神様とその子供たち
009
惚れるなんて恐れ多い事はなかったが、もしすれ違うことがあったらこっそり盗み見ていたい。というか遠目からでもいいからもう一度会いたい。泣かせてしまったことを謝りたいと思っていたが、キリヤから「もう二度とシギと会うことはないだろう」とハッキリ言われて愕然とした。
「なぜですか?」
「いや、シギは基本気配消してんだから当たり前だろ」
「そんな……」
「そもそも人間のお前が理由もなく近づける相手じゃないの。身の程をわきまえろよ」
イチ様と付き合ってると噂が広まった時にですら言われなかったことを言われた。僕がショックを受けているとキリヤが見慣れない機械を見せてきた。
「暇潰しの道具借りてきたから、それ持って俺と部屋に帰ろう。な?」
「ありがとうございます……」
彼は屋敷にあったおもちゃを借りてきてくれたらしい。僕には見たこともない機械だったが、どうやら家庭用ゲーム機のようだ。僕はキリヤに連れられて渋々地下の部屋へと戻った。
その日の夜、ロウが戻ってきた時、背後に一人の男の人がいた。彼の事は僕も知っている。ロウの近衛兵の1人で確か名前は……。
「カナタただいまー」
「おかえりなさい。あの、後ろの方は」
「俺の護衛のトキノだよ。キリヤに話があるっていうから入ってもらった」
トキノは背がとても高く、キリヤと同じくらいたくましい体をしていた。確かすごく足が速い人狼だというのを覚えている。
「俺は風呂に入るから、3人でゆっくりしててくれ」
そう言い残してバスルームに行ってしまったロウ。キリヤは僕を隠すように立ちトキノと向かい合った。
「話って?」
「キリヤ、お前今日シギに会いに行っただろ」
「だったら何だよ」
「そういうことされるとこっちは気が気じゃないんだけど。余程の理由があったんだろうな」
「カナタがシギに助けてもらって礼を言いたいって言うから会わせただけだ」
「礼?」
トキノの視線が僕に向けられる。僕はキリヤの背後にさっと隠れた。
「シギに色目使ってんじゃねぇぞガキ」
「どっちがガキだ。子供を脅すんじゃない。カナタはシギが女性だってこと知らなかったんだからな」
大きいトキノがあまりに怖いのでキリヤが僕を庇ってくれたことに感謝するばかりだ。トキノは僕からキリヤにターゲットをチェンジした。
「キリヤ、たかだか20歳年上なだけで先輩面するなよ。シギの事は女扱いしないって皆で決めたはずなのに、こそこそこそこそアプローチしやがって……っ」
「だからしてないって。そもそもシギを一番女扱いしてるのはトキノだろ。バレンタインデーにチョコくれなかったとかアホみたいなこと言ってたのお前だけだからな」
「別にあれはそういう意味じゃ……っ、選ばれたエリート兵士の俺が女にうつつを抜かしたりするもんか」
「話はそれだけか? ならさっさとシギと交代してこい。身体を休めるのも仕事だぞ」
終始むっとしていたトキノだがキリヤが優しい口調でそんなことを言うので態度を軟化させた。
「お前は休めてるのか。いくら体力があるからって、ずっとそのガキに張り付いたままだろ」
「隙見て寝てるから大丈夫」
「人間の警護なんて、俺達エリートの仕事じゃないだろ。ロウ様もその辺の暇なやつに任せりゃいいのに」
彼のその言葉にキリヤがふっと笑う。そして隣にいた僕の肩を抱き得意気に言った。
「お前はロウ様のことまだまだわかってないな。あの方がどれだけカナタを大事に思ってるか。そしてそのカナタの護衛を任された俺がどれだけ信頼されてるか」
「はっ……お前それ本気か?」
「せいぜい笑ってろ。ほら、用がそれだけならもう出てけよ」
まだまだ言ってやりたそうな顔をしていたトキノだが僕を一瞥して言葉を飲み込んだようだった。姿勢を正して腕時計で時間を確認する。
「午後8時46分。ロウ様は昼は残さず完食され、睡眠がしっかり取れてるから体調も良好。体重に変化無し。精神面も安定しているがヒラキ様とそのご家族のことをしきりに気にされている。まだ葬式もできてないからな。カエンからの連絡は今日もなし。シギが来るまでの30分、ロウ様を頼むぜ」
「了解した」
トキノが出ていった後、「不躾な男で悪い」とキリヤに謝られる。少し怖かったが、どれだけ口が悪くても話してて不思議と嫌な気にはならなかった。
「トキノ様も格好いい方ですね。シギ様のことがお好きなんですか?」
「近くに女性がいれば誰だってああなる。特にあいつはまだ若いからな……今は耐え時だ」
真面目な顔をしてそんなことを言うキリヤがおかしくて笑ってしまった。それからしばらくしてロウが戻り、キリヤも部屋を出ていった。
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