神様とその子供たち
005
キリヤは一方的に通信を切られたらしく、一人言のようにぶつぶつと文句を言っていた。椅子に座ってこの世の終わりかと思うくらい項垂れている。
「どうかなされたんですか」
「……トキノから報告がきた。なんでも、三貴にハツキ様を推薦するとロウ様が仰ったらしい」
「……?」
一瞬意味がわからなくて固まってしまう。少し考えてキリヤに訊ねた。
「でもハツキ様は確か四貴ですよね?」
「ハツキ様は元々十貴だったのが四貴になったんだ。三貴の方が立場が上だから、なれるもんならそっちに移るだろう」
「そんな簡単に鞍替え? みたいなことできるんですか」
「普通はそんな簡単じゃねえよ。でも、ロウ様が推薦するなら決まったようなもんだ。ハクトとシオの二人も賛成してるらしいし、もう止める手立てがない」
あんなに三貴になるため殺しあいまでしていたはずの二人があっさり引くなんて、ロウに怪我させてしまったのがショックだったのだろうか。しかしハツキが三貴になることで三群が平和になるならそれもありなのかもしれない。
「でもそうなると四群はどうなるんですか? ハツキ様がやめてしまったらそっちが混乱するんじゃ」
「四群は多分、現補佐官のカグラ様が四貴になると思う。元々ハツキ様の代理として働いていたし、何よりカグラ様は初代四貴のシイ様のご子息だ。ハツキが彼を差し置いて四貴になっていたこと自体がおかしいくらい四貴にふさわしい方だからな」
「それって四群の方たちは簡単に受け入れられるような事なんですか」
人狼の事情はわからないが、リーダーが急に違う群れのリーダーになるなんてそこに住んでる市民は動揺するんじゃないだろうか。そもそもハツキはリーダーとして慕われていたのだろうか。ロウにつきまとっているストーカーとして嫌われている姿しか僕は知らない。
「ハツキ様ならうまくやるだろうよ。誰も見つけられなかったテロリストを独断で捕獲したんだ。今までもハツキ様の力で難題を解決したことは何度もあった。おそらくあの方は自分の特技を使ってるんだと思う」
人狼は皆ひとつ誰にも負けない特技を持っている。イチ様は喧嘩が強く、ナナは予知が出来てハチは暗示をかけられる。どれも人間離れした特技だ。
「ハツキ様の特技って何なんですか?」
「それが誰も知らないんだよ。特技を隠すのは普通だが、有名な人狼の力は嫌でもバレるものなんだ。でもハツキ様のはさっぱり。誰にも知られないようにしているらしい」
相手に未知の力があるとわかると不用意に近づけない。相手の力を知らずに暗示をかけられてしまった経験があるだけに、ますますハツキを警戒してしまう。
「そういう理由もあって俺達はハツキ様には特に用心している。気がついたらお前が殺されてロウ様がハツキのものになっているなんてことにでもなったら……」
キリヤの目が一瞬でどす黒くなった。すぐに普通の瞳に戻ったが、彼の言葉は真剣そのもので、僕がハツキに殺されるのもあり得る話なんだろう。
キリヤとそんな話をしていたせいかハツキといるロウが心配になっていたが、彼はその夜いつもとそれ程変わらない時間に帰ってきた。ハツキの姿がなかったので僕はほっとした。夜、ベッドの上で一息ついてリラックスしているロウに僕は恐る恐る訊ねた。
「ロウ様、キリヤ様から聞いたんですがハツキ様を三貴にするつもりだとか」
「ん? ああ、一番それが丸くおさまるからな。ハツキには了解をもらった」
まるでロウから持ち出した話かのような口ぶりだ。ロウはハツキに甘いと言われているが、それは本当にロウの意思なのだろうか。ハチと同じような暗示の力があればロウだって知らないうちに操られている可能性もあるのでは?
「あの、ロウ様ってハツキ様の特技が何なのか知ってますか」
「えー? いやそれが俺にもおしえてくれないんだよ。冷たいよな、アイツ」
「あの、今までハツキ様と一緒にいらっしゃったんですよね。何をされてたんですか」
「何って、ただ話してただけだけど」
「何の話を?」
「……カナタ、お前もしかして」
ロウが何かに気づいたように僕の顔を覗き込む。ハツキを疑心の目で見ていることがバレてしまったのだろうか。
「ハツキに嫉妬してんのか?」
「はあ?」
思いもしなかった突拍子もないことを言われて口をあんぐりあけてしまう。ロウはにやけ顔を隠しもせず僕をなだめ始める。
「ハツキが子供の頃、一時期面倒みてたから俺の子供みたいなものなんだよ。お前が嫉妬なんかする必要ないんだぜ」
「嫉妬なんかしてません。僕はただ、ハツキ様がロウ様相手にも力を使うんじゃないかと心配になっただけで」
「ハツキが?」
「ハツキ様の特技は誰にも知らないって聞いたんです。ハチ様と同じ暗示のような力を持っているかもしれないじゃないですか」
全部ぶちまけてしまった僕にロウが笑った。怒られてもおかしくない発言だったが特に気を悪くした様子もない。
「ハツキが俺を? あり得ないな。別に信頼関係があるから言ってるんじゃない。アイツらの特技はそれぞれ素晴らしいものだが俺の力は越えられない。俺に何かしてこようとする奴がいればすぐに気づくし、その前にそんなことはさせない」
「……」
確かにロウは他の人狼とは違う。特技があるのではなく何でもできる。人狼には特技がある代わりに苦手なこともあるようだが、ロウにはそれもないようだ。
「お前が気にしてくれるのはありがたいけど、アイツらが何人束になったって俺には勝てないぜ。そんなことする奴は一人もいないから、心配する必要はないけどね」
「確かに、そうですね。失礼なことを言ってしまってすみませんでした」
「いいよいいよ。ハチに暗示をかけられてお前が疑心暗鬼になるのも仕方ない。そうだ、カナタに朗報があるんだった」
「? なんですか」
「ハツキが三貴になり次第この部屋を出られる。こんな地下にずっと閉じ込めて悪かった」
元々ずっと室内にいたので、ここで地下にいるのはそれほど苦痛でもなかった。でもロウの気づかいに「ありがとうございます」と礼を言った。
「それから、さっきカエンからハチが見つかったと連絡が入った。すぐにでも連れ戻すとのことだ。数日のうちに、お前の暗示はとけるだろう」
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