらく考えてよくやくロウがつけたキスマークだと思い至った。

「こんな風になるのか……。キリヤ様、これどうやったら早く消えますか…?」

「知らん。俺に聞くな」

キリヤは気を使って僕から距離をとってくれていたが、彼にはもうすべてを知られてしまっているので隠す必要もなく明け透けに訊ねる。幸い服を着れば隠れるので、僕は長袖のシャツと履き心地のいい黒のズボンを選んだ。

それから少しして、僕の部屋にすごい剣幕の男がやってきた。スイだ。

「話があります!」

「ス、スイ様」

僕はスイに座るように促したが無視された。彼はキリヤに退室するよう言ったが、「致しかねます」とキリヤは頭を下げた。

「まあいい。キリヤは知ってることだろうからな」

いつもの丁寧な口調はどこへやら。怒りを押し殺したような口調で僕を威圧している。

「ロウ様と身体の関係を持ったと、本人から今聞いたが事実なのか」

「…………はい」

肯定したら殺されそうだと思ったが嘘をつくわけにもいかない。案の定スイの額の皺が増えた。

「なんてことだ…何で人間なんかがロウ様と…。私は人間のお前がロウ様のものとして側にいるのは認めたが、妾になってもいいと言った覚えはない」

「妾…!?」

「何だ、恋人だとでもいうつもりか!」

「いえ、そんなまさか」

見た目に威厳がありすぎるばかりに他の人狼に凄まれるより怖い。怒号だけでショック死してもおかしくないようにでも見えたのか、キリヤが慌てて僕に駆け寄った。

「スイ様どうか落ち着いて下さい」

「キリヤ、お前は黙ってなさい」

キリヤが横にいてくれるのでいざとなったら守ってくれるだろうと幾分か安心できるようになったが、彼もスイには強くは出られないらしく黙って目を伏せる。スイは僕を見下ろしながら話を続けた。

「人間の男を女代わりにしている人狼はいる。ナナ様などがいい例だ。ただ、それをロウ様がすることは絶対に許されない。何故だかわかるか」

「ロウ様は、代用なんてする必要がないからですか」

「その通り。ロウ様はずっと人間と我々の格差を世界に知らしめてきた。私達の前では人間など虫ケラだ。それを奴らに理解させることでこの国の平穏を保っている。少しでも対等だなどと勘違いした人間を押さえ込むのに苦労している今、ロウ様が人間を恋人にしたなど知られたらどうなると思う。馬鹿な人間が増えるばかりか人狼達の無駄な混乱を招き、この国の崩壊に繋がりかねない」

確かに、ロウの考えを支持している人狼からすれば自分が神と崇める相手が突然今まで差別してきた虫けらに恋をしたとなれば動揺する。ならば自分達がやってきたことは間違いだったのかと自問せざるを得ない。ならばこれからは人間と仲良くしよう、などと簡単に切り替えられるわけがない。

「ロウ様が数多いる人狼の女性を差し置いて人間の男を選んだなどと知られれば我々の価値が揺らぐ。そんなことは絶対に許されない。お前が何か悪どい手を使ったと見なされて殺されるのがオチでしょう」

「……」

スイの言うことは間違っているが正しい。いくら優れているからといって人狼が人間を見下して支配していいわけはないが、そこを今否定すれば大変なことになる。ここに来て日が浅い僕でもそれはわかる。

「スイ様のおっしゃりたいこと、よくわかります」

僕が冷静に返事をすると、スイの憤りが少し弱くなった気がした。

「ロウ様がどんなによくしてくださっても、僕がどんなにロウ様を好きでも、付き合えるだなんて思っていません。そんな立場は望みません。今は許されないことをしてしまったと思っています。そちらの、どんな指示にも従うつもりです。……申し訳ありませんでした」

ロウだって、僕がいいと言わなければ最後の一線までは越えなかったはずだ。あの時の僕は周りが見えていなかった。

「……いえ、わかっているなら結構。こちらも少し感情的になりすぎました。あなたに望むことは一つ、二度とロウ様と肉体関係を持つなということです。ロウ様は他の人狼とは違う。自らの性欲を発散させるためにてきとうに誰かを抱いたりする方ではないんです。絶対に」

「スイ!!」

突然扉が開いたと思ったらロウが飛び込んできた。スイの前で縮こまる僕を見ると、すぐに庇うようにスイの前に立ちふさがる。

「いつの間にか消えてると思ったら、なにカナタをいじめてるんだ。お前俺の人生最高の日を台無しにする気か?」

「ロウ様……」

スイが盛大にため息をついて肩を落とした。頭を抱える彼の姿は一気に老け込んでしまったように見える。

「貴方という方は……この人間の子供の方がよほど聞き分けがいいですよ。ご自身の立場を理解しておられますか。よろしい、これから嫌ってほど言い聞かせてあげます」

「は? 何だよオイ、触んなって。やだってば、助けてカナタ!」

スイがロウを引きずるようにして部屋から連れていってしまう。僕の名前を呼び続けてくれたが、僕には何も出来なかった。


それからしばらくの後、しかめっ面のロウが一人で戻ってきた。こてんぱんに怒られたであろうことが僕でもわかった。ロウはキリヤがいるというのに僕を抱きしめひょいと膝に乗せてしまう。

「カナタ、スイに色々言われたろうけど全部忘れろ。何も気にしなくていい」
 
「僕はよくないんじゃないかと思いますが…。スイ様の言うことは正しいことですし」

「そんなことない。お前は俺にとってはただの人間じゃないんだ。理屈だけで物を考えるのは馬鹿のやることだ。俺は自分に正直に生きてるし、自分を信じてる。お前を愛してるって俺の本心が言ってるんだ」

「……あの、僕も。同じ気持ちです」

ロウに至近距離で再び告白されて、僕は照れくささのあまり小声でボソボソとしか返事ができなかった。けれどロウには十分伝わったのか、笑みを浮かべて僕のこめかみにキスをしてくれた。

「別室でハチを待たせてる。長いこと待たせて悪かった。すぐに暗示をといてもらいに行こう」


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あきゅろす。
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