神様とその子供たち
002
その後の記憶はあまりなく、どうやって過ごしたのか覚えていない。その日の夜、戻ってきたロウを見てふと我に返った。
「ロウ様」
ロウは僕が何を言おうとしているかわかっているみたいだった。僕は平常心を保ったまま口火を切った。
「イチ様に別れたいと言われてしまいました」
「……ああ」
「ロウ様が別れてくれって頼んだそうですね。イチ様に」
責めるような口調になってしまったが、ロウは悪びれもせず僕の隣に座る。椅子の上に胡座をかくと淡々と話し続けた。
「頼んだんじゃねぇよ。恋敵には宣戦布告するのが俺達のルールなんだ。他のやつならともかく、イチは親子なんだから俺の命令に強制力なんかない。アイツが勝手に降りただけの話だ」
「あの人はロウ様に負い目を感じてるみたいでした。昔、何があったんですか?」
イチ様は前に、ロウ様が自分のために大きな犠牲を払い、そしてそれに今もずっと苦しめられていると言っていた。だから父に逆らうことは絶対にできないとも。
「そんなこと言われても、俺には身に覚えがない」
「本当に? 自分のせいでロウ様が苦しんでるって確かに……」
「ええ? いっちゃんがいてくれて俺は幸せしか感じてないけど?」
「……」
僕に嘘をついているのか、それとも本当に身に覚えがないのか、どちらにせよこれ以上知る手立てはない。
「どんな理由があろうとアイツが譲ってくれたのは俺にとってラッキーだ。お前も心置きなくイチのことを忘れられるだろ」
「忘れられるんですかね」
もう会わないようにすればできるような気もするが、自分が理由もわからず泣いていたのが気になる。暗示にかかる前の僕はイチ様が相当好きだったようだし、すんなりロウに乗り換えるなんてできるんだろうか。
「もういいだろ、イチのことは。今はもう俺と付き合ってるんだから」
「付き合ってるつもりはないんですが……」
「何で? 俺のこと好きって言ったじゃん!」
「好きは好きですけど、付き合いたいわけじゃないです」
これは僕の心からの本心だ。ロウと付き合うだなんて、イチ様の時以上に恐れ多い。
「僕の事はまあ…都合のいい所有物というか使用人の一人ぐらいに思ってもらって、嫌になるまでは側においていてくれればいいかなと……」
卑屈な発言になってしまったが、多分これが一番いいやり方だ。でもロウに捨てられた時僕に居場所はあるのだろうか。イチ様のところには多分もう戻れない。
「何でそんな風に言うんだよ。俺がお前をそんな扱いすると思ってんのか?」
「現実的に考えて、僕が恋人だなんて周りに言いふらされたら僕が困ります」
「何で?」
「僕は人間ですから! そんなことロウ様だってわかってるでしょう?」
人間の僕がロウと付き合うなんてきっと誰も賛成しない。ハツキか同じ思想の人狼に殺されるかもしれないし、イチ様相手とは訳が違う。
「誰も僕らが付き合うなんて望んでないです。ロウ様はみんなの大切な存在じゃないですか。それが人間を恋人にするなんて、頭がおかしくなったと思われますよ。便利に使ってくれてる方が僕も気が楽なんです」
正しいことを言っているはずなのに、ロウの顔がまともに見られない。すると彼は僕の手に自分の手を優しく重ねた。
「お前がそうして欲しいならそうする。周りには付き合ってるんじゃなくて、便利な使用人だと言ってやる。でもお前、自分自身が本気でそう思ってるだろ」
「え?」
「俺がカナタを好きだっていうこと自体、お前は信じてない」
ロウに言われてその通りだと気づく。僕はロウの告白に期待なんてまったくしていない。
「だって、そんなの簡単に信じられるわけないじゃないですか。僕なんて今まで家族以外の誰かから好きになってもらえたこともないような人間なんですよ。……イチ様に告白された時だって信じられなかったのに、人間嫌いのロウ様が相手じゃ努力したって本気だなんて思えないです」
「俺がイチから引き離すためについた嘘だとでも?」
「そう言ってくれた方が楽です。だって本気でロウ様の事を好きになって、信じてしまった後に捨てられたらきっと耐えられません。だったら最初から恋人になんてなりたくない」
僕の存在価値などいつだって風前の灯だ。いついらないと言われるかわからない。その時に傷つくくらいなら、このまま深入りせずに自分を守っていたい。
「そうか、カナタはそれでいいのかもしれねぇが俺はそんなの我慢できない」
「えっ、うわ!」
突然ロウに抱えられベッドへと運ばれる。呆然のする僕の上に覆い被さり腕を押さえつけられた。
「そこまで言うなら俺が本気だってこと、今から証明してやる」
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