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神様とその子供たち
狼と人間の話



むかしむかし、世界中を巻き込んだ大きな戦争がありました。たくさんの人が死に、怪我をして、長い間苦しみました。日本も周りの大きな国に侵略されそうになりましたが、日本人達には力がなく彼らの略奪と殺戮を止めることができません。
しかし搾取されるのを待つだけの日本に、救世主が現れました。大きな身体に閃光のようなスピード、素晴らしい頭脳と戦闘力を持った人類が誕生したのです。
その新人類には狼の血が混じっていたので人狼と呼ばれました。救世主の名前はロウ。彼と彼の10人の子供達の活躍により、敵は敗走し日本は守られ戦争に勝つことができたのです。
自分達を守ってくれた人狼達を日本人は崇め敬い、指導者として未来永劫、日本を導いてもらうことを望みました。
それ以降ずっと日本は守られ、平和な日々を過ごすことができたのです。



これが検索して出てきた、国が公式に公開している歴史ビデオの内容だ。映像は可愛らしいアニメーションだったが、中身は絵柄に反して暗く残酷なストーリーだった。


衝撃的な出来事から一夜明けて、目を覚ましたときすべてが夢ならばと願ったがそれは叶わなかった。変わらず僕は今も未来の世界とやらにいる。昨晩は真崎の部屋のソファで寝かせてもらい、彼の服を貸してもらって再び傷の消毒までしてもらった。

彼は仕事があるそうで、朝早く制服を着て出ていってしまった。テレビもネットも使って良いと言われたが、外部との連絡だけは禁止。もちろん外出もだ。これは言われるまでもなくやる気はなかった。

真崎のいない間、色々なことを調べようとした。人狼と検索して役に立ちそうな情報を得ようとして、あの動画にあたったのだ。その後どれだけ調べてもあのアニメとほぼ同じことが書いてある。ここまでくると、ここが未来の、しかもとんでもない世界だということを認めざるを得なくなっていた。驚きと同時に気持ちが沈んでいくのがわかる。

調べを続けていく過程で人狼の写真を見つけ、とても驚いた。本当に狼の耳が頭から生えていたのもそうだが、どの画像の人狼も作り物みたいに美しかったのだ。
見た目は耳と尻尾が生えている以外は、人間と変わらないように見える。ただ顔は日本人離れしていて、髪は綺麗なシルバーだ。男性も女性も等しく美しい。これが進化した人類だと言われればそうなのだろうと納得できる。

そしてその中でも人狼のリーダーだった"ロウ"はひときわ目立っていた。彼の画像、動画はたくさんあり、どれを見てもその人間離れした容姿が輝いて見え、他の人狼よりもそれは一段と強かった。

どんなに取り繕おうとも、僕からすれば人狼は人間を力で支配しているように思える。それなのにそのリーダーであるロウを悪く言う記事などない。まるでヒーローでスター扱いだ。しかしこの容姿を見れば、それもあまり不思議ではない気もした。

昼は真崎が朝買って来てくれたお弁当を食べた。味覚というものは何年たってもあまり変化はないらしく、美味しく食べることができた。その後はテレビを見てみたが、ニュース番組やスポーツ中継、ドラマなどいたって普通の番組ばかりだった。しかしたまにそこに大きな耳が生えた人が映り込む。番組も聞いたこともないようなものだ。膨大なチャンネルの数に、一つ一つ番組を確かめるだけで時間が過ぎてしまった。

午後の六時前になって、真崎が帰ってきた。なるべく部屋を汚さないように使い方をおしえてもらったものにしか触らなかったが、彼は特に気にすることもなく、豪快に制服を脱ぎ捨て普段着に着替えるとお腹がすいたろうと良い匂いがする夕食を僕にわたしてくれた。
真崎と一緒に彼の買ってきてくれたチキンが挟んであるボリューム満点のハンバーガーを食べる間、彼はこれからの事を話してくれた。

「昨晩の君の記録はちゃんと消しておいた。君の存在は誰にも知られてないわけだが、いつまでも隠れているわけにもいかない。いずれバレるだろうからな」

「あの、本当に、人狼は人を殺すんですか? ……それ以前に、人狼って何なのか……この動画を見ました。狼と人間の遺伝子が混ざってるって、まさかこの二つの生物が異種交配したとか……あり得ないでしょう?」

「人狼に関して、実は詳しいことは私も知らないんだ。私が産まれた時にはすでにいたからな。今さら存在を疑問に思ったこともない。だが彼らは人間とは明らかに違う存在だ。君主様にいたっては、人間からも人狼からも神様扱いされている」

「君主様?」

「彼の事だ」

真崎は僕が見ていたロウのページを指差す。君主様呼ばわりに彼まで人狼に洗脳されているのかと焦ったが、彼は肩をすくめて話を続けた。

「人間が彼の名前を気軽に口にすることは禁止されている。検索で出るページはすべて国が管理しているものだから名前が出ているが、人狼の前で君主様を呼び捨てになんかすれば殺されるぞ。仮にこの先本人を目の前にするようなことがあれば、ひたすらひれ伏して一言も発しないことをおすすめする」

「本人を目の前にって、彼はもう死んでるでしょう?」

真崎のわかりづらいジョークかと思っていたが、僕のその問いかけに彼は真剣な顔でゆっくり首を振った。

「いーや、彼はまだ生きている。その画像とまったく同じ姿でな。記事の日付を見なかったのか」

「えっ……いや、でも、真崎さんが産まれたときにはすでに人狼がいたのに、それじゃ辻褄があわないんじゃ……」

「彼らは寿命がとても長いんだ。人狼の女は人間と大差ないが、男は何故か長命で個人差がかなりある。君主様は間違いなく一番の長寿だろう。正確な年はわからないが、200年以上は生きてるはずだ」

写真の彼はどう見ても僕より少し上、20代ぐらいにしか見えずとてもそんな年には思えない。200年もの間これだけしか成長しなかったとすれば、彼はあとどのくらい生きるのだろうか。

「……真崎さんは、本人を見たことがあるんですか」

「遠目からだが、数回ある。テレビでは何度もあるぞ」

狼の血が混ざった人間がいる自体おかしなことなのだから、200年も生きていて未だに若い姿のままの男がいてもおかしくないかもしれない。だがこの写真の男を見ていても、そんな話はまるで現実味がなかった。

「まあ無理にいま理解しなくてもいい。人狼を知らないなら信じにくいことだろうからな。外に出られれば彼らを見られる機会もある。そのために、これを持ってきたんだ」

そう言って彼が取り出してきたのは、今まで見たこともないような黒く四角い箱形の機械のようなものだった。彼はそれを手に取り自分の腕のコードを見せた。

「これは、手にコードを焼き付けるためのものだ。コードを登録するとき警察を通すから、署に備品が置いてある。お前のためにパクってきた」

「えっ、じゃあもしかして僕の腕に……?」

「コードをつけるぞ。じゃなきゃおちおち外にも出られん」

「い、嫌です」

「おいおい」

「わかってます! わかってるんです、つけなきゃいけないってことは。でも……」

それはつまり、腕のこんなわかりやすい場所に入れ墨をいれないといけないということだ。こんなものがあったら、元の世界に戻った時まともな大学にも入れないし就職もできない。後から消せばいいのかもしれないが、親に見られたらきっと何があったのかと卒倒してしまう。

「大丈夫大丈夫、消すのはかなり痛いが、つけるのは一瞬だから」

「そういう問題ではなくてですね……って痛!」

ぱっと俺の腕をつかんだ一瞬の間、真崎はその黒い機械を俺の腕に押し付けた。ガシャンという音と共に静電気のような痛みが走ったと思ったら、もう腕には真崎と同じようなコードが焼き付いていた。

「う、嘘! つけちゃったんですか!?」

「悪いがこれに関して、君の意見を聞く気はない。代わりに、明日は休みだから外に連れていってやる。出たかったんだろう」

「それはそうですけど…!」

真崎の言うことはもっともだが、もう少し心の準備が欲しかった。彼の言う通り痛みは思ったよりなかったが、自分の腕に刻まれたものを見て泣きそうになる。

「こんなの、親に見られたら何て言われるか」

「親よりこれからの生活を心配するんだな。少なくとも、これでもう隠れている必要はなくなったから、もっと喜べ」

「……それはもちろん嬉しいですが、コードの偽造なんて簡単にできるんですか。そんな小さな機械一つで」

いくら真崎が警察関係者だとしても、こうもたやすく偽造できてはセキュリティーが緩いのか厳しいのかわからない。しかしこちらの不安などどこ吹く風で、彼は得意気にウインクしてきた。

「君が知らないのは無理ないが、警察関係者はほぼ全員が人狼じゃなく人間だ。私は軍警察の中でもかなり位が高くてな。私のやることを制限したりケチをつけたり疑ったりする勇気ある輩は早々いない。心配無用だ」

「……」

はははと豪快に笑う真崎の言葉は、信じるというよりは従うしかない。明日外に出られるのは嬉しかったが、即逮捕されたらどうしようという不安はずっと残っていた。


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