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神様とその子供たち
略奪


ハチが帰ってくる。つまりもうすぐ暗示がとけて僕はイチ様のところへ帰れるということだ。一貴邸に戻るのはまだ怖い。でもきっとこの気持ちも暗示がとければなくなるのだろう。ゼロは元気にしているだろうか。僕のことを忘れてしまっていないか少し心配だ。


次の日、ロウは三貴をハツキにすると大々的に発表した。候補だったハクトやシオがそれを支持するとあっては誰も反対できないらしく、それは決定事項となった。僕と一緒にいたキリヤは納得していないみたいだったが、勿論彼はロウに何か言ったりはしなかった。他の人狼達も恐らく同じ気持ちだっただろう。
日中を過ぎた頃、僕の携帯に突然電話がかかってきた。相手はセンリだった。一群を出てから一度もかかってきたことはなかったのに一体どうしたのだろうか。やや緊張しながら僕は電話に出た。

「はい、カナタです」

『お久しぶりです。センリです。カナタさん元気にされていましたか』

「はい。センリさんも……」

センリにイチ様の様子を訊こうとしたがやはり恐ろしくなって名前を口に出すこともできない。仕方なく僕はイチ様を頭の中から追い出した。

「ゼロは元気でやっていますか」

『ええ、カナタさんがいないことにようやく慣れてきたところです。あの子は賢いですから、仕方ないことだと理解しているようです』

ゼロのことを考えると会いたくてたまらなくなる。ここからすぐにでも飛んでいきたいくらいだ。

「ロウ様に聞いたんですが、ハチ様が見つかったそうなんです。だから多分もうすぐ戻れると思います。ご迷惑おかけしてすみませんでした」

『そのことなんですが……』

センリの声のトーンが電話越しでもわかるくらい落ちる。漠然と嫌な予感がした。

『イチ様が、カナタさんはそのままロウ様のところにいた方がいいのではないかと仰っています。カナタさんの了解を得しだい、新しいゼロの世話係を雇おうと思っています』

「は?」

センリに言われたことが信じられなくてその場で固まってしまう。顔色の変わった僕に目の前にいたキリヤが怪訝そうな表情をした。

「それは…っ、決定事項なんですか」

『……そうですね。このような形でカナタさんに伝えることになってしまい、申し訳ないです』

イチ様が考えて決めたことならば仕方ないが、僕に一言相談してくれても良かったんじゃないか。今は会うこともできないが、もう少しで帰れるのに。

「一度、イチ様とお話させていただけませんか。もうすぐ会えるようになるはずなんです」

『イチ様にとっても苦渋の決断なんです。カナタさんは自分とはなるべく会わないようにするべきだと、そう仰っています』

「それって……」

ただゼロの世話係でなくなるだけじゃない。まるで別れ話のようだ。僕の知らないところでどうしてそんな話になってしまったのか。

『すみませんカナタさん。実はロウ様からイチ様に連絡があったんです。ロウ様が、カナタさんを自分のものにするって、恋人としてもらい受けるつもりだと』

「え!?」

最悪の予感が的中してしまった。まさかロウがもうイチ様にそんなことまで話しているなんて。

『ロウ様の話ではカナタさんもロウ様に少なからず好意があると。一生大切にするから別れてくれ、とのことでした』

「待ってください。確かにロウ様に好きだと言ったのは事実です。でもそれは暗示にかかってるからで、イチ様より好きだなんてことはありません。ハチ様に戻してもらえば…」

『そのことですが、暗示はとかない方がいいんじゃないかとイチ様はおっしゃっています』

「え? どうして?」

『暗示がとけたら、イチ様は改めてカナタさんとちゃんと話をするつもりではいらっしゃいます。できるならちゃんと謝りたいと。でも、ロウ様を好きでいるのがカナタさんの幸せなんじゃないかと…』

「……」

必死に繋ぎ止めていた糸が切れる音がした。イチ様は思い付きや軽い気持ちでそんなことを言う人ではない。もう決めてしまったのだ。センリの言う通り苦渋の決断だったのだろう。僕の暗示がとける前に言ったのは、僕にロウの事を好きなままでいてほしいからだ。

「わかりました。今まで、お世話になりました。ありがとうございましたとイチ様にお伝えください」

『カナタさん、僕は……』

センリの言葉を聞き終わる前に通話を切った。イチ様にフラれたことになるのだろうが、今のところ悲しみはない。ゼロに会えなくなるのは悲しいし、やっと手にいれた自分の場所がなくなるのは寂しい。喪失感はあってもそれだけだ。
もしかするとイチ様が好きだと言ってくれた僕はもういないのかもしれない。イチ様に父親と天秤にかけられて選ばれなかったことに怒りも何も感じないのだから。

「カナタ、どうした?」

「なんでも……ないです」

キリヤが心配そうに声をかけてくれる。何でもないなんてことはないが、そう思えるくらい僕にとってはもうどうでもいいことだ。

「じゃあどうして泣いてるんだ」

「え」

キリヤに言われて初めて自分の頬が濡れていることに気づく。どうして涙なんて流しているのか、今の僕はどれだけ考えてもわからなかった。


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